ハズレスキル《察する力》を持つ勇者
――その日、俺はカレーパンを手に取っていた。
高校帰り、コンビニのレジ前。財布を取り出した瞬間、視界が白く染まり、足元から浮き上がるような感覚が襲った。
気がつくと、そこは石造りの巨大な広間だった。
天井の高い荘厳な空間。淡く光る魔法陣と、異国風の装束をまとった人々。そして目の前には、椅子にふんぞり返る中年の男――王様らしき人物。
「……また、異世界か」
俺――高村勇人。十七歳、普通の高校生。いや、元高校生と言った方が正しいか。目の前の状況が現実なら、もう日常には戻れない。
「おお……! 今度こそ、真なる勇者が来られた!」
白髭の神官が目を輝かせて叫んだ。周囲からも拍手と歓声があがる。
「ステータスを確認いたします。こちらへ」
差し出された水晶球に触れると、青白い光が立ち上り、空中に文字が浮かぶ。
【名前】タカムラ・ユウト
【年齢】17
【スキル】《察する力》
「……察する力ですか?」
読み上げた神官の声が、一瞬で冷めた。
続けて場内の空気が凍りつく。
「攻撃系でも、回復系でもない……?」
「《剣聖の加護》でも、《炎帝の契約》でもないのか」
「またハズレだな」
(あー、やっぱりこうなるか)
不穏な空気に、俺はため息をついた。
次の瞬間、周囲の人間たちの思考が、脳に流れ込んできた。
(……この程度か。また使えぬ者を呼び出してしまったな)
(魔力量も低い。戦力にも足手まといにもなりそうだ)
(さっさと追放して、新たな召喚を――)
――これが《察する力》の効果。
他人の仕草、目線、声色、呼吸のテンポ。それらを無意識に読み取り、本音がわかってしまう。
表面の言葉ではなく、内側に隠れた本当の気持ちが、透けて見えるのだ。
「この者……戦には使えん」
そう断じたのは、騎士団長グラムと呼ばれる男。金色の鎧を着込み、威風堂々と立っているが――
(王に無能を押しつけられるのは勘弁だ)
内心では、そう毒づいていた。
「……よって、即刻、追放処分とする」
「……は?」
「異議があるなら述べよ」
(言えるはずがない。お前の立場ではな)
俺は唇を噛んだ。だが、怒鳴ることはなかった。
これが異世界召喚の現実。期待され、そして失望され、切り捨てられる。それだけのこと。
「……はいはい、出ていきますよ」
俺は踵を返し、拍手も歓声もなく、城から放り出された。
====
王都から東へ三日。ティル村という小さな集落で、俺は身を寄せることになった。
事情を話すと、老夫婦が納屋を貸してくれ、食事も提供してくれるという。
「働いてくれるなら、それでいいさ」
(よほど辛い目に遭ったんだろうな、この子……)
温かい言葉に隠された優しさが、心に沁みる。
こうして俺の異世界生活が始まった。
毎朝、畑を耕し、薪を割り、川で水を汲む。魔法もスキルも戦闘力もない俺にできるのは、地道な労働だけだ。
――いや、ひとつだけあった。
この《察する力》だけは本物だ。
相手の癖、攻撃のタイミング、心理状態。全てがわかってしまう。
俺は村外れの森で、一人で剣を振っていた。
安物の木剣でも、振る角度と重心を理解すれば、ある程度の戦いは可能になる。
何より、相手の攻撃を読む能力は、実戦では強い。
問題は――察しすぎて、疲れることだ。
「すごいな、お兄ちゃん!」
(でもやっぱり、ちょっと変な人だよね)
「ありがとう、助かりました!」
(でも……この人、何を考えてるかわからないな)
村人たちは優しい。でも、少し距離がある。
(察してしまう)=(心が休まらない)
それが、俺の孤独だった。
====
ある日。夕暮れ時。
「た、大変だーっ! 村に魔物が出たぞー!」
少年の叫びに反応して、俺は斧を置き、走り出した。
村の入口には、体高2メートル近い、狼型魔物ファングウルフが2体。
唸り声をあげ、村の柵を蹴り壊して進もうとしていた。
その前に、一人の少女が立ちはだかっていた。
「――退け。ここは、私の戦場だ」
鋭い目つき。金色の髪をポニーテールにまとめ、銀の甲冑を身に着けた少女。
手には実戦用の片手剣。恐怖をこらえながらも、前に出ようとしている。
(こいつ……怖いのに、引けないんだな)
「セリナ様! 危険です、戻って!」
(でも、ここで逃げたら、もう騎士にはなれない)
――気づけば、俺は前に飛び出していた。
「おいバカ! お前一人じゃ無理だ!」
「は、はあ!? 何よあんた!」
叫び声を無視し、俺は落ちていた棒を拾った。
魔物が飛びかかる――!
左後ろ脚に重心、首が振れるタイミングが早い。右から来る!
俺は棒を横に振り、顎を叩き上げた。
――ゴッ! という音と共に、魔物の動きが止まる。
その隙に、セリナが叫ぶ。
「今よっ!」
彼女の剣が魔物の喉を裂いた。
もう一体のファングウルフは、村人たちの火矢で怯え、森へ逃げていった。
「……はぁ、終わった」
俺が腰を落とすと、セリナがこちらを睨んできた。
「アンタ、何者よ。村人じゃないわね」
「ただの落ちこぼれさ。名前は高村勇人」
「……変な名前」
「それ、十回くらい言われた」
口を尖らせる彼女の表情を、俺は察する。
(助けられたのは悔しい。でも……あのとき怖かった。ひとりじゃ、負けてた)
「……顔に出すぎ。言いたいこと口に出せよ」
「う、うるさいっ! べ、別に感謝なんてしてないんだから!」
(――あ、これ、典型的なツンデレ系だ)
思わず笑ってしまいそうになる。でも、その態度が、心地よかった。
俺の言葉に、彼女は顔を赤くしてそっぽを向く。
そして――
「……セリナ。セリナ=ブラッドフォード。王都騎士団見習い。仮の任務でこの村に滞在してる」
「へぇ、騎士団見習い。なら、強くなりたいんだな」
「当然でしょ。この国で女が騎士になるなんて、簡単じゃないのよ」
口調はきつい。でも、芯はまっすぐだった。
(こういう人、嫌いじゃない)
そう思った瞬間、俺はまた察していた。
彼女の強がりも、目に宿る不安も。全部――見えてしまう。
でも、言わない。察しても、俺は黙っている。
「……ま、しばらく世話になるかもな。よろしく、セリナ」
「ふ、ふん。勝手にすれば?」
(でもちょっと、悪くないかも……)
彼女の心の声に、俺は思わず小さく笑った。
こうして――察しの勇者とツンデレ騎士の、痛快な日常が幕を開けたのだった。