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察しの勇者は、ついに本音を語る

 王都の空は、初夏の陽光に照らされていた。


 戦いは終わり、陰謀は暴かれ、そして――静かな日常が戻っていた。


 高村勇人は、王都の城壁沿いに続く小道を歩いていた。


 その瞳は、何かを決めた人間のように、まっすぐ前を見ていた。


 今日、彼は答えを出す。


 察するだけではなく、本音を語るという、勇者としての最後の決意を――


 




 


 一人目は、セリナだった。


 彼女は騎士団の稽古場で木剣を振っていた。


 いつも通り元気で、真っ直ぐで、そして不器用で。


「……あんた、何ジロジロ見てんのよ。暇なら相手しなさいよ」


「お前と剣を交えるのは怖いんだよ、物理的に」


「は、はぁ!? 何その言い方っ」


 剣を構えるセリナは、ふいに目を伏せた。


「……もうすぐ、勇人はいなくなるんでしょ。次の旅とか、使命とか」


「ああ。でもその前に、お前に言っておきたいことがある」


 勇人は目をそらさず、はっきり言った。


「ありがとう。強がってばかりのお前が、何度も俺の心を救ってくれた」


「っ……!」


「だから俺も、これからはごまかさない。お前のこと、ちゃんと女の子として見てる。好きだって、思ってる」


「……っ、ば、ばか……っ! そんなの、今さら言われても……!」


 セリナは顔を真っ赤にして、剣の柄で勇人の肩を叩いた。


 その手は、震えていた。


「次に会うときは……ちゃんと、騎士団の正騎士になってるから! そのときまた、ちゃんと返事するんだから!」


「ああ、楽しみにしてる」


 




 


 二人目は、エイリンだった。


 神殿の中庭で祈りを捧げる彼女の背中は、どこまでも穏やかだった。


「……あなたが来るのはわかってたわ」


「そりゃそうだな。お前、そういうの、察するの得意だから」


「皮肉ね。それを言うなら、あなたの方がよほど察してるのに」


 エイリンはくすりと笑い、振り返った。


「でも、ようやく察するだけの男じゃなくなったみたいね……その顔、嫌いじゃないわ」


「エイリン。お前がくれた言葉、今でも覚えてる。嘘も本音も見えてるって」


「ええ、あれは本気よ」


「だから俺も、本気で言う。お前のことが好きだ。全部わかった上で、俺はお前を信じたい」


 その瞬間、エイリンは瞳を見開き、そして、そっと目を閉じた。


「……ずるい男ね、ほんと」


「そうだな」


「でも――好きよ。あなたのそういうところも、全部」


 彼女は微笑んだ。


 その笑みは、誰にも見せたことのない、素のエイリンだった。


 




 


 三人目は、ルーナ。


 魔族との会合を終えた彼女は、王都の外れの湖にいた。


 静かに水面を見つめるその横顔は、いつものように感情を抑えていた。


「……来た」


「お前、いつもここにいるな」


「落ち着くから……」


 勇人は隣に腰を下ろした。


 風が吹き、木々が揺れ、鳥がさえずる。


 言葉のない時間が、むしろ会話のように心地よかった。


「ルーナ。お前の気持ち、ずっと前から知ってた」


「……うん。知ってたと思う」


「でも、それをちゃんと言葉にするって、約束したから。改めて、言わせてくれ」


 勇人は顔を向ける。


「お前がそばにいてくれて、どれだけ救われたか。無口でも、わかってくれてた。俺も、そんなお前が好きだ」


「……っ」


 ルーナの瞳に、静かに涙がにじんだ。


「わたし……勇人と、同じ未来にいたい」


「俺もだよ」


 湖の水面がきらきらと輝き、その涙を祝福していた。


 




 


 そして、夜。


 勇人は王都の塔の上に一人立っていた。


 月が照らすその場所で、彼は空を仰ぐ。


「全部、伝えた……けど、やっぱ難しいな。本音ってやつは」


 風が吹く。


 でも、その風は冷たくない。


 優しく背を押すような風だった。


 セリナも、エイリンも、ルーナも、誰一人選ばれなかったわけじゃない。


 勇人は誰にも嘘をつかなかった。ただ、正直に、心から伝えた。


 そして、彼女たちはそれぞれの答えを持ち、前を向いた。


 だからこそ、これが彼なりの答えだった。


 


「……わかってる。でも、言わないだけだ――なんて、もうやめた」


 


 月の下、勇者は笑った。


 《察する力》は、ただのスキルなんかじゃない。


 人の痛みを知ること、人の強さを信じること。


 そして、言葉で誰かの心を守ること――それこそが、本当の勇者の力だと。


 


 物語はここで終わる。


 けれど、彼らの関係は、これからが始まり。


 


 ――察しの勇者様は、ついに本音を語った。


 それは、誰よりも優しく、痛快で、まっすぐな言葉だった。


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