表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰色の記憶と紅い秘密  作者: 天音タク
8/11

難航する捜査

 午後十一時過ぎ、大阪府警本部の高橋警部は、110番通報を受け現場に向かっていた。通報者によると、三十代ほどの女性が道路の真ん中で倒れているという。高橋は通報者に119番通報もするように促し、準備を整え、現場に向かっていた。


 現場に到着すると、通報者と思われる人がこちらを向いて手を振っていた。


「あなたが通報された方ですか?」


 高橋が尋ねると、通報者と思われる若い女性は小さく頷いた。


「はい、そうです。私、帰る途中にこの方を見つけて、すぐに通報しました。本当に急がないといけないと思って…」

「分かりました、ありがとうございます。ここからは私たちが引き継ぎますので、離れて待っていてください」

「こちらへ」


 女性は高橋と共に来た部下に事情聴取を話すために離れた。高橋は倒れている女性のもとに駆け寄った。女性は首から上があざだらけで、顔が不明瞭になっていた。高橋は冷静さを保ちながら女性の意識と指紋を確かめた。脈と呼吸は確認できたが、意識はなかった。高橋はポケットからノートとペンを取り出し、現場の状況や女性の特徴をメモした。そして女性に回復体位を取らせ、周囲を見渡したところ、画面が大きく割れた携帯電話だけが見えた。高橋は手袋をつけ、携帯電話を回収し、ビニール袋に入れて、部下に渡した。


「これを鑑識課に送っておいてくれ。俺はまだ調べることがある」

「はい、承知しました」


 高橋は救急車の到着を待ちながら、再び周囲に目を向けた。現場は住宅街の一角で、道路には街灯が点いていた。しかし、近くに人通りや車通りはなく、静かだった。高橋は女性が何者かに襲われたと推測し、現場付近に防犯カメラがないか探したが見つからなかった。


 しばらくして救急車が到着し、女性は担架に乗せられて運ばれた。その後、現場には規制テープが貼られ、警察の本格的な捜査が始まった。程なくして、高橋が立ち上がった。


「少し向こうを調査してくる」


 そう言って高橋は規制テープをくぐり、現場を離れた。少し歩くと、ドアが開いてエンジンがかかったままの車があった。


『なんでこんなところに車が?』


 高橋は疑問に思いながら、車の中を調査した。助手席下にバッグがあり、ライトをつけて調査した。そこから財布を取り出し、身分証明書を見てみると、高橋は驚いた。先ほど倒れていた女性と容姿が似ていたのだ。


『被害者は車を盗まれる際にあそこまでの傷を?』


 高橋は違和感を感じながらも、身分証明書と財布が入っていたバッグを回収し、ハンドルの指紋を採取して車を離れた。


「こちら高橋、被害者のものと思われる車と鞄、そして被疑者のものと思われる指紋を回収した」

『承知しました、高橋警部。これよりそちらへ向かいます』


 高橋は部下と無線でやり取りしたあと、近くの公園に目をやった。近くに防犯カメラが設置されているかもしれないと思い、捜査をすることにした。高橋は部下に証拠品を渡したあと、公園に足を踏み入れた。


 公園は静かだった。遊具にはロープが巻き付けられており、立入禁止とも書かれていた。


『今の子供は遊具を使って遊ぶことが出来ないのか……』


 そんなことを思っていると、地面に髪の束が落ちていた。


『髪? それにはさみ?』


 高橋は髪とはさみを拾い上げ、ビニール袋にしまった。そして立ち上がり、周囲を見渡すと、木に吊るされた死体の影があった。高橋は急いで駆け寄り、死体を凝視した。学生と思われる若い女性だった。


「これは……?」


 高橋は激しく混乱した。近くに二人の死体があったからだ。


『わずか数百メートル離れた場所にまた別の死体が? これは一体……』


 高橋は動揺しつつも部下と救急に連絡した。その間、若い女性のポケットから財布と携帯電話を回収したあと、指紋と髪を採取し、部下と救急車の連絡を待った。


相園遥佳(あいぞのはるか)……。名前に、住所と年齢からして、先ほどの人とは関係なさそうだが……」


 高橋は身分証と思われるものを見てそう言った。数分後、部下と救急車が到着した。


「高橋警部、これは一体……」

「俺にも分からん。だが、証拠品の鑑定結果が明らかになれば……」

「……そうですね」

「そうだ、これ。彼女のものと思われる品だ。鑑識課に送っておいてくれ」


 救急車と部下が去ったあと、高橋は現場の捜査を開始した。だが証拠となり得そうなものは見つからなかった。その数時間後、現場での捜査は終了した。


 

 高橋は部下と共に本部に戻り、証拠品の鑑定結果を待った。その間、高橋は自分の机に座り、ノートに書いたメモを確認し整理した。被害者と思われる二人の女性の名前は、尾崎愛(おざきあい)と相園遥佳だった。尾崎愛は三十代前半の独身女性で、住宅街の道路で意識不明の状態で倒れており、相園遥佳は所属不明の十七歳で、女性が倒れていた数百メートル先の公園で首を吊っていた。二人とも住所は全く違っており、血縁関係や知り合いの繋がりは見つからなかった。高橋は混乱し頭を抱えた。


『まったく関係のない二人がほぼ同じ場所で死亡している……。この事件は一体どういうことなのだろうか? 二人の女性が同じ日に同じ場所で死んだのは偶然なのか? それとも何者かによる計画的な殺人なのか?』


 そんなとき、部下が部屋に入ってきた。


「失礼します、高橋警部。どうやら落ち着かないようですね。まぁ、今回の事件はかなり難解そうですからね」

「……鑑定結果はまだ届かないのか?」

「早まりすぎですよ警部、まだ一日も経ってませんよ? コーヒーでも飲んで落ち着きましょう」


 部下は高橋の机にコーヒーを置いた。


「おぉ、ありがとう」


 高橋はコーヒーを一口飲んだ。ほんのりと苦い味が口に広がった。


「それで、何か進展はあるのか?」

「ええ、少しだけですが。被害者の携帯電話から最後に通話した相手を特定しました。ですが尾崎愛さんの携帯電話は現在修復中です」

「そうか……。では、相園遥佳さんは?」

「彼女も最後に通話した相手がいます。ですが妙なことに、相手は探偵事務所でした」

「探偵事務所?」


 高橋は驚いた。そして再びコーヒーを飲み、ため息をついた。


「ただでさえ難解なのにさらに難解な要素が入ってきたのか……」

「はい、これは難しくなりそうですね」


 高橋は深く考え込んだ。事件の裏に何か大きな謎が隠されていることを確信していたが、鑑識課の結果が出るまで迂闊な行動はできないと分かっていた。


「とりあえず、その探偵事務所の情報を教えてくれ」

「えぇ、東京にあるM.T(エムドットティー)探偵事務所というところらしいです。調べたところ、人探しに特化した探偵事務所らしいです」

「ふむ、つまり相園遥佳さんは、人探しの依頼をするために探偵事務所に電話したということか……」

「どうします? 独自で調査しますか?」

「いや、鑑定結果が分かってから調査しよう。そっちの方が集中できる」

「分かりました」



 その一週間後、ようやく鑑定結果が届いた。高橋は興奮しながらも慎重に書類を開封した。だが、その鑑定結果は、あまりにも複雑なものだった。鑑定結果によると、尾崎の携帯電話と思われるものからは相園の指紋が、尾崎の車と思われるハンドルからは相園の指紋が、公園に落ちていたはさみからは相園の指紋が検出された。そして相園のものと思われた髪の束は、彼女のものではなかった。


「これは何だ? 色々とめちゃくちゃじゃないか」

「本当ですね……」


 高橋は複雑な鑑定結果を目の前にし、更なる混乱を抱えながらも冷静な判断を下そうとした。彼は尾崎と相園が何者かによって関わり合わされた事件であると感じていたが、それにどのような理由が隠されているのか、まだ見当もついていなかった。


 捜査を進める中で、高橋はM.T探偵事務所についての調査をすることにした。東京にあるその探偵事務所が、大阪での事件にどのような関わりを持っているのかを知る必要があった。高橋は上の許可を得て、東京へ向かうことにした。


 後日、高橋は部下と共にM.T探偵事務所に向かった。そこで相園が依頼した人探し調査の内容を聞き出そうと思った。


「すみません、大阪府警の高橋ですが、責任者はいますか?」

「申し訳ありません。所長は現在大阪にいらっしゃいます」


 アシスタントと思われる女性はそう言って頭を下げた。高橋は軽くため息をついたが、少しでも情報が聞き出せればと思い、口を開いた。


「それでは、少しお聞きします。相園遥佳さんが依頼した人探し調査について、知っていることでいいので教えていただけますか?」


 アシスタントは戸惑った様子でしばらく黙ったが、棚からファイルを取り出して、ゆっくりと話し始めた。


「……相園遥佳さんは、数ヶ月前から突然連絡が取れなくなったご友人を探していたんです。ご友人の名前は記録していませんが、女の子ということだけは分かります。彼女は高校のクラスメイトでした。相園さんは何度か連絡を取りたいと言ってましたが、その人は携帯電話を持っていなかったのです」

「高校? どこの高校ですか?」

「それは……」


 アシスタントは口ごもった。高橋はアシスタントの口ごもりに気づいて、少し緊張した様子で言葉を続けた。


「どうか、その情報を教えていただけないでしょうか? 事件の解明に協力いただけると幸いです」

「……わかりました。相園さんとそのクラスメイトが通っていたのは、霧黎商業学院高校です」

「霧黎商業学院!? それって……」

 

 高橋は思い出した。それは一年前に発生した、戦後最も残酷な事件として話題となった、学校全焼事件だった。多くの生徒と教師が何者かによって殺害され、事件の真相は未解決のまま時間が経過していた。その事件に関連して、相園遥佳とそのクラスメイトが何らかの形で結びついている可能性が高まっていた。


「……ありがとうございます。相園遥佳さんについての情報、提供していただき感謝します。その他にも、相園遥佳さんがクラスメイトを探す際に何か手がかりを得たり、どのような経緯で依頼が進行したのか、もし何か分かることがあれば教えていただけますか?」


 高橋は詳細を尋ねた。しかし、アシスタントは首を横に振った。


「そこまでは分かりません。私はあくまで補佐をしているだけなので、詳しくは知りません。ごめんなさい」

「そうですか。では、所長さんと連絡は取れますか?」

「それはおそらく大丈夫だと思います。少々お待ちください」


 アシスタントは所長に電話を掛けに行った。数分後戻ってきて話し始めた。


「大阪の三根市内のホテルでなら会えるとのことです。詳細は電話してくださいとのことでした。こちらがお電話番号です」

「ありがとうございます」


 高橋は探偵事務所を離れたあと、自分の部署に戻ることにした。



『霧黎商業学院、相園遥佳……』


 彼は部署に戻ったあと、部屋で深く考え込んた。霧黎商業学院の事件と、相園遥佳の関連性について考えていた。そんな時、高橋の部下が部屋に入ってきた。


「失礼します。病院から連絡がありました。尾崎さんの意識が回復したとのことです」

「本当か? それと、相園さんの方は?」

「ええと、相園さんについては、死亡が確認されました。窒息死とのことです」

「そうか……。とにかく、尾崎さんがいる病院に向かおう。彼女から事件の詳細を聞き出せるかもしれないからな」


 高橋たちは尾崎が入院している病院に向かった。病院に到着した高橋たちはすぐに尾崎に面会しに向かった。尾崎は顔周りに包帯を巻いて、ベッドであおむけになっていた。高橋はすぐに事情を説明したあと、尾崎と面会した。高橋は事件の詳細を尾崎から聞き出した。尾崎はすぐに口を開き始めた。


「車を運転していたら、道の真ん中に二人の女の子がいたんです。明らかに髪を切ろうとしていたので、警察に通報するといったんです。そしたら、飛びかかってきて、私の携帯電話を奪って叩きつけて踏みつけて、そして私を蹴り始めました」

「そうですか」

 

 高橋は話を受け止めつつ、相園との関係性の確認をしたいと思い、尾崎に質問をした。


「ちなみに、相園遥佳さんという女性に会ったことはありますか?」

「……いえ、知らないです」

「そうですか。ちなみに、顔写真があるのですが、見ますか?」

「えぇ、もちろん」


 高橋はそれを聞くと、ポケットから相園の顔写真を取り出して、尾崎に見せた。すると彼女は目を見開いた。


「……この子です。この子にやられました」

「え?」


 高橋は驚いた。相園が尾崎に暴行したというのだ。高橋は詳しく聞きたいと思い、尾崎に質問した。


「あまり覚えていませんが、私が蹴られている間、一人の女の子が逃げようとして、その、遥佳さんが追いかけようとしたので、足を掴んで止めたんです。そしたら叫びながら私を蹴ってきました。そのあと、私の車を奪って……。そこまでしか覚えていません」


 高橋は黙って聞いていた。そして相園の行動が鑑定結果と一致することに気づいた。高橋は尾崎の証言を聞いて、事件の謎が少しずつ解けてきたと感じた。相園はクラスメイトを探すために探偵事務所に依頼したが、その途中で何らかのトラブルに巻き込まれたのだろうと推測した。そして、尾崎は偶然にもそのトラブルに遭遇したということだった。しかし、まだ分からないことが多かった。そこで高橋はM.T探偵事務所の所長に会うために電話をかけ、三日後にホテルで会う約束をした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ