62 オロチ
よろしくお願いします
あたしことパフェ・ジ・スィートは、強大な魔力を感じ、凍っていたオロチが動き出したのを知る。その所為か広かった洞窟が一気に狭くなった感がある。
オロチは溶けた地底湖の水を操り、水の刃にしてあたし達に襲い掛かる。おそらくこの地底湖は地上の河と繋がっているのだろう。ということは、有限ということだ。
エイレネがなんとか、吹雪を降らせて水の刃を相殺させる。若干エイレネの動きが鈍く感じる。そこに生き残りのラミアがオロチと合流し、オロチの水の刃にバフを掛けて、水の刃が雨のように降りかかる。
「まずいわね。スキル【シューティングスター・アロー】!」
あたしは矢を放つ。矢は飛翔中に光輝き、無数の光の矢となり、オロチに向かって降り注ぐ。これでも威力は抑えた方だ。そうしないと洞窟が崩れる。
結構広い洞窟でも、あたし達にすれば脆い空間である。エイレネにしろ、本気でやれば洞窟が崩れかねない。
ダンジョンではよくあることだ。どんなにこちらの方が強くても場所が限定されると、力を発揮できない。この小城が建つ程の大きさの洞窟でもオロチには狭いし、あたし達の魔術には脆すぎる。結界を張って洞窟自体の強度を上げることもできるが、ここはラミア達の住処であり、元々魔女の領域である。不用意にこちらの結界を張ったら、何が起こるかわからない危険性もある。
一度魔術で調べればいいのだが、あたしは記憶力がそれほどいい方ではなく、そういう魔術があったのだが、中身は思い出せないでいた。まあいい。思い出せないということは、必要ないということだろう。
異世界でもこういうことを言うと微妙な顔をされたのを思い出す。異世界の魔術師にとって、ハイエルフ、しかも王族の古代魔術は喉から手が出るほど得たい知識であった。しかし、あたしはなにを訊かれても思い出すことはできず、魔術を使ってあたしの記憶を探ろうとした輩もいたが、逆にボコボコにしてっやったりもした。以降、異世界でのあたしは、冒険者としては一流だが、ハイエルフとしては名前だけのポンコツ扱いだった。
この世界でもあたしは、そういう扱いを受けると覚悟していたが、乙橘勇大は冒険者としてのあたしを必要としており、あたしも彼と一緒に冒険する内に彼の存在が得がたいものへと変わっていった。
あたしは魔術で生み出した白銀のローブを身に纏い、星形のエフェクトを放ちながら飛ぶ。先程射った光矢の群れは、オロチに突き刺さり体を崩していくが、ラミアと違い、幾分か襲いものの再生していく。オロチを倒すには八頭の首を全て落とすしかない。
弓から盾から剣に持ち替える。片手剣は光り輝きながら星のエフェクトを放出し、オロチの首を斬り裂いた。同時に勇大も普通の魔力剣から、光の剣【クラウ・ソラス】に替えて、オロチの巨木のような首を真っ二つに斬る。
それでも首は六つあり、失った首はすぐに再生するだろう。
「エイレネ!」
勇大がエイレネに叫ぶ。どうやらエイレネは、オロチの復活を早まらせたラミアを止められなかったことに意気消沈している様子だ。
「あ、ああ」
「氷の魔術で水を凍らせてくれ!」
「わ、わかった!」
水の魔術さえ封じることができれば、オロチの攻撃力は一気に下がる。エイレネのスキルが発動し、オロチの水の魔術と氷の魔術がせめぎ合い、徐々にだが水が凍結していく。
正直言って、この洞窟はあたし達にとって難所に違いないが、それはオロチも同様だった。本来オロチは地上で河を氾濫させ大津波を起こし、暴風雨により全てを飲み込み、水の魔力により、それら全ての災害を破壊の武器とするのだ。さらにオロチに近付けさせないようにラミア達大蛇の群れが周囲を警戒することにより、戦術的価値がある。
だが、ここは密閉した空間であり、巨体のオロチにとってっは身動きが取りづらいといえる。
「スキル【スターアクセル】」
あたしは加速し、オロチの水の刃を掻い潜りつつ剣で首を斬り落とす。さらに剣から無数の星々が飛び出して、オロチを傷つけていく。さらに勇大がオロチの首を落とす。
「唸れ我が魔力、駆け抜けろ我が拳!スキル【ダイヤモンド・アスタリスク・ストライク】!」
勇大の言葉で奮起したエイレネが、最高級の氷の魔法を駆使する。幾つもの氷の結晶がオロチに向かって飛び、オロチの頭を凍結破壊していく。その首五つ、残り一つ。
あたしは駆け抜けて最後の首を斬るために動く。そしてラミアが動き出した。
やはり狙いはあたしだろう。自分のご主人と母親の仇なのだ。オロチの首を狙って向かう隙を狙っていたに違いない。だけど、それは想定済みだ。
しかし、あたしが待ち構えている場所ではなく、ラミアは別方向に駆けていく。目的は勇大だった。
しまった。ラミアの目的は勇大だった。おそらく、自分達のご主人と母親が殺されたようにあたしのマスターを殺して絶望を植え付けようとしているのではないか。確かに勇大を失ってしまっては、今のあたしは生きていけない。
ラミアの動きに勇大も気付いたようだが、勇大の動きが止まる。ラミアの鬼気迫る蛇眼に一瞬魅入られてしまったようだった。
勇大は状態異常強持ちだが、B級ダンジョンに生息しているラミアともなると、普通の対状態異常では全て無効にするのは難しいというところだろう。
「ゆ・・・!」
この瞬間、あたしはオロチの首を獲るか、勇大を救けに行くか迷った。オロチを討つなら、今このときしかない。でも、勇大を失うことの方が何倍も辛い。
その時、勇大の隣に一人の少女が飛び出す。山門クララだ。
彼女は、ラミアの攻撃を防ぎ、一振りの剣で斜め両断する。あたしが彼女に与えた龍醒剣は、ドラゴンの力を引き出す剣だ。彼女の場合、カードでドラゴネットを召喚して戦うが、洞窟という密閉された空間では、大地を這う地龍型とは違い、空を舞う飛龍型で戦うには難しい場所であり、召喚することができない。だからこそ、内に眠るドラゴンの力を引き出すアイテムが必要であり、それが龍醒剣である。
ラミアは体を8割失おうとも、勇大に噛みつこうとするが、最後は勇大に斬られて消滅する。
さすが勇大だと言いたいし、推しが勇大を救ったのも嬉しいが、その役目はあたしがしたかったと内心後悔しつつ、あたしはオロチの首を斬った。
「あ、あの、どうもありがとうございました」
山門クララは頭を下げて勇大達にお礼する。彼等がいなければ自分はモンスターの餌になっていたのは明白である。
「そ・・・」
「そんなこといいのよ。ただの寄り道みたいなもんだし、あたし達はあたし達の目的でここに来たわけだし」
勇大が言おうとしたところに、パフェが口を挟む。いくら推しとはいえ、勇大と仲良くなるのは避けたいところだった。
「目的ですか?」
「そ、推しとはいえ、詳しくは言えないけどね」
正直、オロチを圧倒する力を持つ召喚モンスターを有する乙橘勇大が、なんの目的でここに来たのか知りたいところではあるが、もし不用意に立ち入って痛い目に遭うかを考えると、ここは引いたほうがよさそうではある。
「それよりも、まずは山門クララさん、あなたとあなたのパーティメンバーのことを考えるべきだと思います」
ここで乙橘勇大が口を開く。
「私のこと・・・そうですね」
何故自分がここにいるのか。それは仲間に嵌められたからだ。
これからどうするべきか。『ハイ・D・レンジア』に残る?クララにとってそんなことは考えられない。自分を殺そうとした彼女達の元に戻るなんて絶対嫌だからだ。『ハイ・D・レンジア』には、相応の罰を受けるべきだと思うが、怒りはすれども憎しみはない。
それだけ、『ハイ・D・レンジア』という冒険者パーティに恩がある。ドラゴネットを得るまで、ポンコツで使い物にならなかった自分を見捨てずに使ってくれていた。ここは、きちんと罪を償って貰い、自分はパーティを辞めようとクララは思っていた。
しかし、パーティを辞めようにもギルドとの契約がある。一年契約で後半年は、『ハイ・D・レンジア』に在籍しなければならないのは辛いところである。
「あなたが生きている以上、ラミアと『ハイ・D・レンジア』の呪術の契約は破られた。破ったということは、呪い返しが発動します」
「呪い返し?」
相手に呪いを掛けて、破られれば呪いは掛けた側に戻ってくるのは有名な話しだ。
「そうです。あなた以外の『ハイ・D・レンジア』のパーティの死です」
その言葉にクララは驚愕する。
「えっ!?でもラミアは全滅したし」
「契約を結んだラミアは滅びましたが、契約自体が無効になったわけではありません。山門クララさんが生き残ったということは、呪いを破ったということです。『人を呪えば穴二つ』という言葉もあるように、対象者に対しての呪いが倍返しで契約者全員に向けられます」
それだけ呪術は危険だと乙橘勇大は語る。人を恨むのは個人の自由だし構わない。だが呪術で危害を加えようとするならば、自分にも相応か、それ以上の罰がくることも覚悟しなければならない、と。
「じゃあ、呪いは皆に・・・」
クララにとって『ハイ・D・レンジア』のメンバーは罰を受けて欲しいとは思うが、死んで欲しいとまでは思っていない。自分を殺そうとした連中ではあったが、そこが彼女の甘さでもあった。
「あの、ここまで助けていただいて申し訳ありません。どうにか『ハイ・D・レンジア』のメンバーを助けられないんでしょうか?」
無理だと承知でクララは頼む。自分が生きている以上呪いは発動しているだろう。だからといって、呪いでメンバーが死んでいくのはみたくなかった。
「どうして?あなたを生け贄にした連中なのよ?」
「確かにそうです。あなた達が救けてくれなかったら、私はラミアの餌となり死んでいました。だから、理不尽な願いだとわかっているんですが、それでも私は『ハイ・D・レンジア』のメンバーを仲間だと心の隅っこで思っているんです。このまま彼女達が呪いで殺されるのは寝覚めが悪いというか、もう二度と私に関わらず、死以外の罰を受けて欲しいと思っているんです」
「それは無理よ」
クララの頼みをパフェは切って捨てた。
「推しの頼みだから断りたくはないけど、あたし達は第三者であり、クララちゃんも呪いを破ったのだから部外者となったわ。これからは、あなた以外の『ハイ・D・レンジア』が呪いの負責を受け取ることになる。呪いはね、呪うことは誰でもできるけど、きちんと形式に則って行った場合、呪いは消えることはないのよ。すでに呪いはラミアの元を離れ、単体として存在しているのだから」
「そうですか・・・」
「でも呪いの発動を遅らせることはできるわ」
「遅らせる?」
「そうよ。いずれ呪いは発動する。でもね、『いずれ』を先延ばしすればいいだけよ」
パフェは満面の笑みでそう言った。
後日談
最初に『ハイ・D・レンジア』に迷いの館の呪いを教えたのは、マネージャーらしかった。なんと彼は大手ギルド『ギガス』の会長のご子息で、五男という微妙な立場でニート生活を送っていたが、親族から働くよう質されて、『ハイ・D・レンジア』のマネージャーになるという条件で働くことになった。
最初は、山門クララを狙っていたが、クララの方が彼を避けていたことで、逆にクララに対して憎しみを抱くようになった。さらに『ハイ・D・レンジア』の黄林カヲルと交際するようになり、より山門クララに対しての憎悪が広まっていった。
パフェ・ジ・スィートは、ふと思い出した呪術を解く魔術を思い出し、すでに契約が施行された契約を破棄するのは難しいので、実行を遅らせる封印術を施すことにした。
しかし、呪術の契約書を封印するには、さらなる契約の上乗せが必要になる。
そこで『ハイ・D・レンジア』と話し合い、マネージャーに責任を取ってもらうことにした。最初はしらばっくれていたマネージャーだったが、『ハイ・D・レンジア』の一人が彼との会話を盗聴していたこと、さらに状況証拠が多くあり、言い逃れできないほどであったので、それを突きつけられるとうだうだ言いつつようやく認める。呪術の契約書に関しても国家直属のエルフに調べれば、偽物か本物か明確にわかることだ。なにより、この事が世間に露見すれば大罪を犯したことになる。実際、彼の近辺ではマスコミが張り付いており、彼の友人もマスコミにネタを売りつけようとしていた。このまま放置すればメディアの食い物にされるのは明確だからだ。
彼はこのことを露見さないでほしいと頼み込んだ。その条件付きで呪術の契約書の上乗せに協力したのだ。上乗せとは、今からする約定を破った場合、封印が解けて呪いが発動するというものである。
その約定とは、山門クララが『ハイ・D・レンジア』が辞めたとしても、ギルドとの契約破棄による責務は負わないこと、二度と山門クララ及び彼女の関係者に手を出さないこと諸々を約束したものだった。
パフェは言う。この呪いの契約は十年もすれば封印術の中で消えると。だけど、もし、その十年内で破られた際、溜まった呪いは発動し、お前達だけではなく親類縁者にさえ呪いが及ぶかもしれないと。
マネージャー。平周近は、深く項垂れて封印術にサインするのだった。




