70 稲実アスカの近況
よろしくお願いします
「はあい。じゃあ、皆さん、ひな壇に座ってください。後五分で収録はじめます」
ADに言われて、私、稲実アスカは自分の席に着く。
今日は、バラエティ番組の収録日だ。近頃、ネット番組の仕事だけでなく、全国放送の仕事も増えてきた。
私は冒険者タレントとしてテレビに出ている。最初は、ダンジョンの面白さやドキドキ感を伝えるために面白おかしい内容を伝えていたが、今では普通のタレントの仕事も増えてきていた。
ギルド『エウメニデス』の津上正愛社長は、一度はあらぬ噂を立てられて、マスコミやネットで叩かれて、テレビの仕事も干されたが、その嫌疑が晴れた後も疑惑は疑惑として残り続けた。人は一度自分が信じたものが、騙されたと知っても、認めたくはないものなのである。善良だと思っていた芸能人が、実は悪いことをしていたとわかると、一斉に叩く。なのに、悪いことをしていたと思っていた人が、実はなんの罪もなく、あらぬ噂を流布されていたとわかると、振り上げた拳を下ろすことができず、謝罪もできずに、自分の正当性をアピールし、駄々をこね、疑惑として嫌悪し続ける。それは週刊誌でも新聞でも、ネットニュースの一般人のコメント欄を見てもわかるとおりだ。マスゴミだと叩いている人達が、実は同じ穴の狢だというのが、この業界では常識だと、ひな壇前列に座っている先輩が教えてくれた。
収録が終わり、自分の楽屋に向かう。といっても、個室ではなく大部屋で、他のタレントさん達と一緒だけど。
「おつかれ、アスカちゃん」
「お疲れ様です。ヒナナ先輩」
「今日のしゃべり、前より良かったよ」
「ありがとうございます」
彼女はBWダンジョンの屋敷を借りて、西洋のお姫様のコスプレをしてお茶会パーティをするのが趣味で、私も一度誘われたことがある。
BWダンジョンは、まさしくファンタジーを、そのまま現実世界に持ってきたような造りになっており、一歩中に入ると、異世界そのものである。エルフさん曰く、その方がダンジョンの魔力が強化されるとのことで、現実社会の鉄筋コンクリートビルを造ると、魔力が落ちて逆に運気諸々が落ちるのだという。かといって、テーマパークのような建物ではなく、きちんと全て人が住める造りにしなければならないため、本当にファンタジーの世界そのものだといえる。そこに住む人のほとんどがファンタジーのコスプレを楽しんでいるため、よくわからない世界観が広がっていた。
若鶏ヒナナ先輩もファンタジー風ダンジョンに魅了された一人であり、ドレスや屋敷をレンタルして、中世貴族の真似事をしてSNSに上げている。ネット動画で、お茶の入れ方や礼儀作法を拙いながらも真面目に取り組む姿は、なかなかに好評らしい。
「近頃BWダンジョンの治安が良くなってきていいわね。今まで血の気の多い冒険者が多かったから、夜の町を出歩けなかったし」
「そうですね。警察官の巡回も増えていますし、その中には冒険者の方も手伝っているみたいですよ」
レベルというダンジョンのみ適用される、身体能力向上は、BWダンジョンにも通用する。つまり、並の軍人や警察官が数十集まろうと太刀打ちできない乱暴者が多数生まれたのである。
それまで、数十件の暴力事件が多発していたが、冒険者同士が手を組み、私設警備隊を作ったりもしたが、事件は止むことはなかった。
しかし、現在冒険者としての経験のある自衛隊や警察官、レベルの高い冒険者が巡回することにより、暴れる冒険者は減少傾向にあるという。極めつきは大手ギルド『ギガス』の裏ギルドと繋がっているという疑惑だ。
警察が摘発した裏で違法輸入輸出をしていたギルドの密売ルートの中に『ギガス』も含まれており、ギルドの冒険者パーティが手引きしていたことが発覚した。無論、『ギガス』は否定したが、最終的にテレビやマスコミが集まる中、会見を開くことになった。その会見もなかなかに酷く、自分達は知らなかった。全てギルドの冒険者達の独断だと決めつける始末。最大大手のギルド『ギガス』は凋落の一途を辿っている。
「私もね。ちょっと前まで夜のパーティが開けなかったし、夜の買い出しも知り合いの冒険者に頼んで警備についてもらっていたけど、一人で出歩ける場所が増えて助かるわね」
こうして、少しずつだがダンジョンの安全性は増えている。それを実施している中に、自分がいるギルド『エウメニデス』が関わっているのを耳にしている。
どうやら『エウメニデス』の社長、津上正愛は、ダンジョンの正常化を目指していたようだ。そのために日本ダンジョン協会や政治家と繋がりをもち、ダンジョンにおける暴対法を働きかけていたのだという。そして、その繋がりの中に乙橘勇大君が入っているのだという。
私の学校の後輩である、乙橘勇大君のギルド『エウメニデス』の立場は、謎に包まれている。実際、『エウメニデス』は、創設して半年にも満たないギルドだ。津上正愛というビッグネームがあるとはいえ、ここまで急激に中規模ギルドとして大きくなるのには無理があると思う。でも、噂では、乙橘勇大君は、『エウメニデス』の創設から関わり、裏でかなり貢献していると聞いている。
彼が以前いた学校でイジメを受けて、ダンジョンで殺されかけ、この私が通っている高校に転校してきたのは有名な話だ。にもかかわらず、ダンジョンにソロで潜り続けている。
あの彼と共にいる召喚モンスターも、まるで普通の人間のように振るまい、日常生活を満喫している。私は彼が使役している、サッキュバスのリリカちゃんとメールでやり取りする友達になったが、ほとんど普通の女の子と会話している感じだ。
召喚したモンスターがこれだけ意思を持ち、自由に動けているということは、勇大君の召喚士としてのレベルはかなりのものだとわかる。エウメニデスからも、勇大君については外部に言わないように厳命されている。なんでも、今の彼は自衛隊やら日本ダンジョン協会やら、幾つかの企業と協力しているらしい。
今は仕事が忙しくなってきて、彼に会えていない。
乙橘勇大君。
会えるなら、今すぐ会いたい。
会ったらなにを話そうか。今の仕事のこと、プライベートのこと。今からでもわくわくする。
私は、胸の高鳴りを感じながら、彼に会えることが楽しみだった。




