表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/12

騎士見習いセリナと口ゲンカ

 ――翌朝。


 鶏の鳴き声とともに、納屋の天井を見上げた。藁の寝床は意外と寝心地がよく、ここ数日の中ではマシな目覚めだ。


 窓の外を見ると、いつもの畑に加えて見慣れぬ姿があった。


「……って、お前かよ」


 木剣を振るポニーテールの少女――セリナ=ブラッドフォード。昨日の魔物騒ぎで共闘した、口の悪い騎士見習いだ。


「……見物?」


「いや、見えすぎるくらい見てる」


「はあ? あんたってほんっと失礼!」


 剣の振りも気迫も真剣なのはわかる。けど、ちょっと動きが硬い。


 ――重心が浮いてる。踏み込みに迷いがある。

 そして、何より。


(……焦ってるな)


 口では強気なくせに、内心では「もっと強くなりたい」「でも時間がない」と焦っているのが伝わる。


「……だったら教えてやろうか」


「な、なによ急に」


「剣の構え。力が逃げてる。肘、下げすぎ」


「べ、別にあんたに頼んだ覚えは――」


「でも、直せばもっと強くなる。お前が目指してる本物の騎士に、少しは近づく」


 そう言った途端、彼女の動きが止まった。


(……なんで、それを)


「……やっぱり、あんたって変よ。何か隠してるでしょ」


「さあな。ただの観察眼ってやつだよ」


 本当は察しなんだけど。今のところは、それでいい。


「ふん……だったら、ちょっとだけ相手してもらうわよ」


「剣の稽古?」


「違うわよ、口ゲンカよ!」


 俺は唖然とした。


「なんでそこで張り合う?」


「こっちは子どものころから男に負けるなって育てられてきたの! 舐められるの大っ嫌いなの!」


「いや、俺、舐めては……いや、やっぱちょっと舐めてたかも」


「言ったわね! こらーっ!」


 そうして、朝から納屋の前に怒鳴り声が響き渡る。


 村の子どもたちに冷やかされながら、俺たちは言い合いを続けた。


 それでも。


 なぜか、心は少し軽くなっていた。


 


 ====


 


 その日も、畑仕事のあと、セリナは俺に付きまとった。


「何その目。また来たのかって顔したわね?」


「してたけど、何か?」


「ちょっとぉ! あんた、女子への対応が雑すぎ!」


「お前、女子だったのか」


「ぶっ飛ばすぞ!」


 そうやって言い合いながら、俺たちは村の裏山を歩いた。

 ここには野盗や魔物の見回りという名目がある。が、実質はセリナの訓練場所だ。


「……あんた、昨日の魔物戦、よく冷静だったわね」


「まあ、一応戦いの読み合いは得意だからな」


「読み合い?」


「相手がどこを狙ってくるか、次にどう動くか、そういうのを察するのが得意なんだよ」


 ……口を滑らせた。


「察する、ねえ……あんた、召喚時のスキルって《察する力》とかだったんじゃない?」


「!」


 鋭すぎる勘に、ドキリとした。


「……図星? わ、悪かったわよ! からかうつもりじゃなかったのよ! その、役に立たないとか、言われてそうで……」


「まあ、実際に言われたな。城から放り出されたよ」


「……」


 セリナが少しだけ俯いた。


(やっぱり、あたしと同じなんだ)


 その目が、そう言っていた。


 


====


 


 夜。


 村の外れで、再び魔物の気配があった。


 今度は村人が実際に襲われたという報告が入り、急ぎ駆けつける。


「またファングウルフか……」


 だが、今回は三体。しかも動きが早い。


「囲まれるぞ、セリナ!」


「わかってる!」


 二手に分かれて対応するも、数が多い。


 一体がセリナの死角から飛びかかる――


「くっ!」


 咄嗟に割り込む俺。


 が、木剣では間に合わない。


 ――その瞬間、セリナの剣が俺の肩越しに飛び出し、魔物の首を斬り落とした。


「よく見てんな、お前……」


「ふふ、伊達に毎日ケンカしてないからね!」


 その言葉に、なぜか笑いがこみあげた。


「お前さ……なんでそこまでして騎士になりたいんだ?」


「……!」


 一瞬、彼女の瞳に迷いが宿る。


(まただ。言いたいけど、言えない。そんな顔)


「……子どもの頃、母親が襲われたの。魔物に。目の前で、助けられなかった」


 ぽつりと、こぼれた言葉。


「その時、あたしはただ泣いてるだけだった。だから、もう泣きたくないの。誰かを守れる自分になりたいのよ」


「……そっか」


「笑わないの?」


「笑うわけないだろ。ちゃんと“言えた”のは偉いよ」


「な、なによそれ……上から目線ね」


(でも……ちょっと、嬉しかった)


 彼女の頬が、わずかに赤く染まった。


 


 ====


 


 魔物退治が終わり、村に戻る途中。


「なあ、セリナ」


「なによ」


「お前の剣、まだ硬い。でも――」


「でも?」


「俺と組めば、もっと柔らかく、強くなる。要は、お前の欠けた部分を俺が“察して”補えばいい」


「……なにそれ。調子乗らないでよね」


「じゃあ断るか?」


「べ、別に断らないけど! し、仕方なくよ! あんたがいないと困るとか、そんなんじゃないから!」


「はいはい」


 セリナは赤くなった顔を隠すように、前を向いた。


(……こいつ、案外素直だな)


 俺の中で、何かが少しずつ変わっていく気がした。


 


 こうして、察しの勇者とツンデレ騎士の奇妙なコンビが、本格的に動き出すことになる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ