63 ドワーフの里
よろしくお願いします
ドシンッドシンッドシンッと、大きな足音が通り過ぎるのをじっっと身を潜めて待つ。例え足音が無くなったとしても、あのモンスターは鼻が効くし魔力感知も優れている。気を抜いたら気付かれてしまうだろう。僕は緊張感を解くことなく、周囲を気を配りつつ前に進む。
体中を『ダンジョン超裏技大辞典』に書かれているモンスターが近寄らない、敢えて忌避する臭いを纏わり付かせ、足音が一切しない足運びをする。群れるモンスターの小さな足跡がないか、それが罠ではないかも見極め、自分の足跡は消すか、別の場所に誘導するよう別の足跡を作る。排泄物も臭いがしないよう万全の注意で処理し、少しでも不自然な箇所は作らない。
虫のモンスター、植物のモンスターにも注意が必要だし、地形状の自然の罠もある。ここにあるものは全て危険物であり、天然の毒物と考えたほうがいい。
僕こと、乙橘勇大には秘密がある。
『ダンジョン超裏技大辞典』もそうだが、それによって幾つもの秘密が生まれてしまった。
僕は『ダンジョン超裏技大辞典』から得た知識を元に、こっそりとB級ダンジョンやA級ダンジョンに入り、モンスターに気づかれない気配と魔力、臭いの消し方を熟読し、ダンジョンへと潜る。恐らく軽く引っ掻かれただけで即死するだろうモンスターが通り過ぎるのを潜み隠れ、モンスターの群れに気付かれないように『超裏技大辞典』の知識で難を逃れる。僕は一人でダンジョンに潜るのを繰り返し、本当なら手に入らないレアアイテムを手に入れる。どうやってと訊かれても、ただただ『ダンジョン超裏技大辞典』を頼りに隠れ潜み、そのアイテムがありそうな気候、地域、気温、モンスターの生息地を割り出し、こそこそと見つからないようにレアアイテムを奪取するのみである。
だが、それは針の糸を通すほどの気が狂う程の注意が必要であり、少しでも油断すれば即死が必然となる。数秒後にはモンスターの餌となり、自分の姿形も残らないだろう。
それを僕はこなす。それに対して労苦を感じないのが本音だった。
勉強も苦手だし、運動も得意ではない、他人との協調性も下手で、空気を読むのも鈍いのが僕だ。学校では孤独というわけではないし、クラスカーストという概念が存在するのであれば、中の下くらいだろうか。学校では友人程度のクラスメイトととりとめの無い会話をし、軽く弄られることはあっても、イジメにはならないよう、ひっそりと教室の片隅でそういう自分と同じ大人しめの連中と共に学校生活を無難に過ごす。
だけど、ダンジョンに興味を惹かれ、どんどんのめり込んでいく内に常人枠からのタガが外れてしまい、あっという間にイジメ枠に入ってしまった。さらにそれで殺されそうになるとは、虐められる前の僕は想像がつかないだろう。
尾口孤太郎。
愛賀垣。
上家久日。
こいつらが僕を崖から落とした主犯ではあるのだけれど、正直他のクラスメイトにもシカトする等嫌がらせを受けていたのだから、彼等は周囲の空気に促されて僕を殺そうとしたのだろう。僕はこいつらを許す気がさらさらないし、以前のクラスメイトも担任も許す気は全くなかった。こいつらのお陰で『ダンジョン超裏技大辞典』を手に入れたとしても、それは偶然の産物でしかないのだから。復讐する気はないが、二度と僕の目の前に現われないでほしいというのが本音である。
過去の事を少しだけ振り返りつつ、僕は前に進む。嫌な思い出しかない過去がある限り、僕は前に進むしか今はないのだ。
そんなわけで危険な所をじっくりと避けていた結果、僕はある場所に辿り着く。
そこは幾重もの結界と罠が張り巡らせてあり、人、いやモンスターも立ち入れるのが難解な場所だ。だけど、僕は『ダンジョン超裏技大辞典』に記載されていたことを思い出しつつ、罠と結界を解いていく。それは幾重にも絡まり丸く固くなった細い糸をほぐすように慎重に慎重を重ねて行っていく。例え『ダンジョン超裏技大辞典』を持っていたとしても、一歩、いや半歩、数ミリ、コンマ単位で誤れば命はないだろう。映画や漫画のようにお調子者が間違えれば全滅もありうるし、お調子者じゃなくても熟練の優秀な爆弾処理班でさえあっさり間違える、超難関な多重パズルのようなものだった。
それを僕は解く。勉強でも運動でもゲームでも、こんなに集中したことはない。気の長い、普通の人間なら発狂する罠や結界でも、僕は自分でも信じられない集中力と頭をフル回転させて解いていった。楽しい、間違えたら死ぬ状況でも楽しくてしょうがなかった。
気がつけば一日掛かり、食事を摂ることも忘れて没頭してしまっていた。
全ての結界と罠の先にあったのは、そこは『ダンジョン超裏技大辞典』に記されていたようにドワーフの里だった。
ドワーフ。
亜人種の中でもエルフ、ハーフリンクに次ぐ人間種に近い存在だ。狩りを得手とするエルフ、農作業を得意とするハーフリンク、そしてドワーフが才能を開花するのは金属だった。彼等は鉱物を使って狩りの武器や農作業のための鋤等を作る。異世界では英雄が持つほとんどの武器武具はドワーフが造っている。もちろん人間も造っているのだが、ドワーフの造る武器は精巧さが段違いなのだ。皮膚が魔力を帯びた鋼鉄のように硬くバンカーバスターでさえ傷一つ付くことはないモンスターさえも、ドワーフの造る剣は豆腐を包丁で切るかのように、あっさりと断つことができる。
ドワーフ自身もエルフ程ではないが、狩りを得意とし、凶悪凶暴なモンスターでさえも彼等の食料でしかない。未だダンジョンでドワーフの姿を確認されておらず、今でも世界各国の軍隊が調査中と云われている。
しかし、僕は『ダンジョン超裏技大辞典』により、みつけることができていた。『ダンジョン超裏技大辞典』に書かれていること。それは習性だ。ドワーフがどのような場所に住み、どのような食事を好み、どのように生活し、どのような罠を張り、結界を張り、気候を好み、土や木を好み、生きやすい場所、日常生活に適しているか、事細かに記載されており、僕はそれら全てが頭に入っている。それらを組み合わせた結果、的を絞り込むことができた。
これはハーフリンクの里を見つけた時と一緒である。今までこんなに熟考を重ねたことはなかったし、数学も科学も苦手な僕がただただ無意識に考え行動する。
「お前、人間だな」
でも、さすがにドワーフと人間では見た目が明らかに違うのですぐに見つかってしまう。
・・・・・・・・・・・。
ふうっ。
ここからが本番だ。一応『ダンジョン超裏技大辞典』に書いてあるドワーフとの交渉も読んで、何度もイメージトレーニングを行った。実際、ここに辿り着く前にモンスターに襲われて死ぬかもしれなかったが、それでもドワーフとなにをどう会話しようか好奇心が止められなかった。
そう、僕はドワーフに会って喋りたかったのだ。
今いるドワーフは三人。普通の服を着ているが、腰にある大振りの鉈のような剣をいつでも抜ける用意をしている。ずんぐりとした体格。ぼうぼうに顔に髭を生やし、低身長だが太く体格が良い。まさに絵に描いたようなドワーフだった。
僕は一つの鉱石を出す。それはかなりの魔力を帯びた鉱石で、今時点の僕では触れることすら難しく、妖精が編んだ特殊な布で包まなければ、ここまで持ち運ぶことも困難だった。
「おお、これは・・・!」
「なんという魔力を持った鉱石!」
「これほどの・・・久し振りに見た」
ドワーフ三人はそれぞれの声を上げる。一応『ダンジョン超裏技大辞典』には、簡単な訛り分けでドワーフ語講座があり、ドワーフ語は習得済みだ。
「あなた達と交渉がしたい。この鉱石と引き換えにだ」
「ふむ、交渉とな?」
「はい」
「それは難しいのう」
「なぜですか?」
「まずお主が何者か、どこの国の者かもしらん。第一、わしらはここがどこかもわからん」
「ここがどこか・・・」
その言葉は、エルフやハーフリンクの反応と一緒だった。勇者軍や魔王軍の戦争により、モンスターが弱体化。それにより人間同士による戦争が激化し、その余波で一部の亜人種達はダンジョンに隠れ住むようになったという。もともと、ダンジョンは洞窟ではなく、階層一つ一つが別世界となっており、空や草花、山や海、モンスターではない動物がすんでいる。しかし凶暴なモンスターが生息していることも確かなのだ。異世界の人間種がダンジョンに深く入り込めないのも、凶悪なモンスターがいるが故である。
いずれは、ダンジョンの外の世界でも再びモンスターが活性化するだろうが、その前に自国の版図を広げたいのが人間種だった。
いったいどうして異世界にあったダンジョンが、現代の世界に転移したのか、まだ謎が多い。それを知りたい知識を満たしたいのが今の僕だった。
「僕はここがどこなのか、あなた達に何が起こっているのか、ほんの少しだけ知っています」
「ほう」
「もちろん、僕が知っているのは全てではありません。僕自身も知らないことばかりです。だからこそ、あなた達ドワーフと情報交換がしたいのです」
僕は今期強くドワーフを説明と説得した。最終的にドワーフの長老の所まで行き、三日掛けて話し合った。牢獄のようなところで寝泊まりさせられても、構わなかった。僕はドワーフと打ち解けたいがためにここに来ているのであって、彼等を懐柔する気はなく、ただ彼等と話したかったのだ。それを物珍しいものに対するただの好奇心と捉える人もいるかもしれないが、僕はただ彼等と対等に会話したいだけで、失敗や成功など二の次だったことは確かだった。
こうして粘り続けて話し合った結果、僕はドワーフとの交渉が成立し、外の世界の情報や魔石や魔宝石を資金として召喚モンスターの甲冑や武器を造ってもらうことに成功した。
そして今、僕は冒険者としてドワーフの里を訪れている。ドワーフの里に関しては、ギルドにも日本ダンジョン協会にも報せてはいない。今はその時ではないと僕が判断した結果であり、人間同士のごたごたに巻き込まれたくないドワーフ達が望んだ結果でもある。
ドワーフは土属性の亜人種だ。彼等は鉱山の麓に居を構え、そこで品質の良い鉱石を掘り起こし探り当てるのが彼等のアイデンティティだ。彼等が採掘した魔力を伴った鉱石は、研磨され魔石、魔宝石へと遂げる。それが魔術師、魔法使い、人間によって高額で取引されていたのだという。
僕はダンジョン探索でモンスターと戦って傷ついた武器武具の修理にドワーフの里に何度も足を運んでいる。
「人間種を見なくなって何十年になるか」
壮年のドワーフは熱した鋼鉄を金鎚で打ちながら喋る。
「人間達の争いが面倒でダンジョンに逃げ込み、そこで暮らしていたが、いつの間にか人間の姿をダンジョンで見なくなったのう・・・」
「はい」
「まさか人間がいなくなった訳では無く、オデ達が元の世界からいなくなったとはおもわんかったがの」
「僕もどうして今いる世界にダンジョンができたのか知りたいです」
「ハッ、そんなことは魔術師か魔女に任せたらええ。オデ達ドワーフは今生きることできることをやっていくだけだ」
名言である。でも、僕はどうして現代の地球にダンジョンができたのかが知りたい。それは知的好奇心を刺激するのに充分たるものだった。
知識欲というのがある。自分にない知識を満たしたいという欲求。数学や理系、歴史等ほとんどの勉学にあるもの。中にはひけらかしたい、資格をとる上で必要、誰かにマウントをとりたいというものまであるが、純粋にただ識りたい、そこに到るまでの式と答えが知って満足する極少数の人間もいる。僕はただただ知りたいだけだった。知って誰かに話すことも、僕だけが知っているという優越感を得るつもりもない。満足すればいいだけである。
「オメの持ってくる鉱石は、まだ雑で粗いがなかなかの魔石だな。見るに本か知識で学んだようだが、目利きとしても努力の跡が窺える。もっと目を養えば立派な商人になるべ」
「はい。ご指南ありがとうございます」
僕は魔石や魔宝石の商人になる気はないが『ダンジョン超裏技大辞典』に記載されていることではなく、手触りや感覚、ちゃんと見て魔石や魔宝石の良さを見つけていきたいという思いがある。
「新しい甲冑ならもうできている。試しに着てみるといい」
「はい」
僕は召喚カードを取り出す。
「出でよ、ケンタウレ」
僕に喚ばれてケンタウルスの牝、ステラ・ジ・サジタリウスが召喚される。
「喚ばれるのをお待ちしておりました。我が君」
「新しい甲冑ができたから、試着してくれないか」
「はい」
どうやら、新しい甲冑を試着するのを楽しみにしていたようだ。平静を装っているが、目の奥が笑っていた。
「ふむ。人馬用甲冑を作るのはちょっと苦労したが、前よりは動きやすいと思うぞ」
ステラは僕が用意した簡易型の着脱室で新しい甲冑を纏う。意匠をを凝らしたドレスアーマーを纏うステラは、戦場で兵を鼓舞する美姫といった感じだ。
「どう、ステラ?」
「はい。肩周りが前よりも動きやすくなりました」
「そのまま人馬形態になってみるがええ」
ステラは言葉通りに人馬に変身する、するとドレスアーマーからバーディングが出て、馬の下半身を覆う。人間形態でも人馬形態に変身してもそのまま戦うことが可能だ。これはドワーフの匠の技のお陰でもあり、質の良い魔鉱石のお陰でもある。
「後、盾と槍も修理しておいたぞ」
「ありがとう、ドワーフ。感謝します」
ステラが頭を下げる。
「ふん、まさかケンタウレに甲冑を造り、お礼を言われるとは思わんかったな」
異世界のケンタウルスは狩猟民族であり、弓を使って獲物を捕まえる。近距離で戦うことはなく、獰猛なモンスターに対し、足を使って逃げて中~遠距離からの弓攻撃で倒す。相手が倒れたら棍棒でトドメを刺す。だから重い甲冑ではなく皮を加工した軽甲冑を着る。元来馬は臆病であり、人馬であるケンタウレも例外ではない。
「それは得手不得手というものだ。確かに私は弓も使うが、今は馬上鎗で戦いのだ」
それも外の世界のアニメや舞台の影響であることは間違いない。僕を含めた彼女達にとっての異世界を知ってもらうための、情報と知識だったが、変な相乗効果を生んでしまったように思う。
「オメの武具も手入れしておいたぞ」
「ありがとうございます」
僕は新しい甲冑を見る。甲冑は軽い歪みでも動きにくさに通ずる。特にダンジョンではモンスターの奇襲が多い分、すぐさま行動にでなければならない。
僕はガントレッドを嵌めて、入念にチェックする。一つ一つを使用して終わったところで、もう一度ドワーフに礼を言って、外に出る。
「終わったか?」
そこには一人の少女が立っていた。身長は低く140ぐらい。青紫のローブを纏い、大きな翡翠のような瞳にソバカスのある幼い容貌。十人目の召喚モンスター、魔女ファブリケ・ジ・ダンカイザーである。
「ああ。そっちは?」
「ああ。なかなかいい研究と取引ができたぞ。これでより強いアイツを見せられるはずだ。これからすぐ戻って実験だな」
ファブリケは、ふふふ、と笑う。彼女はドワーフとある実験を行っており、どうやら上手くいったようだった。
「なら一端BWダンジョンに戻るか」
「そうですね」
「あいよ」
ステラとファブリケは僕の言葉に頷き、僕はドワーフの里を離れた。




