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灰色の記憶と紅い秘密  作者: 天音タク
6/11

邪魔者

 二人は路地裏を抜けて、大通りに出た。武和は悠華と並んで歩き、隠れるように街の人ごみに紛れた。彼らは目立たないように、普通のカップルのように振る舞った。武和は悠華に笑顔を見せて、安心させようとした。大丈夫と何度も武和は言ったが、本当は自信がなかった。あの男が何者なのか、どうして傘を渡したのか、どうして事務所という言葉を使ったのか、全てが謎だった。もしかしたら、自分たちを追っている人間の一人だったのかもしれない。もしそうなら、このアパートに居ることもバレている可能性があった。武和は悠華と一緒に、早くこの街から離れたいと思った。


「でも、どこに行くの? どこにも安全な場所なんてないんじゃない?」

「……そうだね。でも、どこかに行かなきゃ。俺は……海外に行きたいと思ってるんだ」

「海外? でも、どうやって?」

「……それが問題だけど……」


 武和は考え込んだ。海外に行くにはパスポートとビザ、そしてお金が必要だった。だが、二人は身分証明書も持っていなかった。それに、空港や港では警察や入国管理局が厳しくチェックしているだろう。顔は公表されていなくとも、名前は公表されているから、そこで逮捕される可能性は少なからずあった。


『どうすれば……』


 武和は頭を抱えた。


「……武和? どうしたの?」

「あ、いや……別に。大丈夫」


 武和は強く笑った。


「さあ行こう。買い物も済ませなきゃ」


 武和は悠華の隣に立って歩き始めた。


 二人は近くのスーパーで食料を買った。そこで悠華の普段の買い物を見た。武和は悠華のそばを離れなかった。生理用品コーナーに入る時も。


 その後二人はプリペイドSIMを買うために家電量販店を探した。しかし、その店はすでに閉店していた。


「……地図の情報が古かったのか?」

「仕方ないよ。また明日探そう」


 悠華は武和の背中から声をかけた。


「でも、今日中に出発しようと思ってたんだけどな……」

「じゃあ、他の場所で買えるところを探そう」

「そうだな。じゃあ、ネットで調べてみよう」


 二人はスマホを使って、他の家電量販店の場所を検索し始めた。しばらくの間、路地裏に身を隠して画面を見つめていた。


「ここなら行けるかもしれない」


 武和はスマホの地図を見せた。家電量販店は駅の近くにあった。


「駅に行けば、電車で行けるし、この時間帯なら駅周辺は人が多くて目立ちにくいかも」


 悠華も納得して頷いた。


「じゃあ、急いで駅に行きましょう」


 二人は路地裏を駆け抜け、人ごみに紛れて駅に辿り着いた。改札を通るとき二人は緊張していたが、何事もなかったかのように通過した。駅のホームに立つと、電車の発着時刻を確認し、目的地までのアクセスを調べた。次の電車はまもなく来るようだったので、二人はホームで待ち始めた。


 数分後、電車が到着した。座席は空いてなかったので、二人は空いたスペースに立った。電車が発車すると、武和と悠華はほっと息をついた。しかし、次第に電車は混雑していく。二人は不安を感じながらも、なるべく周りに目立たずにいようと心掛けた。その間二人は落ち着かず、身をすくめながら何度も視線を動かした。


 そんなことを考えていると、駅名のアナウンスが流れた。二人は周りを見て降りる準備をしようとした。その時、車内で騒ぎが起こった。


「この人痴漢です!」

「な!? 違う俺やない!」


 女性の叫び声と男性の抗議の声が聞こえた。二人は振り返ってみると、女性が男性を指差して訴えている光景が見えた。男性は困惑している様子だった。


「嘘を言わないで! あなた、私のおしりを触ってたじゃないですか!」

「違う! 俺は何もやってへん!」


 女性は男性を睨みつけて言った。男性は必死に否定した。


「いいえ! あなたは左手で確かに私のおしりを触りました! 次の駅で降りてください! 警察の人にも立ち会ってもらいます!」

「やってへんって言うてるやろ! 嘘をつくんやない!」

「いいえ! 噓つきはこの人です! 私はこの目で見ました! 絶対にこの人です!!」


 女性は大声で言った。ホームのドアが開くと同時に、女性は男性を引っ張り出した。そして大声で何度も痴漢ですと叫んだ。周囲の人々は二人に視線を向けた。中には男性を非難する者や女性を慰める者もいた。しかし、誰も証人として名乗りでることは無かった。その時、武和が声を上げた。


「うるさいなぁおい! 痴漢だ痴漢だ言ってるが、その女が言っていることは嘘だ!」

 

 武和は我慢できず叫んだ。悠華は困惑していたが、すぐに武和の援護に回った。


「……私たち、その場に居ましたから、あの人は痴漢じゃありません!」


 乗客の視線が武和と悠華に向けられた。武和と悠華の証言に女性は驚いた。彼女は二人を見て、怒りと不信感を混ぜた表情をした。


「何言ってるの? あなたたちはこの人の仲間なの? この人にお金でももらってるの!?」

「違う。あの人は本当に何もやってない 俺たちはこの人とは全然関係ないし、金なんかもらってない」

「私たちはただの通りすがりの人です。あなたが痴漢だと言った時、私たちはその場に立ってた上、この目で見ましたから。この人は左手でスマホを触ってました」


 武和と悠華は一致して言った。男性もまた、自分の無実を証明するために口を開いた。


「せや、俺は左手で何も触ってへん。俺は無実や!」


 男性はそう言うと左手を高く上げ、無実を証明しようとした。すると突然、女性は持っていた傘を使って男性の左手を叩いた。男性は傘の一撃によって転んで、ポケットから携帯電話を落としてしまった。女性はそれを見て、さらに声を張り上げた。


「見て! この人はスマホで私の写真を撮ってたんです! だから私のおしりを触ってたんです! 証拠があります!」


 女性は男性の携帯電話を拾い上げて、画面を見せた。しかし、そこには女性の写真などなく、ニュース一覧と書かれた画面が表示されていた。女性はそれに気づいて、慌てて他の画像を探そうとした。しかし、そのスマホのギャラリーには書類の画像しか無かった。


「……あれ? なんで?」


 女性は困惑した。男性には怒りに表情が見えた。


「"なんで"やって? 俺は何もやってへんって言うてるやろ! 勝手にお前が嘘をついて、俺を犯罪者としてでっち上げようとしてんやろ!」


 男性は女性から携帯電話を取り返そうとした。しかし、女性はそれを離さなかった。二人は携帯電話を巡ってもみ合い始めた。周囲の人々は二人のやり取りをただ傍観していて、中には動画や写真を撮る者もいた。武和と悠華は二人の様子に呆れていた。


「……はぁ、もう本当にうるさい。こんなことになるなんて……」

「本当、不快極まりない……」


 二人はため息をついた時、駅員が小走りでこちらに向かってきた。


「すみません、何が起こってるんですか?」

「あぁえっと、この二人が痴漢の件で揉めてて……」


 武和は説明しようとした。しかし、女性が割り込んで言った。


「駅員さん! この人に痴漢されたんです! この人が私のおしりを触って、写真を撮ってたんです! この人のスマホに写真があるんです!」


 女性は携帯電話を駅員に見せた。しかし、どこを見ても書類の画像だけが表示されていた。


「……これだけでは何とも言えませんね」


 駅員は困った顔をした。男性も駅員に訴えた。


「俺は痴漢やないって言うてる! この人が嘘をついてんねん! 俺の携帯には何もあらへん。俺はただニュースとかを見てただけや!」


 男性は自分の無実を主張した。駅員は二人の言い分を聞いて、どちらが正しいのか判断できなかった。そこで、武和と悠華に目を向け尋ねた。


「失礼しますが、あなたたちはこの二人の関係者ですか?」

「……いえ、私たちは関係ありません。同じ電車に乗っていただけです」


 悠華は正直に言った。駅員はそれを聞いて、少し安心した。


「そうですか。それなら、あなたたちはこの件について何か知っていますか?」

「あぁ知ってる。俺たちは確かに見たから」

「……私たちはこの目で見ましたから。この人は左手でスマホを触ってました。この人は痴漢じゃありません」

「そうですか……。それなら、あなたたちの証言が重要になりそうですね。あなたたちの名前と連絡先を教えてもらえますか?」


 武和と悠華は駅員に名前と連絡先を教えることにした。しかし、二人は本名や本当の連絡先を教えることができなかった。二人は身分を隠すために、偽名と偽の連絡先を教えた。駅員はそれらをメモ帳に書き留めた。


「ありがとうございます。あなたたちの証言があれば、この件は解決できるかもしれません」


 駅員は感謝の言葉を述べた。武和と悠華はそれを聞いて、安堵の表情を浮かべた。しかし女性はそれに納得せず、二人に疑いの目を向けた。


「ちょっと待って! あなたたちは本当に通りすがりの人なの? それともこの人の仲間なの? どうしてこの人をかばうの?」

「何度も言ってるだろ。俺たちはこの人とは関係ない」

「そう、この人とは関係ありません。私たちはただ見たことを言ってるだけ」


 二人は同じことを言った。女性はそれに怒って言った。


「嘘つき! あなたたちはこの人にお金でももらってるんでしょ! だからこの人の痴漢を隠そうとしてるんでしょ!」

「すみません、あなたも落ち着いてください。あなたは痴漢の被害に遭ったと言ってますが、証拠が不十分ですが、この二人が証言してくれることで、真相が明らかになる可能性があります。あなたも協力してください」


 駅員は女性を説得しようとした。しかし、女性は聞く耳を持たなかった。


「協力するも何もありません! 私は被害者なんです! この人が痴漢なんです! これ以上話す必要ありません! 警察に連絡してください!」


 女性は頑なに主張した。駅員は困り果てて言った。


「……わかりました。では、警察に連絡します。あなたも、そしてあなたもこの場で待っていてください」

「警察が来たとしても、俺はやってへんて言うからな」

「えぇ、わかりました」


  駅員は警察に電話した。武和と悠華は警察と聞いて、不安そうな表情を浮かべた。そして四人を一箇所に集めて、警察が来るのを待つように言った。


 しばらくして、男性と女性の警官が到着した。警官は駅員から事情を聞いて、四人に話を聞き始めた。女性は相変わらず男性を痴漢だと訴えた。男性も変わらず痴漢じゃないと否定した。武和と悠華は二人の警官に怯えながらも、男性の無実を証言した。警官は四人の話を聞いて、どう判断するのか考え始めた。するとその時、駅員がノートパソコンを持ってきた。それは、車内とホームに設置されている防犯カメラの映像だった。警官はすぐにモニターに目を向けた。すると、そこには、女性が男性を指差して痴漢だと叫んだ瞬間が映っていた。その少し前の映像を見ると、男性の左手は確かにスマホを持っていて、女性のおしりには触れていなかった。その映像を見た二人の警官は念のため鑑定も行ったところ、男性の手から女性の衣類片、女性の服から男性の皮脂片は検出されなかった。


「車内の監視カメラの映像を見てみましたが、そちらの男性があなたのおしりに触れた映像は見つかりませんでした。……そして簡易鑑定の結果、あなたの衣類から男性の皮脂片は検出されませんでした。同時に、男性の手にもあなたの衣類片は検出されませんでした」


 男性の警官はそう言って、監視カメラの映像と鑑定結果を女性に見せた。彼女は自分の嘘が暴かれたことに恐怖と憤りとを感じた。


「これは、何ですか? これは捏造された映像と書類ですよね!? あなたたちが仕組んだんですよね!?」


 女性は必死に言い訳しようとした。しかし、誰も彼女の言葉を信じなかった。男性は激怒して女性に言った。


「何を言うとんねん! 俺はお前と関係ないし、この人たちとも関係あれへん! 俺はただ車内で地図を見てただけや! お前が勝手に痴漢やと言うてきてん!」


 立ち会った駅員も女性に向かって言った。


「いいですか、この映像は捏造されていません。そして、あなたが男性を傘で攻撃した映像もここに残っています。これは、嘘偽りない真実です」


 駅員は女性に事実を伝えたが、女性はそれを受け入れられなかった。


「嘘です! これは嘘です! 私は被害者なんです! この人が痴漢なんです!」


 女性は泣き叫びながら言った。女性の警官はそれを見て、鋭い視線を向けて言った。


「わかりました。では、あなたを連行します」


 女性の警官は女性の腕を掴んた。


「何で私が!? 私が連行される理由なんてありません!」

「いいえ、ありますよ。あなたは加害者として、虚偽の告訴と暴行の罪で逮捕されます」

「虚偽の告訴!? 暴行!? あなたは何を言ってるんですか!? 私は何もやってないんです!」

「いいえ、やっていますよ。あなたはこの人を痴漢だと嘘をついて、傘で叩いて、スマホを奪って、証拠を捏造しようとしました。これらはすべて証拠として残っています。あなたはこれらの罪で逮捕されます。見たところ、手慣れている感じがしたので、常習犯のようですね。多額の損害賠償請求を覚悟してくださいね」


 女性の警官は加害者の女性に事実を突きつけた。女性はそれを聞いて絶望した。


「……」


 女性は言葉を失った。二人の警官は女性を連れて、駅から出て行った。被害者の男性はそれを見送って安堵した。


「……やっと終わった」


 男性はほっと息をついた。するとはっとしたように、男性は二人がいた方に目を向けたが、そこに武和と悠華の姿は無かった。


「あれ……?」


 男性は武和と悠華の姿を探した。しかし、二人はどこにも見当たらなかった。男性は不思議に思って、駅員に尋ねた。


「すんません、さっきの二人はどこ行ったんですか?」

「さっきの二人……? ああ、あなたの証人になってくれた二人ですね。あの人たちは……あれ?」


 駅員も武和と悠華の姿を探した。しかし、やはり二人はどこにも見当たらなかった。駅員は二人の連絡先が書かれたメモを見ながら、電話番号を入力し発信した。しかし、電話は繋がらなかった。

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