第壱幕(その三)
物語の所々にオリジナルシリーズに出てきた登場人物や小ネタを含みますので、
オカ研の旗の下を先に読んでいただきましたらより一層楽しめていただけます。
その大きな銀色の球体は四人と昆虫学者の頭上をゆっくりと浮遊し目的の行く先でも分かってあるのかのように確実に真っ直ぐ慎重に飛んでいく。それはぐるぐると回転しながら太陽の光が反射して濃い銀色が黒光りを帯び、なんとも傍から見れば不気味な物体に見える。
「実にゆっくりと飛んでおるな」
生物学者はその謎の大きな銀色の球体を眺めながら足を進めている。
「これは走らなくても追っていけそうね」
沙織は余裕をかました。が・・。
「もうまったく!あっという間に見失ったわっ!」
そう思っているとすぐさま、また沙織が叫びだした。
最初は何もない丘の地面を優雅に歩きながら追っかけていたのだが、じきに小走りになり、足場の悪い荒れ果てた荒野を振り切り、獣道の険しい山道を登り、軋めき合う落ちそうで危なっかしい吊橋を渡り、湿気が体に纏わりつく湿地帯に入っていた。
「また自然の猛威が牙をむき出したわ!」
由香がタオルで汗が吹き出す顔を拭いながら気だるく言った。
「幾度も私たちの邪魔をする気ね!」
沙織はタオルを鉢巻代わりにしている。
「もう駄目・・、疲れたわ。それで此処どこ?」
綾乃はタオルを頭から被り体からは湯気が出ている。
「あからさまに道に迷ったようね」
翠は、・・というと疲れた表情も見せずあっけらかんとしている。
「あの不思議な銀の球は何処に行ったんでしょう?」
綾乃は空を見上げたがそれらしき怪しげな物は何処にもない。
「そうゆう時にこそ虫に聞いてみるといいんじゃ!」
昆虫学者は汗ひとつかかず歳にも似合わずピンピンとして答えを編み出した。
「あっ!そうよ!虫の声に耳を傾ければいいのよ!」
綾乃は昆虫学者の書いた本の事を思い出した。
「ほんとに何か言ってくれるのかなぁ?」
そう言って沙織は半信半疑で耳を澄ました。
綾乃は全神経を耳に集中している。
「聞こえてくるというよりテレパシーの様に頭の中に直接響いてくる感じよ」
由香も目を瞑り頭の中を駆け回る虫の声を聴こうとしている。
「なんだかとっても気持ちいいぃ~」
沙織はドーパミン全開だ。
同じ様に耳を澄ませていた昆虫学者が方位磁石を取り出し銀の球が向かったであろう方向を指差した。
「本当にその方向であっているの?」
無関心な翠は虫の声など聴こうともしない。
「虫たちの言葉を信じよう。さぁ、日が暮れないうちに早く急ごう!」
今いる湿地帯を突破して鬱蒼と茂る雑木林を抜けると、急にガラッと景色が一変して目の前にはそれはそれは広大なる花畑が一面に広がっていた。甘い不思議な花の香りが充満して、それに無数のあの幻の“エンジェルスマイル”と呼ばれる見るものを魅了する艶やかで美しい、手の平を上回る大きな蝶々が所狭しと舞飛んでいた。夢のような世界に飛び込んだ四人と昆虫学者は花畑を走り回っている。
「なんとも美しい・・。やっと見つけた・・」
昆虫学者はその蝶たちに魅了されている。
「急にいきなりこんな花畑って、気持ちが安らぐわ」
沙織は花の香りを大きく吸い込んだ。
「まるで温泉にでも浸かっている感じで頭の中が空っぽよ」
綾乃は花に埋もれている。
「あーはっ、はっ、はっ、はっ、はー」
いきなり由香が腹を抱え笑い出した。
「どうしたの急に笑いだして・・、はっ、はっ、はっ」
綾乃もそれにツラれ笑い出した。
「別に面白いこともないのにー、腹痛ーいっわ、はっ、はっ、はっ」
沙織なんかは涙を出して大笑いしている。
「ところであの銀の球は何処にいったのよっー、はっ、はっ、はっ」
由香なんかは屈み込み、よほどお腹が痛いくらいおかしいのだろう。
「そう、みんな笑顔が一番だよ。“それ”に出会った者は天使の笑顔にしてくれる。“エンジェルスマイル”という名の由縁がそこにあるんだよ」
逆に昆虫学者は無表情のまま語りだした。
「これでででで・・また新しいいいいい・・種がががが・・生まれるるるるる・・」
翠の話す言葉なんかは機械じみてバグっている。
「もうこの世界は君たちが探している宇宙人に既に占領されているだよ。なぜなら世界中に数多く生息している昆虫たちは、信じられないかもしれないけれど全て宇宙人なんだよ。今の君たちと同じ様に虫たちの人間には届かない声によって、この社会はコントロールされているんだ。私の研究の末、編み出した答えだよ」
昆虫学者の口調が変わり歳も若返った。
「この世の最も美しい蝶の鱗粉が君たちに笑顔を振りまいてくれるさ。さぁ、世界を笑いで埋め尽くそうじゃないか!」
笑い過ぎて顎が外れて倒れ込んでいる三人を尻目にそこには、上から見下ろしている翠と昆虫学者の顔があった。
幾つもの歯車が重なり合って大きく回る社会。ごく僅かでほんの小さな一つの歯車が抜け落ちた時、なんの自覚症状もなく病魔が進行する。気づかないうちに徐々に私たちの意識と感覚は狂っていく。それは時代の意識、社会の考えの変化に取り残された人々の心境でも何でもない。誰しもがゆっくりとそして確実に“何か”がこの世界全体を狂わせていくのだ。だが、それがこれからどのような形となって目の前に現れるかは分からない。ならば目を凝らして注意深く観察しているといい。しかし一番怖いのは、もう既に自然に自分が狂っているのに気がついていないということだ。この世で恐ろしいものは人間という獣。そしてこの世で一番脆くて弱い生き物。
・・第壱幕おわり
沙織「リンリンリン、虫が鳴く」
翠「まだ暑い夏は続いているわよ。あははははは・・」
由香「なんで夏なのに秋の唄なのよ。はははは・・」
綾乃「翠って・・何者・・あっはっはっ・・」
全員「次回、8月24日土曜日更新!あははははは・・」