58 呪いの館
よろしくお願いします
山門クララは、黄林カヲルから階層ボス戦の前に立ち寄りたい場所があると提案を受けた。他のメンバーは受諾しており、山門も皆がそうならそれでいいと了承した。
そこは魔術師の迷宮だった。実は魔術師が自分の研究を誰にも知られないようにするために、住処を迷路状にすることは珍しくないらしい。すでに持ち主はいないようだが、こういう場所にはレアアイテムが埋蔵されていることが多い。しかし、トラップも多く、モンスターが住み着くため、危険な場所でも有名だった。
山そのものを蟻の巣のように穴を開けて作られた迷宮を、私達はゆっくりと進む。
その時、カチリッと後ろの方で音がした。瞬間、私は足場が無くなり宙に浮いたような感覚にとらわれたのだった。
気がつけば、見たことのない場所だった。
同じ迷宮の中かもしれないが、壁も天井も白く、椅子やテーブル等の調度品が置かれており、壁に掛けられたランプによって室内が明るい。そう、ここは部屋だった。
(わからない、どうして私はここに来たんだろう?)
後ろでカチリッと音がした。誰かが謝ってトラップを踏んだのか?それで自分がこの部屋に転移されてしまったのだろうか。
とにかく部屋の外に出なければならない。部屋の扉から出ると、そこは長い廊下が続いており、幾つもの部屋がある。近くの部屋を調べるが、屋敷の外に出ることはできなかった。その後、室内をくまなく調べるが、外に出る出口はみつからなかった。
室内には窓はなく廊下に続く扉だけだ。
クララは用意された椅子に座って、ここはどこか自問自答するが、答えはまったくわからず、おそらくこれは牢獄のようなものなんじゃないかと考えを改めた。トラップに引っかかった冒険者を閉じ込めるための牢屋。だとしても、自分以外の誰もいないのはおかしかった。ダンジョンでこういうことを好むのは魔術師か魔女だと聞いたことがある。やはり、魔術師か魔女の罠に掛かったと考えるのは妥当だろう。
もう少し探索するべきかと思い、廊下と部屋をくべなく探索してみることにした。
最後の部屋に辿り着き、扉を開けると、そこには一人の少女が座っていた。癖のある黒髪に整った美貌。右目は眼帯をしており、左目の憂いを帯びた綺麗な瞳は大人びた印象を受ける。下はデニムパンツに上はTシャツを来て、テーブルの上にはビールの缶が転がっていた。
「おう、よう来たのう」
少女、いやアルコールを飲んでいるので成人した女性だろうか、ビールをぐびぐび飲んでいる。
「あ、あなたは?」
「うん、そうじゃのう。お主と同じじゃ。なんかお頭と一緒にダンジョンの迷宮にレアアイテムを獲りにいったんじゃが、間違って変なモノ踏んでしまってのう。気がついたらこのヘンテコな部屋に来てしまったというところじゃ」
「あなたがこの部屋の主ということは?」
「ん、ああ、わっちを疑っているのか?そうじゃのう、そう思われても仕方ないのう。とりあえず、これを見てみい」
そう言って、左腕の腕輪を見せる。
「それって、召喚モンスターの腕輪?」
クララは、この間、飲食店で会ったエルフの少女達も同じような腕輪を着けているのを思い出した。亜人種である彼女達は自分達が敵側でないことの証拠として、腕輪をつけているのだ。
「あなた、亜人種なの?」
「わっちは女天狗のヤタじゃ。よろしくな」
「女天狗・・・」
クララは一度烏天狗と交戦したことを思い出す。あの時の烏天狗は黒い翼を生やし、首が烏の頭部、手足が烏の爪の人型のモンスターで、空から竜巻を起こしていた。今そこにいる彼女は、眼帯をしているものの、普通の女性にしか見えない。
「そうじゃ。実は召喚士であるお頭とはぐれてしまってのう。仕方なくここで助けがくるのを待っているというわけじゃ」
「どこか出口はないの?」
「正直、みつけてはおらん。どうじゃ、一緒に座らんか?」
仕方なく進められるままに、もう一つの席に座るクララ。テーブルにあるビールの臭いが鼻につく。
「それにしても難儀なところに閉じ込められたものじゃのう」
「ここはやはり迷宮のトラップなのかしら」
「ほうじゃのう。まずは一杯やらないか?」
「いや、仕事中ですし。それにこのビールやらアルコールの類いはどっから持ってきたんですか?」
「おう、ここに入れといたんじゃ」
ヤタは、マジックポシェットを取り出す。これはマジカルバッグと同様、口に入る物であれば生き物以外は無限に入る優れものだった。
「マジカルポシェット?!あなた召喚モンスターなのに、マジカルポシェットを持っているの?それ、数百万もするものよ」
もちろん、クララが所属する『ハイ・D・レンジア』もマジカルバッグを所持しているが、ギルドからの支給品である。
「言うとくが、自分できちんと買ったものじゃぞ。ちゃあああんとレアアイテムを売り捌いての」
召喚モンスターがマジカルポシェットを持っているなんて、彼女の召喚士は召喚モンスターに対してどういう接し方をしているのだろうか。
「そのマジカルポシェットには、他にはなにか入っていないの?」
「あるにはあるぞ、ワインにウイスキーに日本酒に発泡酒とかな」
「アルコールしかないの」
「そうなるの、がはははは」
なんという召喚モンスターだろう。せめてポーションぐらい用意しているのかと思ったが、全てアルコール類とは・・・。
「そういえば、うぬの名前を聞いていないのう」
「私ですか、私は山門クララです」
「ふぅん、お主が山門クララかあ、なるほどのう」
「私を知っているの?」
「そりゃそうじゃろ、人類にとってはダンジョンの脅威である、ドラゴンの子供を召喚モンスターにした、希有な冒険者じゃ。ネットでも世界を滅ぼしかねないドラゴンとの架け橋になるかもしれんと言われてるしのう」
ネットでそういう風な書き込みがされているのは知っていた。だけど、自分はそこまで大層なものになる気はなかった。
「わ、私はただ冒険者として、仲間のために『ハイ・D・レンジア』の名が売れてほしいだけよ。架け橋とかなる気はないわ」
「そういうのをいらぬお世話というんじゃ。冒険者というんは結局自分の稼ぎが良ければいいもんじゃ。パーティのためにというて、自分ばっかり売れても余計な嫉妬を招くだけじゃぞ。人はもっと自由に生きるべきじゃ。パーティのために働きたいなら、もっと全体を把握するべきじゃな」
「あなたはこんなトラップに引っ掛かって、マスターである召喚士の役に立っているといえるの?」
失礼な召喚モンスターだと思い、少し意地悪に質問する。
「さてのう、まあわっちが知っているお頭なら馬鹿正直に助けにきてくれるじゃろなあ。そっちの仲間はどうじゃ?助けにきてくれそうか?」
「そ、そんなの当たり前じゃない」
実のところ、自分を助けにきてくれる自信は、クララにはなかった。いや、『ハイ・D・レンジア』にずっとしがみついていたいだけだったのかもしれない。
父を失い、家族の稼ぎ頭がいなくなり、母も働き過ぎで体を壊してしまった。姉も大学を中退すると言い出したため、クララは自分から冒険者になると言い、『ハイ・D・レンジア』に加入した。加入当初は自分に冒険者の才能があるとは思えず、されどももし辞めたら二度と入れてくれるパーティがないと思い、必死に仲間達の後を付いてきた。何度も死にそうになり、その都度ポーションで助かり、次々と仲間達が引退し、自分も辞めたくなるのを堪えて、ここまでやってきたのだ。そして、ドラゴネットを仲間にして自分としての道が啓けたと思った。自分のやってきた道は正しかったと思いたかった。
「まあ、ええじゃろ。そろそろこの家の主がやってきたようじゃぞ」
「え?」
自分達しかいないはずの廊下側の扉が開き、フードを深々と被った女性が現われる。
クララは盾を持って身構える。その女性には明らかな妖気が漂っていたからだ。
「あなたは?」
「主代行がお待ちです。こちらへどうぞ」
女性は部屋の外へと誘う。
「ようやっと屋敷の代行が登場のようじゃ。主人じゃないらしいがの」
クララは、その女性の後に付いていくのに戸惑い悩むが、ヤタという女性はすいすいとその女性に付いていく。仕方なくクララも彼女達の後を歩く。
廊下と無人の部屋しかなかった屋敷のはずなのに、廊下の奥に大きな扉ができており、その奥には広いフロアが存在していた。
そこにいたのは三体の上半身が女性、下半身が蛇のモンスターだった。蛇である下半身はうねうねと動き、上半身の女性はこちらの様子をみている。さらに周囲を見渡すと大小様々な蛇が広場を覆い尽くしていた。
「へ、ヘビ?」
「ラミアというモンスターじゃ。あまり目を見ない方がよいぞ。レベルが高くない者が見れば、魔眼に魅入られて取り込まれるぞ」
そう言われて、クララは気を引き締めて、ラミアの目を見ないように視線を逸らす。
「ようこそ、いらっしゃいました。贄の御二方」
「ここは我等が主であった魔女の屋敷だった場所、主無き今、我等が住処」
「汝等は贄、我等が餌」
三体のラミアはそれぞれの思いを口にし語り掛ける。
「あ、あなたが私達をここに閉じ込めたのね」
「そうとも言えますが、そうとも言えないですね」
「どういうことじゃ?」
「ここは以前、私どもの主である魔女と使い魔である母が住んでおりました。しかし、魔王と勇者の戦いの折、主人と母は行方不明になってしまいました。
私達は主人と母の帰りを待ちましたが一向に帰ってこず、さらにこのダンジョンへと迷宮の館ごと転移する始末」
「我等は困窮した」
「腹が減った」
「そこで私達は考えました。主である魔女の溜め込んだレアアイテムを餌にして冒険者を呼び込もうと。しかし、屈強な冒険者が大勢集まっては私どもとて勝ち目はありません。そこで魔女の入れ知恵をお借りしました」
「入れ知恵?」
「はい。人間種というものは、すぐに仲間同士で喧嘩をしたり、些細な出来事で殺し合いにまで発展するということです。中には冒険者パーティの中で男女間の問題やレアアイテムによる諍いがあった場合、嫌いな人間を罠に掛けて人知れず葬ろうと考える人間もいるとか・・・。そこで私達は魔女が残した呪術のチラシを人知れずばら撒き、自分達で餌を提供してもらおうと考えたわけです」
「そんな・・・」
このモンスターが言っていることが本当なら、クララを嵌めた人間がパーティの中にいるということになる。確かに『ハイ・D・レンジア』の中で、自分が仲間内で嫌われている要素があったのかもしれないが、いくらなんでも殺そうとするまで自分を殺そうとするだろうか?
「そんなの、ありえるはずないじゃない。信じられないわ。仲間が私を売るなんて」
「私達も魔女の呪術を無断で使用しているので、効能がどうとかはくわしく説明できませんが、それなりに効果はみられていますし。現にこうしてあなたがここに来ているわけですから」
「一応、誓約書ある」
ラミアの一体が呪いの誓約書らしきのを見せる。そこには、呪術印のようなものと山門クララの名前が用紙の上に記載されているのがわかる。その下に信じられない名前が連名で書かれていた。
「そんな・・・、嘘・・・」
そこに書かれていたのは、『ハイ・D・レンジア』のメンバー全員の名前だった。
「これが偽物と思っても構いませんし、時々いますが心をかき乱すための罠という人もいますし、とにかくあなたは私達の食料として、この迷宮の館に来て頂いたのですから、ここで私達の餌になってくださいね」
「なら、わっちも誰かに『いらない子』認定されたのかのう」
そう言ったのはヤタだ。
「いえ、あなたは鳥人間ですし、アルコールで肉が解れてとても美味しそうでしたので。こちらから来ていただきました」
「すごい美味しそう」
ラミア達が口から二つに分かれた舌を出して鳴らす。
「悪いが貴様の餌になる気はないがのう」
「それでいいと思います。新鮮な餌ほど抵抗し、美味しく頂けるというものですから」
「どうじゃろうのう、やってみないとわからんぞ」
その瞬間、ヤタという少女を覆うように日本の鎌倉武士のような甲冑を纏う。黒い翼が背中から生える。しかし、その姿もラミアや他の蛇の群れにとっては、美味しそうな餌にしか見えていなかった。
「ヤタ・ジ・ハイペリオン押して参る」
「この館の中ではお得意の風魔法は効力が低いですよ」
ラミアは丁寧にヤタに教える。余程自分達の実力に自信があるのだろう。
「では、お主も助太刀を頼みたいのだがのう」
ヤタはちらりとクララを見る。
「私は・・・」
戦う。その言葉が出てこない。仲間に捨てられたという喪失感、哀しみ。どんなに状況がわかっていても、メンタル面がついていかない。
どんな強者であっても、どんなにダンジョンに潜ってレベルを上げ実力を伸ばしたとしても、信じていた仲間はいなかったという絶望がクララの心を支配していく。
「おい!」
ヤタの言葉にクララはビクッと震わせる。
「お主にもダンジョンに潜る目的があるのじゃろ?ただ単に仲間と一緒に仲良し小好しをしたいだけか?冒険者同士の信頼がなければ、ダンジョンが潜れないとでもいうつもりか?仲間が作りたいのであれば、ダンジョンに潜らんでも探せば色々見つかるじゃろ。そうではなく、ダンジョンに潜って稼ぎたいから戦うのじゃろ。だったら今は本来の目的のために戦ってはどうじゃ」
ヤタの言う通りだった。自分には食わせなくてはいけない家族がいる。仲間を作りたいがためにダンジョンに潜っていたわけではないのだ。
「わかったわ。戦う」
口では言っているが、クララの心は空虚なままで、ラミア三体と大蛇の群れを戦うことになるのだった。




