第壱幕(その二)
物語の所々にオリジナルシリーズに出てきた登場人物や小ネタを含みますので、
オカ研の旗の下を先に読んでいただきましたらより一層楽しめていただけます。
電柱の様な“塔”を前にビニールシートが地面に敷かれ、初老の紳士が持ってきた何が入っているのかも明記されていない缶詰が四人に配られ、四人とも何も分からず考えもせぬままに空腹には負け我慢できずガッツキながら、ちょっとした楽しいランチタイムが盛り上がっていた。
「それで険しい山道を登って此処まで辿り着いたという事かな」
初老の紳士は自分が持ってきた缶詰には一切手を触れず水筒の口を開けた。
「おじいさんも長い時間を掛けて、あの山道を歩いてこられたのですか?」
沙織が不思議そうな顔で二缶をタイラげ三缶目の蓋を開けている。
「いやいやもうこの歳ではそんな険しい山道は無理じゃ。わしはロープウェイで優雅に風景を眺めながら此処に来たんじゃよ」
初老の紳士は苦笑いを浮かべながら水筒を口にした。
「えぇぇー!ロープウェイがあっただなんて!知らなかったわぁー!そんなの先に言ってよねっ!」
翠が口の中のものを吹き出しながら叫んだ。
「此処まで来た私たちの辛い時間は何だったの・・」
由香ががっかりしながら気だるく呟いた。
「そうじゃな、どんな時でも時間というのは、みな平等にあるものじゃけど、時折そのように長く感じたり、あっという間に短く感じたりするのは何故だと思うかね?」
初老の紳士は話の流れで質問を投げてきた。
「そんな時は無我夢中で時間のことなど気にしていないわ」
沙織は手にしている缶詰の中をさらえている。
「そんな時間を気にしていないのを見計らって“時間の管理人”という者が気まぐれで時を操作しているからなんじゃよ」
初老の紳士は真剣な目で冗談なのかどうか分からない回答をしてきた。
「それで長く感じたり短く感じたりする訳だ。それじゃその人に頼んで楽しい時間をずっと長くして貰いましょっ!・・で、何処にいるの?」
沙織の手が次ぎの缶詰へと移っている。
「我々の知らない宇宙の超越したところにいるんじゃないかな」
初老の紳士は空を指差しながら見上げた。
「遠い儚い話よね・・」
由香がスプーンをくわえシンミリしている。
「それでおじいさんは何しに此処に?」
翠が何個もの散乱した缶詰を前に満腹なお腹を擦りながら聞いた。
「わしは珍しい蝶々を追い求めて此処まで来たんじゃよ」
初老の紳士はリュックサックの中から一枚の写真を取り出した。
「珍しい蝶々・・?」
沙織は慌てて缶詰をかっ食らい写真を手にした。
「俗称“エンジェルスマイル”。学名“グリーングラス”。世界で稀に見ない幻の蝶々なんじゃよ」
初老の紳士が見せた写真には艶やかな美しい大きな蝶々が写っていた。
「“エンジェルスマイル”?“グリーングラス”?」
由香はスプーンを咥えたまま写真を覗き込んだ。
「わしの研究もまだまだ遅れていておぼつかないが、名前のごとくそれにあった者は天使の微笑みに変わるそうじゃよ。それがどういう解釈かまでは分からないが・・。そうそう、まだ紹介が遅れて名乗っていなかったの。わしの名前は“ロゼット・ぺイソン”。生物学者じゃよ」
初老の紳士が名乗りを上げた。
「“ロゼット・ぺイソン”・・?どっかで聞いた名前ね・・?」
翠は首を傾げ遠い昔を思い出している。
「よく似た名前が多いからのぉ。誰かと間違えておるんじゃないか」
生物学者はまた苦笑いを浮かべながら答えた。
「なかなかそんな難しい名前はいないわよ」
由香が目を細めて気だるく言った。
「まぁ、同じ名前で顔立ちも似たような人物が他にいたとしても、人はそれぞれ一人一人誰しもがその時どきで、主役であったり脇役であったりするんじゃ。その私と似た人物は君たちと出会った時にはどうだった?今の私は君たちにはどう映っておるんじゃろな?」
生物学者はまた難題を問いかけてきた。
「あぁーー!思い出したぁーー!“耳を澄ませて虫の声を聴こう”の著書で世界的有名なぺイソン先生!!もちろんあなたが今日の主役ですよっーー!」
今まで黙ってじっと生物学者の顔ばかり覗き込んでいた綾乃がようやく口を開いて大声を出した。
「それほどでもないよ・・。まだまだわしの知らない未解の研究も残っておる。それで人生の最後に、幻の蝶々に会いたいが一心に此処まで来たということじゃ。それで君たちは何をしに此処に来たんじゃな?」
生物学者はまだ肝心な事を聞いていなかったらしい。
「私たちは宇宙人を捕獲しに来ました!」
沙織がすぐさま立ち上がりエラそばって言った。
「いきなり突拍子も無い事を言うと先生がビックリするでしょ!」
翠が沙織のズボンを引っ張り座るようにと促した。
「それはおもしろい。実を言うと・・、昆虫こそ正しく宇宙人じゃよ。幼虫、さなぎ、と形態を変えて成虫する。また蝉のように成虫するまで長い期間、地中にいる者もいる。あの体のホルムは他の生き物と比べて人知を超えておると思わんかい?」
生物学者は嬉しそうに語った。
「そう考えてみると、不思議な生き物だわ。最初は気色悪い醜い芋虫が美しい羽を持つ蝶に生まれ変わるのだもの」
翠が地面を走り回る一匹の迷子の蟻を観察している。
「鬱陶しい蛾になる時もあるけどね」
また由香は身も蓋もない事を被せている。
「他にもそうだわ。トンボにカブトムシに・・、蜂・・」
綾乃が言ったその時、蜂の大群に周りを囲まれたかの様に重いモーター音の羽音が何かのサイレンのように強烈に聞こえてきた。
「なにっ!この耳障りな不快な音」
「見て!みてーっ!あの大きな銀色の球が浮かんでいるーっ!」
「あれっーー!たすけてー!」
突然、翠の体がふんわり浮かびその大きな銀色の球体に吸い込まれていく。
「翠ーー!!」
他の三人は手を伸ばし宙に浮き上がる翠を掴もうとするが届かず、翠の姿は銀色の球体に見る見るうちに飲み込まれ消えていった。その時、生物学者は素知らぬ顔で優雅に水筒を口にしていた。
「翠ーー!!翠・・、翠?。・・翠どこ行っちゃたのかしら・・?」
沙織の意識が我に返ったように、つい今しがたの突然のとんでもない出来事が忽然と記憶から消えていった。
「あれっ。今さっきまでいたのにね」
綾乃も、いま先程の凄まじい記憶が吹き飛んでいる。
「取り敢えず自分の分の缶詰はタイラゲているわ」
由香も何もなかったかの様に平常心を保っている。
「私は此処よ」
すると岩場の陰からそんな翠がひょっこりと出てきた。
「心配するじゃない!どこ行っていたのよっ!」
沙織が顔を押し出し投げかけた。
「陰に隠れていたんだから、何してたかわかるでしょ!」
翠は顔を赤らげ睨みつけた。
「野○ね・・」
由香は下を向き気だるく独り言のように小さく呟いた。
「下品ね!言葉に出さないっ!」
隣に座っている綾乃にはもろ聞こえたようだ。
「見て!みてーっ!あの大きな銀色の球が浮かんでいるーっ!」
急に沙織が空を見上げながく手を伸ばして指差した。電柱の様な塔の上に乗っていた大きな銀色の球体が音もなく静かに離れゆっくりと動き出したのだ。
「よしっ!追いかけましょう!」
何事もなかったように翠が一番最初に駆け出した。
「わしも一緒に行こう!」
生物学者も四人と一緒になって荷物を抱え立ち上がった。
・・つづく
沙織「中身が何であれ腹減っていたら何でも美味しいわ」
翠「あなた食べ過ぎよ」
綾乃「ところで翠、あの時ほんとに野○」
翠「綾乃まで下品ね!」
由香「非常に大事なこと何か私たち忘れてない?」
沙織「缶詰持ち帰ればよかったかしら」
全員「次回、8月17日土曜日更新!」