7 サッキュバスプリンセス
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7 サッキュバスプリンセス
ダンジョンの中でも色々あり、難度の高いダンジョンもあれば、素人向けの簡単なダンジョンも存在する。その軽度のダンジョンの中でもっとも大きく、冒険者でなくても二階層までなら入ることができるのが、ビッグワイドダンジョン(BWダンジョン)である。
なにしろ一階層の広さが北海道なみであり、モンスターの出現確率が低く、二階層までネットやスマホが使うことができる一般人向けのダンジョンである。そこにはイベント会場やモンスターの肉を扱ったレストラン、ホテルやコンビニが存在し、一種の町が存在していた。
その町中に防犯カメラが設置されており、モンスターが出現すればすぐに武装した警備隊が出動するため、日本一安全な場所とも揶揄されているぐらいだ。
その中でもレンタルすれば借りられるコミュニティセンターや訓練場がある。そこは防犯カメラもないため、パーティやクランが借りて会議や訓練が行われている。
僕はその訓練施設の一室を借りる。狭いが防犯設備もあり、内容が漏れることはない。
サマナーカードを一枚取り出す。
奇跡の湧き水により、変化した十枚の内の一枚。その奇跡がなにをもたらしたのか、僕が知るのはその一部分のみであり、全体的な変化まではわからない。
「我が前に出でよ。サッキュバス!」
サマナーカードが光り、モンスターが召喚する。
そこに顕れたのは、自分と同じぐらいの美少女だった。甘栗色の髪に白く透き通った肌、光り輝くアメジストのような瞳。
「君がサッキュバスだね」
「は、はい」
彼女は、僕を見て怖がるように身を縮こませる。
「あの」
「あ、はい、すみません。わ、わたし、男の人苦手で、いえ、女性の方も苦手なんですけど、やっぱり苦手で、すみません、すみません」
「君、サッキュバスだよね?」
「そうですけど、そういうことしたことなくて、それにわたし、サッキュバスですけど、ちょっと、違いまして・・・」
「違う?」
「正式にはサッキュバスプリンセスです」
なんと、奇跡の湧き水の能力により、サッキュバスからサッキュバスプリンセスへとクラスチェンジしていた。
「サッキュバスプリンセス?聞いたことがないんだけど」
「は、はい。そうですね。わたしもどうしてこうなったのか、よくわからなくて・・・。そ、それに私の体、受肉してるじゃないですか?ど、ど、ど、どうしてこうなったのか、よくわからないんですけど」
本来のサッキュバスに肉体はない、精神生命体である。インキュバスを含め、彼等は生き物を魅了して精神に入り込み、生気を奪う、そして魂すらも喰らうソウルイーターである。それが肉体を得て、普通のサッキュバスからサッキュバスプリンセスとして、奇跡の力で顕現されたのである。あまり本当のことを言うと混乱すると思うので、僕は話しをそらす。
「まあ、その辺はおいおい話すとして」
「は、はあ」
深く勘ぐってはいけないと判断したのか、サッキュバスは口籠もる。
「君、男性苦手なの?」
「は、はい」
「インキュバスも?」
「は、はい、とても・・・」
異性嫌い(同性含む)のサッキュバスか・・・。
「まあ、いいや。召喚された以上、僕の命令は聞くんだよね」
「は、はい。でも、誰かを傷つけたりするの苦手なので、そ、その夜の、あ、あ、あああ、アレもい、嫌なので、て、手を握るくらいなら、だ、大丈夫です」
ほんとにサッキュバスなのだろうか。それともサッキュバスプリンセスと言うぐらいだから、ちやほやされて育ったのだろうか。
「まあ、いいや。とりあえず君には歌を歌ってもらうよ」
「う、歌、ですか?」
「うん」
「歌で人やモンスターを魅了するんですか」
サッキュバスの種族には旅人を歌で魅了して誘い出し、命を奪うモンスターがいる。
「いや、スキルによる『魅了』は使わない。魔力は極力使わないで、人を歌声で魅了する」
「ま、魔力は使わないんですか。ど、どうやって?」
僕はタブレットを彼女に渡す。そこにはネット配信で歌を上手くうたう方法とか、声の出し方を素人向けに教えてくれる配信者が映ってた。
「これを使って発声練習による歌唱力を磨き、いずれはダンスを覚えてもらう」
「こ、これで、ですか?な、なんか絵が動いてますけど・・・」
彼女は四角いタブレットを物珍しい目で眺める。薄く四角い板状の物に映っている絵が動いているのが珍しいらしい。
「これには動画が入っていて、動画には発声の練習方法や人前での所作を教えてくれるから、僕は君をシンガーにしてみせる」
「し、しんがー?」
なにがなんだかわからなそうなサッキュバスは頭を抱えている。
こうして僕とサッキュバスとの訓練が始まった。
サッキュバスは、その見目の美しさと魅了の魔術によって人を戸惑わせる。では、表情や仕草、コミュニケーション能力、人気度や認知度で魅力を底上げしたらどうなるだろうか。これは実験である。結果がどうであれ、やりたいことはやるのが僕の性分だった。
そして、一ヶ月が経った。
BWダンジョンの人通りには、冒険者用の衣類や防具服、食料を売る店やレストラン、コンビニまであり、様々な人で溢れている。この人畜無害に近いBWダンジョンは、一般人がダンジョンに興味を持ってもらうための観光地でもある。ここでしか食べられないモンスターの肉や草食のモンスター等がおり、地上のテレビ局もたまに入ることがある。
その場所で、一人の少女が路上ライブを始めた。地上ではともかく、ダンジョンでは珍しいことだったので、足の歩みは止めないが、冒険者や買い物客は耳を傾ける。
綺麗な少女だった。まるで精巧な人形のような容姿に輝いて見える甘栗色の髪、惹き込まれる紫色の瞳。歌詞や曲はそれほど上手ではないが、その透き通る歌唱力は、周囲の人々を飲み込むのに十分だった。
「なんだ、あの娘」
「すごい綺麗」
「外国人?ハーフ?」
「綺麗な歌声・・・」
聴いていた通行人が足を止める。中にはスマホで動画を撮る者もいる。
少女が歌い終わった時、いくつもの拍手が鳴った。次の日も少女は歌い、今度は彼女に会うために出待ちをする者もいた。一週間後には数人から十数人、次の週には数十人の観客へと変わっていった。
三ヶ月後、5千人を収容できる闘技場を満員にして歌う少女の姿があった。
サッキュバスプリンセス『リリカ』は、立派なダンジョンモンスターシンガーとして、壇上に立ち、ファンの前で歌っていた。
津上正愛は、目の前の出来事が信じられなかった。
ギルド『エウメニデス』を立ち上げて、昔の仲間に声を掛けたり、支援者を募ったりしたが、ある程度の目星はついたものの、ギルドとしては小さく立ちゆきも怪しかった。
あるとき、あの助けてくれた若者、最初は名前を知らなかったが、後日、乙橘勇大と聞いて名前を最初に明かせないことを理解した。なにしろ、イジメでダンジョンに行方不明となり、一躍ニュースの的にされて時の人となった少年だ。津上も彼の名前と事件の残酷さ、ダンジョンの起こった危険性を理解しており、その彼が襲われていた自分を救ったなんて、当初疑ったのは無理もない。何故ダンジョンの穴に落ちた乙橘が無事生還できたのか、冒険者としての非凡な才能といえば理解できるものと言えよう。
そんな弱小ギルド『エウメニデス』だったが、恩人である乙橘勇大がビッグワイドダンジョンの路上でライブをやりたいから、許可がほしいという一言で大きく変わっていった。
その日を境になぜかギルドのスポンサーが増えた(ほとんどが音楽業界だが)、そして入社したいという事務員や冒険者が増えた(ほとんどが音楽に関わっていた経験のある人達だが)、その結果、エウメニデスは大きなギルドへと変貌を遂げた。
その貢献者である乙橘勇大の活動だが、いまいちらしい歌詞や曲(乙橘作)は、ライブを聴いたファンからの無料提供により洗練された歌となり、さらに音響機材も無料提供され、クラウドファンディングによる資金集めがトントン拍子に行われ、気付いたら闘技場を貸し切ってライブが開催されることとなった。
会社で試しに行っていたネット配信動画の登録者数も十万人を超え、冒険者ギルドというより、ダンジョン内の音楽芸能事務所として、一躍時のギルドへとなってしまうのだった。
大勢の前で歌っている美少女が本物のサッキュバスと言われた時は耳を疑った。なにしろ、若い頃ダンジョンで遭遇した際は浮遊霊のような存在だったし、そこにいる存在は浮世離れした容姿だが、普通の人間に見える。彼女自身サッキュバスプリンセスと名乗っているが、ファンも社員も誰も歌う時のキャラ作りだと思っているようだ。
まさか、本物のモンスターであるサッキュバスを歌手として歌わせて、その収入と人気で会社を大きくするなんて誰が考えようものか。
最初は戸惑いを感じた津上だが、今はこれしかないと考えを改めることにした。
あの大手冒険者ギルドの『ギガス』と正面から相対しても勝てる見込みはない。例え路傍の石でも邪魔と思ったら排除するギルドだ。だったら、相手とは違う別の視点でギルドを大きくするしかない。『ギガス』がこちらの存在の希少価値に気付く前に路傍の石から、石垣を積み上げた城壁に変えていくしかないのだ。
まずはギルドを大きくする。大きくなれば世間に対する発言権が大きくなる。少しずつ、少しずつだが裏ギルド排除運動の空気を社会に作り上げる。
そのためにもまず、この『エウメニデス』を一流の大手ギルドにする必要があった。
次回投稿は3月2日13時頃となります