83 凶戦士、再び
よろしくお願いします
召喚士の散田はなにを見せられているのか、わけがわからなかった。
自分が召喚したモンスターは、全盛期よりかは弱体化しているものの、B級ダンジョンなら充分通用する強さである。特にオーガは、幾多のダンジョン攻略の要だった。そのオーガ、バグベアー、ミノタウルスが、異形の存在と化した一人の冒険者に捻り潰されるかのように倒された。
さらに山方、宇多田という歴戦の冒険者が斬り裂かれていく。
魔法戦士である蟻田が、前に出て電撃の魔法を掛けた棍棒でボウクンを叩く。それも普通の人間が受けたら黒焦げになる程の威力である。バチチッと光と音が鳴り響く。それでも、ボウクンは止まらなかった。ボウクンの蹴りが蟻田の鳩尾に刺さり、くの字に曲がってグシャリと潰れる音が鳴る。射手の久米は放つ矢が刺さっても、ボウクンは止まることなく、散田の目の前に現われた。
ああ、自分は死ぬのだろうと確信した。
この作戦は失敗に終わったのだ。
若い頃、ダンジョン攻略で何度も感じた死線。それの何倍もの死の予感が散田の体を包み込む。
死の恐怖で散田は戦意を失っていった。
ボウクンが持つ大剣が散田を真っ二つに斬り裂こうとした瞬間。
一筋の剣が大剣を逸らした。
そこにいたのは、乙橘勇大だった。乙橘は、暴風雨のように大剣を振り回すボウクンを、片手剣とライオットシールドで捌いていく。それはまさに、何度も戦い勝ち得た戦士そのものだった。
「アン!」
いつの間に召喚したのか、彼の召喚モンスター、美しき花の妖精である、アンティア・ジ・チアフラワーが後方にいた。
本来、花の妖精は蜂や蝶々ほどの大きさであり、アンティア・ジ・チアフラワーのように人の大きさの花の妖精なぞ、散田は見たことがなかった。妖精というより、人間そのものだ。さらに人を魅了してやまない可憐な美しさは、今まで見てきた妖精の中で群を抜いていた。
「はい、マスター」
「山方さん達にエクスポーションミニを使用してくれ」
(エクスポーション?)
エクスポーションとは、治癒するアイテムの中でも高級な代物であり、身体欠損した場合でも、失った足や腕を復活させることができるレア中のレアアイテムである。一介の冒険者がほいほい出せるものではなかった。
「よろしいのですか?」
「ああ、構わない」
「わかりました」
彼女は懐から数本の本来の物よりも小さめなポーションを取り出し、山方さんや大伴さん達に振りかけていく。腕を斬り裂かれた大伴さんや瀕死状態の山方さん達が治癒されていく。
散田は、まるで奇跡を見ているかのような錯覚を覚えた。
ボウクンの大剣が僕の髪を掠める。
さらに彼の蹴りが僕の股間を狙うが、なんとか避けることができた。ボウクンは次々と大剣を振り回していく。なりふり構わない状態だが、その速さは凄まじく、本来なら疲労で止まるはずの剣撃は止まることなく振り下ろされる。
僕は最小の力と振りで、相手の大剣を剣で逸らしているが、このままで疲れて斬り裂かれるのは、僕であることは明白だった。
なにしろボウクンの体を斬っても、すぐに再生するのだから、さらにその肉体は硬く、生半可な攻撃では傷一つ付けられない。
僕は彼の状態を知っていた。
凶戦士。
血に酔いしれた妖精が与えた能力。魔術を暴走、変容させ、人間をモンスターに変える危険な力。現にボウクンの魔力は暴走し、その体は徐々に人になくなりつつある。
彼の魔力暴走が果てるまで、この状態は止まらないだろう。
僕は以前、凶戦士と出会ったことがある。
冒険者仲間を亡霊に殺された男。
だが、彼は復讐者であり、凶戦士ではなかった。そして、彼自身のレベルの低さもあったのだろう。凶戦士化しても、そこまで狂うことはなかったため、大事には到らなかった。
だが、目の前にいる男は違う。
他人を捻り潰すことだけを念頭に置き、自分以外のものを叩き潰すことしか考えない凶人。そんな人間が血に飢えた妖精に屈したらどうなるだろうか。
僕はあの事件以来、『ダンジョン超裏技大辞典』でバーサーカーの特性や長所、短所を念密に調べ上げ、もし、レベルの高い者バーサーカーが現われたら、どのような能力を得るのか、異世界で遭遇経験のあるハイエルフのパフェやダークエルフのカフェと共に、考察し、イメージし、シャドウトレーニングしてきたのだ。とはいえ、どんなに対策を立てても、実際の存在は、自分達の想像を上回ると仮定してだ。
ボウクンの大剣は、屈んだ僕の頭をもの凄い勢いで通り過ぎる。一瞬でも気を抜けば、頭部を破壊されて死亡確定だろう。さらに左の拳が腹部を狙うが、僕はなんとか体を反らして、避ける。今の彼は片手で普通の両手剣よりも剣幅が広く、長剣の大剣を片手で振っているのだ。普通の人間が振ったら筋肉の筋が切れて骨折間違いなしだ。
彼は目の前にいるもの全てを壊し続けるまで止まることはないだろう。その魔力が尽きるまでは。
僕は全神経を集中する。油断も予断も許さない状況で、バーサーカーの凶撃を受け続けながら、僅かな隙を待った。
散田、山方、大伴、久米、宇多田、蟻田は、乙橘勇大と凶戦士と化したボウクンの戦いに魅入っていた。
乙橘勇大の召喚モンスターである、アンティア・ジ・チアフラワーのエクスポーションミニによって、傷は治りつつある。さすがにミニだけあって、本物のエクスポーションより、傷の治りは遅いし、受けた傷の痛みは残るが、それでも命が助かるのなら安いものであった。
散田達は、自分達の考えを訂正する必要があった。
乙橘勇大が、ここまでソロで来たのは、神話級か伝説級のチートアイテムを手に入れたからであり、彼の冒険者としての実力はたいしたことはないと思っていたのだ。
しかし今、レベルの高い凶戦士と一進一退の攻防を繰り広げる姿は、まさしく実力でここまで辿り着いたことを意味していた。
「信じられない。あの少年の魔力が急激に上がっている」
魔法使いの大伴がありえないと言った表情で戦いを見ており、その瞳が光っているのがわかる。大伴は魔法により、一時的にだが魔眼になることができる。彼は魔法やアイテムの形跡を感知することができるのだ。
「魔力が上がっている?レベルが上がっているということか?」
山方が視線は乙橘と凶戦士の攻防に向けたまま問う。
「ああ」
「それは、なにかアイテムか魔法、魔術の類いを使用しているということか?」
「いや、違う。少年は魔術やアイテムを使用していない。アイテムは剣だけで、後は独力で上げているんだ。剣も強度と切れ味が良い程度だ」
「そんなことができるのか?」
魔力を上げるということは、レベルを上げるということだ。モンスターを倒し、経験を積む以外の方法で、レベルを上げる方法は今だ発見されていない。いや、アイテムや魔法を使用することで、本来のレベルを隠蔽することはできるだろう。もしくは凶戦士のように妖精による魔力暴走の結果、魔力を引き出すこともできる。
しかし、それらを使用せずに魔力を倍加することは見つかっていないのだ。
「わからない。だが、もしもだ。あのしょう・・・彼が難航なダンジョンをソロで踏破した結果、身につけた能力、努力で編み出したものだとしたら、俺達、いや、日本ダンジョン協会もダンジョン省の役人も、彼について大きな間違いをしていることになる」
F級やE級のレベルが低いダンジョンなら、ソロで攻略も可能だろう。しかし、D級ダンジョン以上になると、どんなにレベルか低いダンジョンでも攻略が難しくなってくる。
数体のモンスター相手に剣撃、回復、支援、さらにダンジョン内での索敵や前衛と後衛、休憩場所の確保、見張り等、必要なことは多岐に渡る。
召喚モンスターが付いていたとしてもだ。一人で数体に指示するとしても、召喚モンスターは指示通り動くが、柔軟な思考ができない。指示を守るだけだ。現にアンティアという少女の形をした妖精人は、動かずずっと主である乙橘勇大の動向を見ているだけだ。
クラスメイトに殺されかけて、尚ダンジョンに潜る少年。
彼がどれだけ独力による努力でここまできたのか、山方達は想像できなかった。
なんやかんやで書き続けて一年が経ちました。
ここまでこれたのもお読み下さる読者の皆様のおかげです。
これからも頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願いします。
では、よいお年を。




