61 推しの剣
よろしくお願いします
山門クララは、恐慌状態とはいかないものの、オロチの蛇眼により体が動かなくなってしまった。しかし、アンティアの状態異常を治癒する匂いを嗅がされて、なんとか体の状態を元に戻すことができた。
彼女の隣には、ハイエルフのパフェ・ジ・スィートとアンティア・ジ・チアフラワーがいる。
「大丈夫?」
「はい、ありがとうございます。アンティアさん、パフェさん」
「気にしなくていいわ。チアフラワーは、全ての少女達の味方だから」
「しょうがないわ。あのオロチのレベルはかなり高いわ。普通の冒険者なら気が触れてしまうかもね。
あたしはこれから勇大と一緒にラミアと戦わなくてはいけないから、あなたを護ることはできないわ。代わりにこれを貸してあげる」
彼女はマジカルポシェットから一振りの片手剣を取り出す。基本口から入れられれば、なんでも入れることができるマジカル入れ物シリーズは、冒険者達にとって必須アイテムである。
「こ、これは・・・」
「龍醒剣よ。ファンとしてこれを貸してあげるわ」
その握り、鍔、そして刀身、帯びている魔力といい、これがただの剣ではないとわかる。
「こ、こんな高価なもの・・・」
「そこまで高価じゃないわ。これ以上は、あなたのレベルでは使いこなせないもの。あたし、っていうか、勇大は鍛治師にちょっとした伝手があってね。あたしが無理言って頼み込んだのよ。だから使って。ここで死んだらせっかく見つけた推しを失うのは辛いからね。
いい?あなたの使命はここから生き残る事よ。少しは手助けするけど、後は貴方自身で生き残りなさい」
「はい」
「いい返事ね。あたしの推しはそうでなくっちゃ」
そう言って、パフェは詠唱し白銀の衣を纏う。
「チアフラワー!貴方はクララを護って」
「わかったわ。チアフラワーにお任せよ!」
パフェの言葉にアンティアは頷く。パフェは弓矢をラミアに向けると、矢を放った。
「スターライト・アロー!」
弓から放たれた矢は白銀に光り輝き、恐るべき速度と光跡を残してラミアに射出された。
僕こと、乙橘勇大は、ラミアの一体と対峙する。ラミアの魔力は増大しており、戦闘態勢であることがわかる。が、すでに手遅れだろう。
実際、エイレネが洞窟を凍らせた時点で、水魔法が得意なラミアの攻撃を全て無効化しており、僕達の優位は変わることはなかった。
ラミアの鋭い一撃が僕に襲い掛かる。さすが蛇だけあって動きが俊敏だ。僕は盾でなんとかラミアの凶悪な爪を捌く。ラミアは、そのまま僕に噛みつこうとする。神経系の猛毒が含まれている牙は、少しでも噛まれれば戦闘不能になる。バックステップで躱し、なんとか一撃を加えようとしたところに、ラミアの蛇の下半身が鞭のようにしなり巻き付こうとする。獲物に巻き付いて、全身の骨を砕き動けなくなったら捕食する。蛇のセオリー通りの攻撃だ。僕はそれを掻い潜りながら剣を振るう。
「ふっっ」
気合いを込めた剣は、ラミアの魔力で硬化した皮膚を斬り裂き、ラミアが悲鳴を上げる。
ラミアが僕を視る。ラミアがもっとも得意とする魔眼だ。ラミアに見つめられた対象は、その瞳に魅入られて硬直する。もともと状態異常に対してそれほど耐性がない僕だけど、ここに蛇のモンスターがいると推測していたので、状態異常不可の護符はしっかりと買い込んで、装備してある。
「キシャァアアアアア」
僕がさらに踏み込んで、彼女の蛇の尾を潜り、剣を水平に振るう。ラミアの首を捉えた一撃は、首を半分ほど斬り裂いて、血が迸り後退させる。蛇のモンスターはその血も毒が含まれていることがある。
僕も大きく退がり、盾で噴出した血を防ぐ。
「ううん。魔眼の効力を防いだつもりだったけど、少し残っているか」
ここで仕留めるはずだったのに、無駄に手負いの獣にしてしまったことに後悔する。
そんな時だ。
パフェは放った光り輝く矢がラミアを射たのは。
パフェ・ジ・スィートは、少々変わったハイエルフだった。異世界では知る人は少ない古代の魔術を識り、さらに王族にしか継承しない超古代魔術を識っている数少ない一人なのだが、本人は全く忘れているのだ。
平時にこちらが訊いても、「ああ、そうね。どうだったかなあ」と、眼を泳がせ汗を滝のように流し、口笛を吹く。別に魔術で封印されているわけではない。本当にうっかり忘れているのだ。元々勉強嫌いだったことも加えて、物覚えがよくなかった彼女は、魔術の才能はしっかりあったにも関わらず、なにもかも思い出せないでいた。
彼女は、どうしてそんな大切なことが思い出せないのかと問い質されることがあるが、彼女はいつもこう応えていた。
「うっさいわね。興味がないんだから仕方ないでしょ」と。
しかし、戦いの最中に古代魔術を使うことが稀にみられた。そのことを彼女に訊くと、彼女はこう言った。
「そうだっけ?戦いの最中だからでしょ」
彼女は冒険が好きであり、冒険時の戦いが好きなのだ。だからであろう、戦いの高揚感や九死に一生に陥った時でしか、ハイエルフとしての真価を発揮できない、のかもしれない。
パフェ・ジ・スィートが放つ光の矢は、ラミアの腕を射貫き消滅させる。そこから再生が始まるはずなのだが、腕は再生することなく失われたままだった。
「腕、生えない?なんで?」
困惑するラミアをよそにパフェは、ラミアに向かって駆ける。彼女の周囲が白銀に輝き出し、彼女はローブのように纏う。そこから星形のエフェクトが飛び散る。
彼女は背中に背負う鞘付き盾を持ち、魔術を詠唱し剣に纏わせて抜く。
「スキル【スーパースターソード】!」
彼女のネーミングセンスはともかくとして、スキル【スーパースターソード】は、剣から星のエフェクトを醸しだす。
パフェは、ラミアに向かい剣を振るう。ラミアは彼女の剣を避けるが、剣から放たれる星のエフェクトがラミアを襲う。あの星のエフェクトにも攻撃判定がついているのだ。星のエフェクトによって斬り刻まれるラミア。
「グオオォォォ!」
なんとか打開しようと蛇の尾でパフェをはね除けようと攻撃する。
「スキル【スターシールド】」
盾から大きな星のエフェクトが生み出され、蛇の尾を弾く。
「ううううう、ご主人様と母の仇イイィィ!」
「もしかしたら、あたしが倒したのが貴方達のご主人様と母親なのかもしれないけど、魔王軍にいたのは確かなのだし、だとしたら戦士としてあたしと戦ったということだわ。戦場で戦った以上、復讐もへったくれもないのよ。勝って生きるか、負けて死ぬかんだから!スキル【スターアクセル】!」
一気にパフェの速度が上がり、パフェの剣がラミアの首を斬り裂く。ラミアは再生することなく、光となって砕け散った。
「【シャーベットナックル】!」
エイレネ・ジ・アイスリヴァーの拳が、ラミアと捉える。性格には拳がラミアの体に当たったわけではなく、拳から放たれる凝縮された冷気がラミアに当たったのだ。硬く柔軟という相反した高度な防御力を持つラミアの体は凍らされ、砕け散る。
「ウウウウゥゥ・・・」
すでに辺り一面凍結し、エイレネのフィールドだ。洞窟という広大だが限定された空間では、彼女の氷の妖精人としての凍結能力がこれ以上ない程役立っていた。
ここが灼熱の大地や火山の地底ならともかく、地下水脈の洞窟はエイレネにとっての得意な地形といえよう。
そして、得意の水魔法が使えない状態は、ラミアにとって不利な場所に他ならない。ここは一刻も早くオロチに復活して貰うほかない。オロチの強大な魔力は閉じ込めた氷を砕きつつある。オロチの強大な力があれば逆転もありうるのだ。
ご主人様と自分達の母親がいなくなった後、困ったのはラミア達だった。ご主人である魔女のペットや宝物は、彼女達の手に余るものだったのだ。
その内の一つがオロチだった。このオロチは、腹が減れば人間やモンスターを一日百人単位で喰らい、怒れば水害をもたらし、土地全体を湖に変えてしまう。
こそこそと餌を狩っていたラミアにとって、オロチの存在は腕の立つ冒険者やハンターを呼び込んでしまう。特に勇者一党にみつかれば、ラミア達は全滅する可能性が高い。もし、オロチを捨てれば、オロチの敵意がこちらに向く可能性もあり、捨てるに捨てられなかった。だからこそ魔女の呪術により、自発的に人間達から生け贄を差し出してもらい、自分達の餌とし、オロチの餌はそこら辺にいるゴブリンやコボルトの集落を襲わせたのだ。トロールでさえ、オロチにとっては大きな餌にすぎず、蛇眼で身動きを封じ丸呑みしてしまうほどだ。
とはいえ、相手は強敵だ。相手は氷の妖精フローズン、スノーフロスト、雪女の類いだろう。オロチが復活する前に再び凍らせるわけにはいかなかった。
少しでもこの氷妖精の動きを止めるのは自分の役割だと理解している。だからまともに戦う必要はなかった。
ラミアはエイレネから一定の距離を取り、ある物が来るのを待つ。それは自分にとってリスクの高いものだが、今しか使えない物だった。
生き残りの大蛇の群れが宝物庫からある物を持ってくる。間に合ったとラミアは歓喜しつつ、それを手にした。
それは火喰い蛇の杖と呼ばれるアイテムだった。地底の住む火を吐く蛇というモンスターの能力を持つこのアイテムだ。水属性のラミアにとって、この火属性の杖を使うことは普通ならできないことだが、蛇という繋がりで使うことができる。しかし、使用時の痛みは計り知れない。それでも、自分達の主人と母親の敵を討てるのなら、命を捨ててもかまわない。
もともと蛇は執着の象徴だ。恨み辛みのイメージとして真っ先の抱く動物であり、実際の蛇はそうではないのだが、その四肢のない姿が恐怖の対象として想起させるのだろう。ラミアにとって主人と親を殺した連中を生かすわけにはいかなかった。
火喰い蛇の杖が火を生み出し、ラミアを焦がす。
「ウウウウウゥゥアアアアア!」
「させるか」
エイレネは、ラミアがなにをしようとしているのか察し、攻撃を仕掛ける。
「【ブリザードダスト!】」
エイレネの拳からラミアに向けて吹雪が放たれる。一瞬で凍り付かしてしまうその攻撃だったが、ラミアの動きの方が早かった。
火喰い蛇の杖が大地に突き刺さる。そのまま杖の周りに炎が吹き出て地面を焦がす。炎は火山のように噴出し、ラミアは消滅した。
「やばい!」
この炎は氷の妖精人であるエイレネにとっては、危険そのものだった。
「【フローズンガイア】!」
エイレネは大地に向かって拳を放ち、辺りの氷世界を強化させて地熱を防ぐ。しかし、凍った地底湖までは届かず、氷が溶けていき、それはオロチにまで届いていく。
「うそ」
急いで二撃目を放つより早く、オロチは強引に自身に纏わり付いていた氷を砕いていく。体が傷ついても尚暴れ出す様は、自分の再生能力に自信があるのだろう。
こうして、八頭の巨大な大蛇は活動を再開するのだった。




