騎士見習いセリナと口ゲンカ
――翌朝。
鶏の鳴き声とともに、納屋の天井を見上げた。藁の寝床は意外と寝心地がよく、ここ数日の中ではマシな目覚めだ。
窓の外を見ると、いつもの畑に加えて見慣れぬ姿があった。
「……って、お前かよ」
木剣を振るポニーテールの少女――セリナ=ブラッドフォード。昨日の魔物騒ぎで共闘した、口の悪い騎士見習いだ。
「……見物?」
「いや、見えすぎるくらい見てる」
「はあ? あんたってほんっと失礼!」
剣の振りも気迫も真剣なのはわかる。けど、ちょっと動きが硬い。
――重心が浮いてる。踏み込みに迷いがある。
そして、何より。
(……焦ってるな)
口では強気なくせに、内心では「もっと強くなりたい」「でも時間がない」と焦っているのが伝わる。
「……だったら教えてやろうか」
「な、なによ急に」
「剣の構え。力が逃げてる。肘、下げすぎ」
「べ、別にあんたに頼んだ覚えは――」
「でも、直せばもっと強くなる。お前が目指してる本物の騎士に、少しは近づく」
そう言った途端、彼女の動きが止まった。
(……なんで、それを)
「……やっぱり、あんたって変よ。何か隠してるでしょ」
「さあな。ただの観察眼ってやつだよ」
本当は察しなんだけど。今のところは、それでいい。
「ふん……だったら、ちょっとだけ相手してもらうわよ」
「剣の稽古?」
「違うわよ、口ゲンカよ!」
俺は唖然とした。
「なんでそこで張り合う?」
「こっちは子どものころから男に負けるなって育てられてきたの! 舐められるの大っ嫌いなの!」
「いや、俺、舐めては……いや、やっぱちょっと舐めてたかも」
「言ったわね! こらーっ!」
そうして、朝から納屋の前に怒鳴り声が響き渡る。
村の子どもたちに冷やかされながら、俺たちは言い合いを続けた。
それでも。
なぜか、心は少し軽くなっていた。
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その日も、畑仕事のあと、セリナは俺に付きまとった。
「何その目。また来たのかって顔したわね?」
「してたけど、何か?」
「ちょっとぉ! あんた、女子への対応が雑すぎ!」
「お前、女子だったのか」
「ぶっ飛ばすぞ!」
そうやって言い合いながら、俺たちは村の裏山を歩いた。
ここには野盗や魔物の見回りという名目がある。が、実質はセリナの訓練場所だ。
「……あんた、昨日の魔物戦、よく冷静だったわね」
「まあ、一応戦いの読み合いは得意だからな」
「読み合い?」
「相手がどこを狙ってくるか、次にどう動くか、そういうのを察するのが得意なんだよ」
……口を滑らせた。
「察する、ねえ……あんた、召喚時のスキルって《察する力》とかだったんじゃない?」
「!」
鋭すぎる勘に、ドキリとした。
「……図星? わ、悪かったわよ! からかうつもりじゃなかったのよ! その、役に立たないとか、言われてそうで……」
「まあ、実際に言われたな。城から放り出されたよ」
「……」
セリナが少しだけ俯いた。
(やっぱり、あたしと同じなんだ)
その目が、そう言っていた。
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夜。
村の外れで、再び魔物の気配があった。
今度は村人が実際に襲われたという報告が入り、急ぎ駆けつける。
「またファングウルフか……」
だが、今回は三体。しかも動きが早い。
「囲まれるぞ、セリナ!」
「わかってる!」
二手に分かれて対応するも、数が多い。
一体がセリナの死角から飛びかかる――
「くっ!」
咄嗟に割り込む俺。
が、木剣では間に合わない。
――その瞬間、セリナの剣が俺の肩越しに飛び出し、魔物の首を斬り落とした。
「よく見てんな、お前……」
「ふふ、伊達に毎日ケンカしてないからね!」
その言葉に、なぜか笑いがこみあげた。
「お前さ……なんでそこまでして騎士になりたいんだ?」
「……!」
一瞬、彼女の瞳に迷いが宿る。
(まただ。言いたいけど、言えない。そんな顔)
「……子どもの頃、母親が襲われたの。魔物に。目の前で、助けられなかった」
ぽつりと、こぼれた言葉。
「その時、あたしはただ泣いてるだけだった。だから、もう泣きたくないの。誰かを守れる自分になりたいのよ」
「……そっか」
「笑わないの?」
「笑うわけないだろ。ちゃんと“言えた”のは偉いよ」
「な、なによそれ……上から目線ね」
(でも……ちょっと、嬉しかった)
彼女の頬が、わずかに赤く染まった。
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魔物退治が終わり、村に戻る途中。
「なあ、セリナ」
「なによ」
「お前の剣、まだ硬い。でも――」
「でも?」
「俺と組めば、もっと柔らかく、強くなる。要は、お前の欠けた部分を俺が“察して”補えばいい」
「……なにそれ。調子乗らないでよね」
「じゃあ断るか?」
「べ、別に断らないけど! し、仕方なくよ! あんたがいないと困るとか、そんなんじゃないから!」
「はいはい」
セリナは赤くなった顔を隠すように、前を向いた。
(……こいつ、案外素直だな)
俺の中で、何かが少しずつ変わっていく気がした。
こうして、察しの勇者とツンデレ騎士の奇妙なコンビが、本格的に動き出すことになる。