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92 ヴァンパイア

よろしくお願いします

 そこは夜の世界だった。森も草花も大地も黒い。


 煌々と輝く大きい月明かりだけが世界を照らしている。


 そして、鼻腔をくすぐる血の臭い。


「これは・・・」


「結界ですね」


 人魚のメルジナ・ジ・ネレイスの言葉を、オオカミのアマテ・ジ・ロックドアーが紡ぐ。

 特に結界はアマテの得意分野である。


「ここはシークレットダンジョンではなく、階層に偽装したモンスターの領域だと思います」


「なるほど」


 アマテは、こういう結界のエキスパートだと言っていい。彼女との出会いも、とあるダンジョンで一人小さな洞窟に結界を張って、籠もっていた彼女をスカウトしたからだし。


「すみません。主様・・・、この結界、血の臭いが酷すぎて、少し酔いました」


 顔を少し青ざめてメルジナは口を押さえる。


「大丈夫か、メル?」


「すみません。ちょっと、うぷ」


「確かに、この血の臭さは、オレが知っている血の臭いよりもドス黒くて嫌な臭いだぜ」


 眉をしかめながら、ギリッと歯を鳴らすティガ・ジ・ドゥルガ。


「よし、メルはカードに戻そう。必要な時に呼ぶから、今回は休んでくれ」


「すみません」


 僕がカードを翳すと、メルジナがカードに消えていく。代りに僕はあるカードを取り出して、召喚した。




 それは『ナリソコナイ』だった。


 それは人だったモノだが、モンスターに襲われて人間であることを奪われ、完全な存在になれなかった『ナリソコナイ』。


 着込んでいる防具で元冒険者であることがわかる。このダンジョン踏破中に、この結界に迷い込んでしまったのだろう。それが今や、ただ生き血を求めるだけのモンスターに成り果てていた。


 これだけで、この結界の主を想像できる。


 ヴァンパイア。


 この夜の結界を造りだし、冒険者を襲い、さらに冒険者を自分の眷属の『ナリソコナイ』へと変えて、下僕にする。


 この『ナリソコナイ』は所謂ヴァンパイアハーフといったところか。


 ハーフだとしても、人間とヴァンパイアのいいとこ取りになるわけではない。


 ヴァンパイアとしての能力を得ることはなく、ただ生き血に乾き、太陽を浴びれば灰となって消えていく。人間としての思考も持ち合わせず、血を求めて彷徨い歩く異形の存在である。本来なら隠れもせず夜が明けて、太陽の光で消滅するはずが、この結界の所為で、滅ぶこともできず、ただただ乾きに飢えて彷徨う歩く。


 その『ナリソコナイ』三十体が、僕達に襲い掛かる。


「うりゃあ!スキル『浄焼鬼流(じょうしょうきりゅう)』じゃあ!」


 女天狗である、ヤタ・ジ・ハイペリオンの炎が『ナリソコナイ』を蹂躙する。


 女天狗であるヤタには、八咫烏が合成されており、八咫烏の炎は魔を焼き尽くす効果があった。ちなみにこのヤタの漢字の間違った当て字は、漫画の影響である。彼女は、フローズンのエイレネ・ジ・アイスリヴァーと漫友で、よく技談義をしていることが多い。


 そして、獣人ティガ・ジ・ドゥルガ。


 亜竜である白虎の能力を得た、白きウェアタイガーは、強固な毛皮と強靱な爪と牙で『ナリソコナイ』を圧倒していく。


「ご主人様、西の方角に邪悪な気配がします。おそらくそこに大元がいると思われます」


 本来臆病なオオカミのアマテ・ジ・ロックドアーだが、今回は落ち着いている。おそらくレベルが上がったためだろうか。相手が弱いと判断した可能性が高い。


「怖くないのか、アマテ」


「ええ、はい。この程度の結界しか張れない吸血鬼にを怖いとは思わないですね」


 強気なのはいいけど、油断は禁物だな、アマテ。


 あまり言い過ぎると、口五月蠅くなるので様子見だけに控える。


 取り敢えず、本人は隠れているつもりだろうが、僕達はさくさくと、この結界の主の場所に向かっていった。


 結界そのものは、ダンジョンにあった迷宮をリフォームしたものだろう。森が迷路状になっており、魔力の気配を探ることができなければ、彷徨い歩き、疲労困憊のところをヴァンパイアの眷属に血を吸われて命を落とす算段だろうか。


 『ナリソコナイ』が倒されれば、吸血樹が襲い掛かってくる。大きな枝と蔦を大きく振り回し、捕まえた相手の血を吸い取るつもりだろう。しかし、火の魔術を得意としているヤタの敵ではなかった。


 炎は一気に燃え上がり、吸血樹を燃やし・・・、って、やばいやばい。


 ここら一帯は、ほとんどが吸血樹で、燃えに燃え上がり大火事となる。


 普通の火の魔法なら、吸血樹を焦がす程度だろうが、手加減のないヤタ・ジ・ハイペリオンの魔術の火は、吸血樹の防御を凌駕していた。


「ほらほら、燃えろ燃えろ!轟々浄火(ごうごうじょうか)じゃああ!」

 さらにヤタが持つ羽団扇が大風を起こし、炎にバフを掛け強化していく。


「ヤタ、このままだと結界の外にも被害が出掛けないし、ちょっと息が苦しくなってきた」

 一応、ガスマスク等も常備しているが、念のためである。


「おお、すまんのう!森や山が燃えるとどうしても血がたぎってのう!」


 そういえば、今では迷惑この上ない山や森林の火災は、昔は自然にとって有益で、他の植物の成長を阻む特定の種を燃やし、炭化物で栄養価の高い土壌を生み、新たな植物を成長させる必要不可欠なものであったという。


 ヤタがこうしてテンションが上がるのも、こうした事情があるからかもしれない。


 ただ、酔っているだけかもしれないが。


 こうして、僕達は辺り一面の吸血樹を一掃し、焼け野原にして前に進むことができた。


「あっちです、ご主人様」


 アマテの鼻は有能で、隠れているつもりである、ここの主の住処である石の城にすぐ辿り着くことができた。


 おそらくは、操った人間を使って作ったのだろう。簡素だがしっかりとした造りの石城だった。


 普通に入り口から入ると、罠があるというアマテの勘で、僕達は秘密の入り口から入ることにする。アマテは自分で造った洞窟に籠もっていたこともあり、こういう建物の造りに詳しいようだ。


 中に入ると、石畳の床が広がり、奥は闇が覆い確認することはできない。


「どうする?燃やすか?」


 ヤタが遠慮無く言う。まあ、ヤタの炎でこの石城そのものを燃やし、後でアマテに城の主はきちんと消滅したか確認すればいいだけである。


「ちょっと待って、ヤタさん。この石城の中に人間の臭いがしますよ」


「人間・・・冒険者か?」


 僕が問うと、アマテが周囲を嗅ぎ、応える。


「はい。どうやら全員女性のようです」


 女性か・・・。


 まあ、吸血鬼といえば、女性、純潔という言葉はついてまわる。おそらく食料として残しているのだろう。


「しかたない。救助できることができる人間は救けよう」


「じゃの」と、ヤタ。


「ワン」と、アマテ。


「なんで、そいつらを助けるんだ?」


 そう口にしたのは、ティガ・ジ・ドゥルガだ。


「ティガ、どういうことだ?」


「だって、そいつらは冒険者だろ?弱い幼子や戦わない老人や女性ならともかく、そいつらは、自分から危険とわかっていてダンジョンに入ったんだろ?だったら覚悟を持つべきじゃないのか?」


「まあな」


 ティガの言葉に僕は一理あると思った。

 いくら魔石や魔宝石に価値があるとはいえ、戦えば戦う程レベルが増し、モンスターに勝てる要素が増えるとはいえ、金銭目的や面白半分で冒険者になり、イタズラに危険なダンジョンに飛び込む。ダンジョンが危険とわかっていて、そこに飛び込んだのだ。


冒険者という危険な職業を選んだ以上、全て自己責任であると思う。


「ティガのいうこともわかる。ここで襲われた連中は冒険者だろう。彼等はそれを覚悟でダンジョンに入ったともいえる」


「だろ」


「だけど、助ける」


「どうして?」


 彼女の言葉は不遜というべきだろう。だけど、僕はそれを叱責することはない。彼女達は異世界人であり、亜人だ。この世界の人間の感性とは違えることがある。ヤタもアマテも自分の行動に不可解に思ったことは、多々あっただろう。


「寝覚めが悪いからだ」


「寝覚めが悪い?よく寝られないということか?」


 ティガは首を傾げる。


「そうだ。僕は別に人を助けて感謝されたいとか、良い事をして気持ちいいとか、良い事をすれば倍に戻ってくるとか思ってはいない。良い人だろうが裏切られることもある。だからといって悪者になる気もないけど、ね。ここで助けても助けなくても自分達のダンジョン攻略には、なんの影響はない。助けたとしても、彼女達の未来が今後僕に関わる可能性は低い。逆に恨まれる可能性もある。だけど、ここで助けなかったら後悔というより、気持ちがすっきりしないし、気分が晴れないまま通り過ぎても楽しくはない」


「楽しくない・・・」


「そうだよ。僕は強くなるにしても、ダンジョンを攻略するにしても、これから辛い日々が待っているとしても、目に映る、手が届く範囲限定で人を助けて、自分の中ですっきりしたいだけだ。今回のことに対しても、落とし物を拾うことと同じだ。ちょっとしたインターバルに過ぎない」


「なるほど。それがボスの考えか」


「わかってくれた?」


「確かに気分が良くないと、飯も美味しくないし、戦って勝っても気持ちよくないな。ボスの考えは、自分にはまだ理解しがたいが、それで気が晴れるんだったら、オレはボスに従うぜ」


 彼女の言葉にアマテもヤタもほっとする。ダンジョン内で仲違いすることは、ダンジョン攻略においてもっとも足を引っ張ることになりかねないからだ。


「なんじゃ。仲良うしてくれて、よかったがよ」


「ちょっと心配しましたよ」


「二人とも心配掛けてごめんな。とりあえず、そういうことでヴァンパイアに攫われている人達を助けるか」


「おお!」


「わんっ」


「おうよ!」


 こうして僕達はヴァンパイアの石城を探索する。と、言っても、魔力感知で地下に隠し通路があることをあっさり見つけるのだけど。


 ヴァンパイアは夜行性のモンスターである。そのため別に住んでいる場所が真っ暗でも、本人は気にしない。しかし、各部屋や廊下に蝋燭による燭台があり火が灯るのは、侵入者を不審がらせないためだとのことだ。


 薄暗い蝋燭の火の中、僕達は攫われた女性達と対峙する。全員魅了の魔術を掛けられているのだろう。薄着のまま剣を持って斬り掛かろうとする。


「メル!頼む」


 僕は今一度メルジナ・ジ・ネレイスを召喚する。


「はい!」


 彼女は歌う。とはいえ、今放映されているアニメの歌である。


 メルジナは、リリカ・ジ・モリガン程ではないが、ネットの歌い手から始まり、ソロで活動している地下アイドルだ。その人気もうなぎ登りであり、素の魅力も上がっている。


 彼女の魅了の籠もった歌を聴いた少女達は、聞き惚れるように止まり、まるで夢現の状態におちいる。魅了の魔法を魅了で押し潰したのだ。


 本当のメルのセイレーンとしての本気の魅了の歌を聴けば、狂乱化し、その魅了から抜け出せなくなるのだから、彼女は手を抜いたことになる。しかし、今の彼女のレベルからすれば、手を抜いたとしても差し支えにすらならない。


 僕達は、それから次々と襲い掛かる吸血蝙蝠や吸血犬を倒しつつ目に進む。


「ご主人様」


 隣に付いていたアマテが僕に声を掛ける。


「どうした、アマテ?」


「臭いの主が移動しました」


「移動?」


「はい。アマテ達からどんどん遠くなっていきます」


「どういうことだ?」


 対象が遠ざかっている。離れていっているということか?


「これは逃げたか」


 ヤタが神妙な表情で言う。


 逃げた?いや、逃げたか・・・。


 まあ、モンスターでも賢ければ逃げるよな。


「もしかしたら罠かもしれない。気を引き締めていこう」


 僕はそう言って、油断に無いように相手が逃げた場所へと向かった。


 例え気配を消したとしても、魔力の痕跡は残る。罠かもしれないが周囲を警戒しつつ、痕跡を追う。


 そして、ようやく辿り着くと、そこに一人の壮年のイケメン男性がいた。異世界の貴族の正装だろうか、華美な服を着て、まるで今まで逃げていたことなど、おくびに出さない様子だ。


「よくここまできたな、冒険者よ。まさか、ここまで私を追い詰めるとは・・・」


「よし、倒そう」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれないか!それに君は、この世界の人間なのに、私の言葉がわかるのか?」


「ティガ、ひと思いに頼む」


「ああ!」


 ティガ・ジ・ドゥルガが、ガントレッドに仕込んである大爪をヴァンパイアに向ける。


「ちょ、ちょ、ちょっと、待ってくれないか!こちらの話しを聞いてくれ!私は君達と交渉がしたいんだ!」


「交渉?」


「そうだ!私を見逃してくれたら・・・」


 ヴァンパイアが最後まで言い終わる前に、ティガの爪がヴァンパイアの体を斬り裂く。


ヴァンパイアの宿敵(本当は人狼だけど)と呼べるだけあり、魔力を帯びた獣人の爪は、普通の物理攻撃では効かないヴァンパイアを傷つけ消滅させた。まあ、彼女の体には亜竜だが、白虎の遺物が合成されているし、圧倒的魔力差で倒したようなものだが。


 正直、ダンジョンのモンスターは、他の生き物種族を襲うものだが、ヴァンパイアのように人間とコミュニケーションがとれる上で、人間を襲うモンスターはやっかいそのものである。交渉する余地も逃がす算段も僕にはなかった。


 結界の主が消滅したことで、この薄気味悪い場所も崩壊するだろう。僕達は、急いで拉致されていた女性達と一緒に結界から脱出した。




 せっかくの暇潰しのダンジョン探索が、冒険者救助になってしまった。


 僕は冒険者ギルド『エウメニデス』の津上社長に連絡をとり、事のあらましを報告した。じきにダンジョンガーディアンと警察がやってくることだろう。僕は事情聴取で事のあらましをどう説明すればいいのか考えるのだった。




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