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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

愛は人を変えてしまうものなのです。

作者: 熊ゴロー。

暴力や性加害の表現あります。人死があります。ご注意ください。二人だけ、ハッピーエンド。

 愚かな夫は今日も愛人の元へと、せっせと通い詰めてくだらない愛を囁いているのだろう。ただの金蔓だとも知らずに馬鹿みたい。


 仲良くやってきたはずだった。それが嘘まみれだと分かったのは結婚してから一ヶ月後。こそこそしている彼を調べると愛人を囲っていたことが判明した。


 それまでは尊敬していた彼がゴミのようにしか思えなくなった。触れられたくなくて、話しかけられたくなくて避け続けた結果、夫は愛人の元へほぼ入り浸るようになった。



 私はお飾りの妻。離婚は出来ないし、ひたすら女主人としての仕事を続けた。ただ夫婦仲が悪くなったことで、赤子の頃からお世話している夫の味方となった使用人達は、陰で嘲笑い、私の世話もおざなりになった。



 それでも一人で何とかやってきていたが、心は限界だった。庭へ出て、誰もいない屋敷の裏庭へと向かう。


 裏庭にある池を眺めては心を無にした。ただ時折考えてしまう。この池に沈んでしまえば、醜聞になるかしら。馬鹿なことを考えてしまうわね。


 ぼんやりとしていると、突然、肩を叩かれた。



 「!…お、お義父様…」



 険しい顔をした義父が私の手を引いて、池から離れた。


 義父に気付かれたのだろうか。いや、そんなわけ…でもこの人には全てを見透かされているような目を向けられることが多い。


 険しい顔に似合わず、握られた手が酷く優しくて。温かくて。嬉しくて。久々に人の温もりに触れたことに涙が溢れた。


 使用人達は愕然とした表情で私達を見ている。義父と嫁が手を繋いで歩いていれば、そんな目で見られるのは当たり前か…



 義父の執務室に入ると、ようやく手を離された。



 「…茶でも飲もう。それと以前、君が好きだと言った本を手に入れた」


 私がずっと欲しかった入手困難な本…!

 私をソファーに座らせると、膝にその本を乗せた。



 「日頃、頑張っている褒美だな」


 「あっ…ありがとう…ございます…!」



 誰も見てくれていないと思った。義父は見てくれていたのね。涙を流すまいと必死に堪えながら、本を大事に抱えた。





 その日から毎日のようにお茶に誘われた。お菓子や本、ドレス、宝石も沢山頂いた。いつも険しい顔で無口な義父は、少しだけ…微笑むことが多くなった。


 …微笑まれると可愛いと思ってしまう。普段見ることのない表情だから?心を許してくださってるから?


 ほとんど会話もなくお茶を飲んでいるだけでも、私にとっては唯一安らげる時間になった。







 ある日の深夜。


 自分の部屋で寝ていると、突然大きな音で扉をノックされた。


 ビクリと驚いた後、一体誰なのかと扉を凝視していると返事を待たずに誰かが入ってきた。



 「だ、誰なの…っ」


 「ははっ…夫の顔も忘れたのか?」



 酔っているのか、ふらついて部屋へと入ってきたのは最低最悪の浮気者な夫だった。

 身の危険を感じてベッドから離れて、部屋の隅へとゆっくり移動する。


 「…夜中に何の御用かしら」



 「夫婦の時間を楽しもうかと思ってね」



 愛人で欲を解消しているくせに、今度は私で解消しようって?本当にクズね!

 追い詰めるように迫ってくる夫を突き飛ばして、部屋を出た。


 どこでもいい。どこか…隠れて彼が帰るのを待とう。


 近くの空き部屋へ入り、息を潜めた。絶対に嫌よ。抱かれたくない。鳥肌が立つ二の腕を擦りながら、ひたすら待った。


 遠くで彼の怒鳴り声が聞こえる。怖い。震えてしまう。大丈夫、見つからないわ。








 「かくれんぼは終わりだ」







 翌朝、引きちぎられた服を脱ぎ捨てお風呂へ入った。酷く痛む体を引きずりながら。痣だらけ、汚れきった体を何度も洗った。子が出来たらどうしよう…何度も吐き出された子種を掻き出した…意味は無いかもしれないけれど、やらずにはいられなかった。


 お風呂から出た後は、もう何も考えられなかった。汚れきったシーツを床に落としてベッドに寝転んだ。


 もう何も考えられない。もう死んでしまってもいいのよね。


 痛む体を引きずりながら裏庭にある池へ向かう。



 醜聞にしてやる。妻を追い詰めた糞旦那として社交界から追い出されればいいのよ。愛人諸共、地獄へ引っ張り込んでやろうかしら。


 …あぁ、もう考えたくない。



 池へと飛び込んだ。



 透き通った水のおかげで、池の中を見ることが出来たわ。とても綺麗ね。魚が泳いでいる。私も生まれ変わるなら魚がいいわ。海で泳ぎ続けるのよ。


 息が苦しい。あぁ、神様。もし、もし生まれ変わるなら…



 バシャンと派手な音が聞こえて目を開けると、目の前に険しい顔をした義父がいた。抱きしめられたかと思うと、そのまま浮上して、陸へと上げられた。


 咳き込む私の背中を優しく撫でながら、小さな声で良かった…と義父は呟いた。


 申し訳ない気持ちと、貴方の愚息のせいなのよ!と叫びたい気持ちが溢れ出る。

 …駄目ね、悪いのは夫。八つ当たりなんて…



 背を撫でてくれる義父にしがみついて、大泣きした。淑女としてありえない、子供のようにわんわん泣いた。昨夜犯されたことも伝えて泣き続けた。浮気していることも少し大袈裟に告げ口した。


 「すまなかった…」


 泣き疲れた頃、数人の使用人達が申し訳なさそうにやってきた。私はそれを無視して義父にしがみついたまま。


 「へ、部屋へ…連れて行ってください…っ」


 泣きすぎて、酷い声になってしまったがちゃんと伝えられた。義父は私を抱き上げて部屋へと連れて行ってくれた。

 

 使用人にお風呂を準備させている間、布で髪の毛を拭いてくれた。お風呂に入っている間にどこかへと行ってしまった。…あんなに泣き叫んで、みっともない…次にお会いする時、きちんと謝罪しないと…



 部屋で髪を乾かしていると義父が戻ってきた。慌てて立ち上がり、謝罪をしようとすると手を掴まれた。



 「部屋を変えよう」



 頑丈な内鍵がついているから、と。

 あぁ、夫から守ってくれるのだ。無口なおじさんだと思っててすみませんでした…


 用意された部屋に荷物と共に移動した。隣の部屋は義父の寝室のようで、夫が来たらすぐに対応してくれるとのこと。



 「ありがとうございます…」


 「奴が帰ってきたら私が話す。君は部屋で鍵をかけていてくれて」



 「はい、分かりました」


 


 そして、この日から夫の姿を見ることはなくなった。きっとお義父様と言い合いをされて、出ていってしまったのかもしれないわ。


 まぁ、いてもいなくても変わらなかったし、襲われる心配もないもの。


 またお義父様とのお茶が楽しみだわ。




 















 「父上、話とは」


 「今すぐ出ていくか、それとも私に八つ裂きにされるかを選ばせてやる」


 「…は?」



 お互いの間に置かれている机に、父が勢いよくナイフを突き立てた。恐ろしくて声が出ない…普段、無口で温厚な人が…今は殺気を出して睨みつけてくる。



 「昨夜、彼女を襲ったな?」



 ナイフを抜き取り、刃先を何度も机に刺している。


 答えを間違えたら。言い訳をして怒らせてしまえば。間違いなく俺の命は無い…けれど、何を答えても機嫌を損ねるはず…



 「池で死のうとしていた…お前のせいでな!」



 胸倉を掴まれた。震える俺を睨んだまま、ナイフを見せつけた。



 「なら次の選択肢だ。お前のモノを切り落とすか、寝たきりか」



 どちらも選べない。選びたくない。けれど死ぬよりマシなのか…



 「お、俺は貴方の息子です…!この家の後継ぎです…妻を抱いて何が悪いんですか…!」


 「妻だと?何故、彼女がお前を拒むようになったかも知らない愚か者が!お前の愛人のことなど誰もが知ってる!」


 「そ、それは…」


 「最近、そちらに子が出来たそうだな。近々、この屋敷に招こうとしてたことも知ってるぞ」



 全てバレていた。愛人との子供を後継ぎにしようとしていたことも。震えが止まらない。父親の怒りがこんなにも恐ろしいとは。今までの父と別人のようだ。




 「ははっ…!馬鹿な奴だ。今からでも愛人の元へ戻るがいい」




 笑った所など見せない父が、無事でいるといいな、と嘲笑った。





 その言葉を聞いてすぐに屋敷を飛び出した。まさか、まさか…!


 彼女を囲っている屋敷へ向かおうと馬車に乗り込む。頼む、無事でいてくれ…!焦りと心配で、おかしくなりそうだ。


 ようやく馬車が止まった。慌てて飛び出したが、おかしい…何だ、この臭いは。



 酷く焼け焦げた臭いがする。まさか…ふらふらと屋敷がある場所へ向かう。



 「あぁ…あぁぁぁぁっ」



 燃え尽きた屋敷。彼女は…子供は…























 「奴は、どうした?」


 「精神を病まれたのか、ひたすら愛人の名を呟いております」


 「愛人の方は?」


 「娼館で大暴れしたのち、特殊な性癖の客の相手をしているとのこと。早死には免れません。子は修道院へ」


 「奴も娼館の主人が欲しがっていたな。すぐに送れ」


 「畏まりました」



 「それと世話を放棄し、彼女を傷付けた使用人全て捕らえて奴隷に落とせ」



 「畏まりました」








 






 

一年後。



 「体調はどうだ?何か食べたいものは?私に出来ることはあるか?」


 私の少し膨らんだお腹を優しく撫でながら、体に異変がないか確認する義父…いえ、もう旦那様ね。



 「ふふっ。では、抱きしめてください」



 お腹を潰さないように優しく抱きしめられた。あぁ、この真綿に包まれるような日々が来るだなんて。


 前の夫がいなくなってから、義父からプロポーズされた。私を守りたいと言ってくれた。夫をお飾りとして、私達は夫婦としてやっていこうと。


 嬉しくてすぐに飛びつきたかったが、襲われた時に何度も吐き出されてしまった。子がいるかもしれない…と言うと、血など関係ない。私達の子だと言ってくれた。幸い、その時は妊娠しなかった。


 

 今は旦那様の子を身籠っている。この子は一応、前の夫の子ということになっている。彼は田舎で暮らしているらしく、時々、旦那様が手紙を送っているらしい。私にとってはどうでもいいことだわ。


 旦那様の子だと言えないのは辛いけれど、私達が知っていればいいことよ。これ以上は我儘だわ。



 「名前は決まりました?」



 「うーん…沢山候補が出てしまってな…まだ決まらないんだ」



 「ふふっ。では産まれるまでには決めておいてくださいね」



 











 

 息子は心を壊した。もう表には出てこられない。自業自得だ。情すら一欠片も残っていない。彼女を犯したあの日から、決めた。死ぬことは許さない。



 ある日、彼女が池を覗き込んでいるのを見た時、嫌な予感がした。慌てて止めに入ると、どこかホッとした顔をする彼女。


 お茶で落ち着かせようと誘ってみれば、思ったよりも心安らぐ時間だった。穏やかで、温かな。それがいつまでも続けばいいと願う程に。


 それから毎日、お茶に誘う。嫌な顔ひとつせず、楽しげにしている彼女を見ると、気持ちが高ぶり、まるで若者に戻ったようだった。



 そうか、これが恋だ。認めてしまえば、心にピタリと当てはまった。彼女に惚れていたのだろう。しかし、私は義父。ただ見つめるだけで満足しなければと己に言い聞かせていた。



 けれど、あの馬鹿息子がぶち壊した。窓から池を眺めていると、彼女がふらふらとやってきた。まさか…と慌てて屋敷を飛び出し、池へと駆け寄る。


 大きく揺れる水面が。彼女の姿が。



 気付けば飛び込んでいた。目の前の彼女を抱き抱えて浮上した。咳き込む彼女を見つめて、生きていることに安堵した。良かった。

 

 泣き喚く彼女を更に愛おしく思えた。もう離すものかと決心した。


 そこからは彼女を支えつつ、息子を追い込み続けた。


 精神崩壊した奴の前に、声を出せなくした愛人を連れていき、目の前で他の男に犯せるのを見せつけた。更に病んでいくのを喜ぶ私は、もう既に父親では無かったのだろう。


 そのまま二人を娼館へと送り出した。死ぬまで共にいられるぞ、良かったなと伝えて。今にも死にそうな顔だったのは笑えたな。


 

 奴が消えたので、私は全力で彼女を口説き落とした。誰にも渡したくないのだと必死になって愛を伝え続けた。


 それから、彼女との距離が近付いた。心も身も。嫁と義父ではなく、男と女として。


 彼女を手に入れ、子もまもなく産まれる。私に出来ることは長生きをして彼女を幸せにすること。私が死ぬまでに愚かな息子と女を消し去ること。



 愛しい彼女の少し膨れた腹を撫でて、どうか安産であるようにと願った。





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