59 哀しみの心
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ヤタ・ジ・ハイペリオンが、その手に持つ羽団扇を振る。すると刃のような風が巻き起こり、蛇の群れを斬り裂いていく。体育館程の広間ではあるが、飛び回る程には狭く所狭しと蛇が蠢いており、さらにラミア三体が襲ってくる状況で、ヤタはなんとか距離を取り応戦する。
クララも戦うが、襲い来る大蛇の早さに苦戦しているようだ。盾でなんとか大蛇の牙を捌きつつ、剣を振るうもしなやかな蛇の胴体を斬ることが難しそうである。とはいえ、明らかに普段の山門クララの動きではなかった。まだ精神面が立ち直っていないのだろう。奮い立たせようとしていても、心は言うことを聞いてくれない様子だ。
ラミアの攻撃がクララを襲う。変則的な動きから長い腕でクララを捕まえて、鋭い牙で噛みつき毒を流し込もうとしているのだろう。おそらくだが、手の爪にも毒があり、軽く引っ掻かれたとしても、致命傷になる可能性が高い。クララは剣でラミアの腕を斬るが、斬り裂くまでにはいかず、受けた傷もすぐに再生する。さらに他の大蛇がクララに襲い掛かってくる。山門クララは竜の加護を受けており、レベル以上の素早さと攻撃力を持っているが、精神的な負荷が体力にも影響しているのが明らかだった。
「くっ」
大蛇の一匹がクララに噛みつこうとしたが、一刃の風によって真っ二つに斬り裂かれる。ヤタはラミア二体を相手しつつ、クララを護っていたのだ。ヤタは、ラミア二体を風で吹き飛ばし、クララの後ろにつく。
「大丈夫か?」
「ありがとうございます、うう」
「なんじゃ、どこかやられたか?」
「わ、私はこれからどうすれば・・・うううう、ぐす・・・」
なんとか戦えていても、クララのメンタルは限界を迎えるだろう。どんなに気丈に振る舞っていても、心の防壁が崩れれば一気に崩れるのは明白だった。そうなれば集中力も落ちて、失敗も増えてくる。このような状況でそれは危険な状況といわざるをえない。
「そんなことは後で考えればええじゃろ、今はこの難局を乗り越えることだけ考えるんじゃ」
「でも・・・でも・・・!」
「あらあら、そちらのお嬢様は大層落ち込み気味の様子ですね」
二人の会話にラミアが介入する。ラミアの恐ろしさは、相手を魅了する魔眼でも致死毒を有する牙でもなく、その再生能力にある。どんなにヤタが風の能力で斬り裂いても、すぐに再生してしまう。
「このまま私達に大人しく食べられれば悩むことは無くなりますよ。遠慮なくその命を捨ててください」
クララはわかっていた。背中を預けていた仲間に裏切られ、今すぐ膝を崩して座りたかった。このまま死ねば辛いことはなくなる。それはなんて幸せなことだろうか、と。
でも、この手は剣と盾を離さず、盾は敵の攻撃を防ぎ、剣を握りしめ蛇の頭部を斬り裂く。
「わかってる。でも、私は・・・くやしい!くやしくて、くやしくてたまらない!なにもかも自分も仲間も蛇も!壊したくてたまらない!」
哀しみや喪失を埋めるには怒りしかなかった。
「私は戦う!戦って戦って戦い抜いてやる!」
「よういうた!」
「?」
「よう言うたな。それでこそ竜に選ばれし剣士じゃ。実はのう、お主の冒険者パーティのリーダーに頼まれたのじゃ」
ヤタの言葉にクララは混乱する。なにを言っているのだろうか。
「カヲルから?どうしてカヲルを知っているの?」
「実はのう、ここに来る前に黄林カヲルに頼まれたのじゃ。お主を探して欲しいと、な」
「カヲルが?」
「一時の迷いでお前を呪ってしまって済まないとな。仲間と共謀して、この迷宮の呪いにお主を売ってしまったのは事実じゃ。しかし、後で後悔したらしい。だから、同じ迷宮の館を探索していたわっち等に頼んで山門クララを救ってほしいと、な」
「そ、そんな、どうして、今・・・」
今そんなことを言うのだろうか。吹っ切ったばかりだというのに。
「うちのお頭は生真面目でのう。救うんだったら、心の方も救うべきじゃと思ったのじゃろう。お主の心も救わんと、救ったことにならんとな」
ヤタは笑う。彼女は自分の首筋にあるキラリと光る糸を二回引っ張った。
「こいつはレアアイテム【迷いの妖精糸】じゃ。こいつを付けているとな、仲間に居場所を教えてくれる便利道具じゃ」
「え」
「わっち等の目的は、ラミアの巣を見つけることじゃったからのう。全て上手くいってよかったわい」
その瞬間、扉が開き、乙橘勇大率いる召喚モンスターが現われたのだった。
僕こと乙橘勇大は、呪いの迷宮について調べていた。この呪いの迷宮はダンジョン超裏技大辞典にも記載されていなかったので、新規でできたことなのだろう。こういうのを調査するのも僕のダンジョンライフの一つである。
なんでも冒険者同士で諍いがあった時、自分達の名前と殺したい相手の名前を連名で呪いの紙に書くと、迷宮の館に相手は閉じ込めることができるのだとか。ハイエルフのパフェに調べてもらったが、その呪いの紙は本物だったようで、しかも迷宮の主に売り渡すという内容が記載されてあったのだという。まあ怖い。
そして、ダンジョン超裏技大辞典に書かれている内容とその迷宮の場所を照らし合わせて、ラミア、もしくはメデューサが生息しているのではないかに到った。
しかし、迷宮のボスであるそのモンスターに辿り着くには、呪いの紙でモンスターと契約するか、モンスターに呼ばれるしかない。そこで選ばれたのが、ヤタ・ジ・ハイペリオンだった。
ヤタ・ジ・ハイペリオンは女天狗である。烏のモンスターであるので、蛇のモンスターなら食いつくと思ったのだ。彼女の首筋にレアアイテム【迷いの妖精糸】を付けてもらい、これを二回引っ張ると、僕に居場所を教えてくれるという便利アイテムだ。元々はどこかの魔術師が妖精の生み出す糸で作ったものらしい。
さて、これから迷宮の洞窟へと潜ろうとしたところ、一組の冒険者パーティと遭遇する。どこかで見たことがあると思ったら、先にハイエルフのパフェが思い出していた。
「あれって、山門クララが所属している『ハイ・D・レンジア』じゃないか」
なるほど、言われてみればこの間の飲食店で会った山門クララの所属する冒険者パーティである。話掛けようか迷ったが、パフェに押されて、『ハイ・D・レンジア』に挨拶することにする。
「あのう、すみません。『ハイ・D・レンジア』の方達ですよね」
「え、あ、はい」
どうやら僕達に声を掛けられたことに驚きを示したらしい。それもそうだ。僕達はギルドも違うし、ダンジョンに潜っているということは、全員がライバルということである。あまり他の冒険者パーティに話しかけてはいけないみたいな非公式ルールが出来つつあったわけであるし。
「僕達、君達のパーティに所属している山門クララさんにこの間助けられまして」
「そうなんですか」
「はい。で、今日は、山門クララさんはいらっしゃらないんですか?」
「山門は今日のダンジョンは体調不良で休んでるわ」
ハイ・D・レンジアのリーダーっぽい女性は、なにか歯切れが悪い。なにかを隠しているように思える。
「あの、山門クララさんになにかあったのでしょうか?」
「なにもないわ。もう行っていい?」
これ以上引き留めても、意味はないのかもしれない。それに僕の推測が正しいのなら、目的の場所に彼女はいるはずだ。無理にここで『ハイ・D・レンジア』と言い争う必要はない。
「一つだけいいかしら」
そう言ったのは、僕の隣にいたパフェ・ジ・スィートだった。
「これはあたしの独り言だし、あなた方にはなんの関係もない話しよ。聞き捨てても構わないわ。
この迷宮の呪いは本物よ。この呪いを掛けられた人間は、この迷宮に潜むモンスターの生け贄となるわ」
ほんの僅かではあるが、『ハイ・D・レンジア』のメンバーの表情が曇る。
「この呪いは、ある意味ウインウインな関係よね。冒険者同士の諍いを利用して、モンスターは生け贄を作る呪いの紙をばら撒き、別に強制ではなく冒険者達自身が呪いを知った上で生け贄を差し出すのだから。もちろん、生け贄となった人間の気持ちは無視するわけだけど。そして生け贄となった人間は死ぬわ」
「・・・・・」
「必ずね。他にやりようはあったはずだと思うわ。そんなに嫌なら、その冒険者にパーティを抜けてもらうか、なんらかの話し合いをすることで、円満に出て行ってもらうことができたかもしれない。でも、安直な方法を選んだあげく人間が一人、モンスターの餌になって死ぬ。その冒険者達は自分の手を汚してしないと勘違いして、実は呪いでモンスターと契約したことになるのに」
「なにそれ?私達が呪いで山門を売ったとでも言いたいわけ」
「そうよ。大手ギルド『ギガス』に所属する『ハイ・D・レンジア』を侮辱してるの?」
ハイ・D・レンジアのメンバーがパフェに対して言い寄る。
「侮辱していないわ。あたしはただ、この迷宮の呪いを説明してあげただけよ。別にあなた達がどうこうしたとか糾弾しているわけではないから。勘違いさせたならごめんなさいね」
パフェは、わざとらしく頭を下げる。それにしても、この根拠はどこから出ているのだろう。僕でさえ推測の域を出ていない。もし、山門クララがなんらかの事情で今回のダンジョンを不参加していたら、訴えられても仕方のない案件だ。彼女は言葉を繋げる。
「でもね、もうそうだとしたら、あなた達のしていることは犯罪よ。ここで一人の少女がダンジョンで死ぬ。一つ間違えば大問題ね」
「あなたなら助けてくれるんですか?クララを」
「ちょ、黄林さん」
「リーダー?」
黄林と呼ばれた女性の不意の言葉に、他のメンバーが驚きの声を上げる。
「もし、仮にあなたが言ったことが本当だとしても、呪いが発動した以上、彼女は迷宮に閉じ込められ、モンスターの餌になったということですよね。だったら、もう助からないということじゃないですか」
「彼女がまだ生きていると言ったら?」
「!?え」
「まだ、この迷宮内に彼女の魔力の残滓を感じることができる。今なら山門クララを助けることができるわ。さて、生きているとわかった時点で、あなた達はどうしたいのかしら」
「私は・・・、彼女を助けたい・・・」
「ちょ、黄林さん!」
「なにを言って・・・!」
「正直、今このエルフに言われて、私は後悔している。もっとやりようはあったはずなのに、彼女を殺そうとしたことを・・・。
私は彼女が憎かった。最初の頃はパーティのお荷物で見下していた。他のメンバーが次々と辞めたのに、使えない彼女だけが残り、私はリーダーとして『ハイ・D・レンジア』を辞めるきっかけを失ってしまった。あの時辞めたら、彼女に負けたことになると思って。なのに、彼女はドラゴネットを手に入れて、レベルも上がりメディアも取り上げて、せっかく残った私を飛び越えていってしまった」
「だから、彼女を殺そうとした」
「違う!死ぬなんて思っていなかった。ただ、この迷宮に閉じ込めて、二度と私の前に出てほしくなかったの!死ぬなんて考えていなかった!」
「迷宮に閉じ込めるなんて、それは殺したも同義語よ」
「うう・・・」
「さて、貴方は彼女、山門クララをどうしたいの?このまま迷宮に閉じ込めて、モンスターの餌にする気」
「そのつもりは、ない。お願い、彼女を助けてあげて・・・」
黄林の言葉に、他のメンバーも黙る。彼女達も山門クララを殺す気はなかったのだろう。これはイジメだ。呪いの迷宮という、手を出してはいけないものに手を出した、考えなしの壮絶なイジメ。考えればわかるだろ、という輩もいるが、ネットでもそうだが大抵は自分のコメントに対して、今後どうなるかなど考えないものだ。法が動いて自分が裁かれた時、罪に気付き逃避して言い訳を考える。罪の意識はないから反省はしない。
しかし、今回パフェが伝えたことで、彼女達は自分達の犯罪に気付くことができた。なにも言われなければ、彼女達は罪に気付かず、なにを言われても知らぬ存ぜぬと通したに違いない。
「わかったわ。どうせ、あたし達も彼女を助けようとしたわけだし」
そう言って、僕を見る。そういう僕の心を見透かした態度は、ちょっと止めて欲しい。
「貴方達が正直に話してくれたのなら、あたしからも提案があるわ」
パフェ・ジ・スィートは底意地の悪そうな笑みを『ハイ・D・レンジア』に向けるのだった。




