72 ライカンスロープ①
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社マジメは五十五階層を攻略していた。とはいえ、今までの旅路は順調そのものだった。
本来手強いはずの階層ボスのほとんどがそれほど強くなく、社マジメの冒険者パーティ『ゼラ・ν・ム』を含むクランメンバーを失うことなく、順調に進むことができていた。
おそらく、おそらくだが、自分達よりも先にいる冒険者が、先に階層ボスを倒し、自分達が相手をしているのは、階層ボスになったばかりの新米モンスターということになる。
階層ボスは、各階層にあるクリスタル、別名ダンジョンコアを護るために存在する。階層ボスを倒し、ダンジョンコアに触れることで、次の階層に行くことができるのだ。
階層ボスが倒されれば、ダンジョンコアを巡って、モンスター同士で争いが起こる。その争奪戦に勝ったモンスターが、新しい階層ボスとなる。階層ボスとなったモンスターは、ダンジョンコアの魔力を吸収して、レベルが上がり、より凶悪なモンスターとなるわけだが、新米の階層ボスでは、それほどダンジョンコアの恩恵を得ることができず、手強いが倒せない相手ではないということとなる。
自分達より先に進む冒険者クランが、最下層のボスを倒し、ドキューダンジョンクリアになれば、最下層ボス不在のままクリアとなり、これまでの苦労が水の泡となってしまう。
失った名声を取り戻すには、いの一番に最下層ボスに辿り着き、ドキューダンジョンをクリアしなければならないのだ。
だからといって、五十五階層のモンスターも油断すると全滅もあり得る。
社マジメはリトルドラゴンの集団と戦闘を構えていた。
リトルドラゴンとは、身長が三メートル、尻尾の長さを合わせると六メートルはある、空を飛ぶことはない陸のドラゴンである。魔力で口から火や水を吐くタイプもいるが、今戦っているのは、魔力で肉体を強化している亜種のドラゴンだろう。
重戦士である押田は、ドラゴンの牙を左手の盾で防ぎ、大斧で袈裟斬りする。彼は冒険者になる前はラガーマンであり、空手と柔道の経験のある猛者だ。
魔法使いの横尾に弓手の棟本、槍使いの香田も優れた冒険者であり、マジメにとっては頼りになるメンバーといってよい。彼等は真っ向から向かってくるリトルドラゴンを相手に真っ向から相手にせず、適度に距離をとり、横尾が魔法で足止めし、棟本が矢で殺傷、香田が槍でトドメを刺すというできるだけ消耗しない戦い方をしていた。
彼等の中でもマジメの戦い方は群を抜いており、炎の剣でリトルドラゴン三体を圧倒している姿は見る物があった。
「さすがマジメさんっすよね。リトルドラゴン三体を相手にして、怪我を負うこと無く倒しちゃうんだから」
「まあな。だが、あいつの実力はまだまだこれからよ」
重戦士の押田は、マジメがルーキーだった頃からの付き合いだ。五年前のヒュドラの件も、別のパーティに在籍していたが、マジメの誘いにのりクランに入り参加していた。
当時、マジメは確かに調子に乗っていたし、いい気になっていたのも認める。押田も当時のマジメはいけ好かない奴と思っていたが、実力は認めていた。
「まだこれからってことっすか?」
「そうだ。今はリハビリの途中ってところだな。後は自信がつけさえすれば以前のあいつに戻る」
ヒュドラの件の後、マジメは、無謀なダンジョン攻略に挑み、大切な人の命を奪ったと叩かれた。冒険者になった以上、ダンジョンでの死は日常茶飯事である。それなのに、マスコミやネットがマジメを叩くのは、押田としては納得いかなかった。
後々気付いたが、彼はダンジョンを批判する連中の槍玉に挙げられたのではないか、と。
ギルド『ギガス』では、落ち目のマジメに対して、付いていこうという輩はいなかったが、押田は以前いたパーティを抜けて、マジメの作った新生『ゼラ・ν・ム』に加入したのだった。
そして、今B級ドキューダンジョンにいる。並のB級ダンジョン経験者でも、五十五階層に入ることすらできないだろう。
そんな折り、ある救援信号が発せられる。
同じくドキューダンジョンを攻略中のクランメンバーからの信号である。
「どうする、マジメ?」
「救けにいくさ。これ以上階層ボス攻略の仲間を失うわけにはいかない」
クランメンバーである、『ハイ・D・レンジア』が謹慎という形で抜けた今、残りの冒険者パーティを失うと、ダンジョン攻略問題に関わる。
マジメは仲間を連れて、救援信号の場所に向かうこととなった。
五十五階層は、五十階層から続く亜竜種が多く存在する階層だ。一概に救助と言っても、凶暴な亜竜種が存在する地域を避けて行かなければならないため、目的の場所に行くにしても時間を要するのがほとんどだ。しかし、今回は地図で見た限り、危険なモンスターが根城とするエリアから離れているため、思ったより早く着くことができた。
そこで冒険者パーティがいるのを発見する。
「なにがあった?」
冒険者の一人に声を掛ける。
「あ、マジメさん、仲間が…、じゅ、獣人に…」
「獣人?」
この辺りの獣人といえば、リザードマンだろうか?
マジメが現場に到着すると、数人の顔見知りの冒険者が傷を負って倒れていた。死んでいるかと思ったが、息はしており、ポーションか、回復魔法を掛ければ助かる程度だ。
そこにヤツはいた。
真っ白な体毛に黒の毛が混じり、巨大な体躯。
ライカンスロープの中でも上位の強さを持つ獣人。ウェアタイガーである。しかも、ホワイトタイガーは、レア中のレアモンスターといえる。
こんなところにウェアタイガー?と、マジメは訝しんだが、それ以上は考えず、炎の剣を抜き、獣人と対峙する。
モンスター相手に様子見などできない。相手の動向や手の内を探っている内に、こちらが不利になることが多いからだ。格下でも銃やナイフを向けられ、様子見している間に襲われて重傷を負うのと一緒だ。銃やナイフを出す前に仕留めるのが定石だろう。モンスターの場合、こちらに敵意を持ち、爪や牙を向ける前に仕留める。先制一撃こそが、モンスター退治の定石なのだ。
マジメは炎の剣を構え、ウェアタイガーに向けて袈裟懸けする。レベルの差はわからないが、獣人である以上、スピードが相手の方が上だ。だが、ウェアタイガーは、すでに戦闘態勢であり、左腕のガントレッドで防ぎ、そのまま右手の爪でカウンターの形でマジメを切り裂こうとする。マジメは寸でのところで躱し、剣を横薙ぎする。
ウェアタイガーは、後ろに下がり炎の剣を避ける。
強い。
ウェアタイガーは、炎の剣に恐れることなく、攻撃してくる。マジメは、幾度か獣人と戦ってきた経験があるが、このウェアタイガーより強いモンスターと相対したことはない。明らかに対人戦闘に馴れているモンスターだ。
他のメンバーも追いついているが、このウェアタイガーの仲間と思われる、獣人と交戦中だった。
やばいな。仲間の元に戻りたいが、目の前の獣人の攻撃に圧倒され、動けずにいる。
その時。
「オ、マ、エ、デ、ハ、ナ、イ」
「?」
そう聞こえた。そう聞こえたのだ。
ウォオオオオオオオオオ!
白のウェアタイガーは吠えた。すると、仲間と思われるウェアタイガーは一斉に退がる。そして、白のウェアタイガーも一目散に逃走する。追いかけようと思ったが、ここは怪我人の救助が先決と思い留まる。
マジメは剣を鞘に剣を収めて、仲間の元に駆け寄る。
「大丈夫か」
「強かったな」
「まじ、やばかった~」
メンバーは、それぞれほっと息を吐く。
「奴等は何故退いたんだ?」
その中で重戦士の押田だけは慎重だ。確かに不思議といえよう。実力的にいえば、ウェアタイガーの方が上なのは確かだ。こちらに仲間が控えていたとは考えにくい。考えられるとすれば、彼等は探していたと考えるのが正しい。
獣人が、特定の冒険者を?
「さあな。もしかしたら冒険者を襲うのだけが目的じゃないのかもしれない」
「どういうことだ?」
「俺が戦った白い虎の獣人は、明らかに人間との戦いに馴れていた。そして、その技術もあった。あのまま戦い続ければ、どちらともどうなるかわからなかっただろう。だから、長引く前に退いたと考えるのが、俺の考えだ」
マジメは私見を述べる。そう考えるのが妥当と言える。
「そうか」
「俺達の目的はモンスター狩りじゃない。ダンジョン攻略だ。また襲ってくるかもしれないが、対策を考えて無用な戦いをしないことだ」
「そうだな」
押田は、マジメが冒険者として真っ当な考えを持っていることに内心安堵する。
まずはクランメンバーを救助しよう。一旦その後は、この件を上に報告して、ダンジョン攻略を始めよう。
「まだ、五十五階層の入り口だ。これから苦難と長い旅路が待ち構えているのに、モンスターの思惑に付き合う必要はないさ」
「ああ」
押田は、『ゼラ・ν・ム』に加入したことが正しかったと認識したのだった。だが、当のマジメは内心苛立っていた。
(なんで、あんな獣人がこんな所にいる?虎系のライカンスロープは、もっと下の階層のはずだ。いると知っていれば、それなりの準備はできていたはずなのに!くそっ!)




