52 カフェの過去
よろしくお願いします
うちこと、カフェ・ジ・ビターは、異世界にいた頃、魔王軍に世話になっていたことがあった。性格には魔王軍の四天王の一人である魔女にだが。
故郷であるダークエルフの里を捨て、旅をしていたうちだが、ヘマをして盗賊団に捕まっちまった。どうやら盗賊団の中に腕利きの魔法使いがいたようで、うちはまんまと罠に掛かり、魔法結界の中に閉じ込められたわけである。
「こんな別嬪のダークエルフ見たことねえ。エルフよりも美しいんじゃねえか?」
「奴隷商人に売る前にちょっと味見してもいいよな」
「おおお、いいねえ」
野卑な男共が、うちをいやらしい目で見る。ふん、やれるものならやってみろ。人間に襲われるぐらいなら、一人か二人を道連れにしてやる。
「まてまて」
盗賊達を止めたのは、魔法使いだった。
「なんだよ、ドルフさんよぉ。あんたのお陰でこいつを捕まえることができたが、だからといって、俺等を止める権利はあんたにはねえはずだが?」
ドルフという魔法使いにガン飛ばす盗賊達。こいつらにとって魔法使いは便利な雇われ人に過ぎないのだろうか。いや、ただ単に自分達の欲望の捌け口を止められたのが気にくわないだけか。
「そうではない。このダークエルフは希少価値がある。おそらく売れば五十億はくだるまい」
「ご、ごじゅう・・・?」
魔法使いの返答に言葉を失う盗賊達。
「それを自分達で傷つければ、価値は下がるだけだが、それでいいのか?奴隷商人に売らずに直接私の過去の知り合いの貴族に売れば、さらに値が上がるぞ。一生豪遊生活も夢じゃないぞ」
どうやら魔法使いの方が盗賊達の扱いに優れているようだ。数の上では盗賊達の方が上だが、実力と格では圧倒的に魔法使いが上だ。
「一生・・・」
「豪遊」
「生活?」
「そうだ。ここでダークエルフに手を出すよりも、美女を数人侍らせて暮らすのとどちらがいいと思う?」
盗賊達はない頭で考え込む。もともと地道に畑仕事をするよりも、刹那に遊んで暮らしたいがために奪う側にまわった連中だ。このまま盗賊をしていても、いずれは捕まり死罪になる未来よりも、うちを売って一生好き勝手生きるのと、どちらのリスクが少ないか、を。最初に頭が働いたのは頭目っぽい野郎だった。
「わかった。あんたの言う通りだ。このダークエルフは手をつけずに貴族に売っ払っちまおう」
他の盗賊達も同意する。彼等も人を襲いたくて襲っているわけではない。慎ましく暮らさず、派手に遊んで暮らせればそれでいいのだ。どうせ、うちを売ったところでこういう輩は、手にした大金で内輪もめになり、争いごとに発展するだろうがな。
ちっ、このままじゃほんとに奴隷として売られちまいそうだな。
この世界の奴隷は酷いものだ。使い捨ても同然だし、逆らわないように魔術の刻印が押されるものもいる。逆らえば刻印が発動し、あっさり死ぬか死にたくなるほどの痛みが襲ってくる。
ドルフと呼ばれた魔法使いが近づいてくる。こいつがいなければ、盗賊団の財産を掠め取ることができたのにと思うと、腹が立ってくる。今すぐぶっ殺したいが、魔法の結界に閉じ込められた以上、どうすることもできない。
「本来ダークエルフとエルフとの間には醜いエルフしか産まれないはずなのに、ここまで美しいダークエルフが誕生するとはな。しかも、この美しさ、私の手には余りすぎる。ここは手っ取り早く売った方が今後にとって良好というものだ」
「そうだな、お前の手どころか私以外の全ての者には手に余るだろう」
急に、だった。そいつは急に現われたのだ。黒い法衣を被った女が、ドルクの後ろに立っていた。
「お前は・・・!」
驚愕するドルフ。そのこいつもいきなり現われた女の存在に気付かなかったらしい。
「久し振りね、ドルク。魔術の才のないあなたがまだ魔法使い紛いのことをしていたのは驚きね」
「マーフェルシス。何故ここにいる?」
「知らなかった?あなたのことは忘れていたけれど、私の術中に一度嵌まった者は私の監視下に入るのよ。そして、あなたが珍しいダークエルフを手に入れたとわかってね。ちょっと寄ってみたってわけ」
そう言って、うちの方を見る。その美しい顔は仮面のように表情を変えず、まるで精巧な人形か仮面を被っているかのようだ。
「本当に珍しいダークエルフね。潜在的魔力も相当あるし、なにしろこの美しさがいいわ。そうだわ、ドルフ。古い知己として、このダークエルフ、私に無償でくれない?」
「なに?」
マーフェルシスのとんでもない要望に、ドルフは驚愕する。
「いいじゃない。あなたは私に恩も義理もないけど、古き知り合いなんだから、ちょっとくらい願いを聞いてくれても」
女はまるで道端に落ちていた小銭をくれと言っているかのように、ドルフに強請る。
「おいおい、姉ちゃんよ。こいつは俺達のねぐらに忍び込んだ泥棒だぜ。何勝手なこと言ってんだ」
「そうだそうだ、頭の言う通りだ。こいつを売れば一生暮らせる金が手に入るんだ。そう簡単に渡すか!」
女の存在に一歩遅れて気付いた盗賊団の連中が集まってくる。その数20、この辺りでは名の売れた盗賊団である。山賊紛いのことや強請や殺しまでする荒くれ者達だ。人間とはいえ、腕は立つ。それぞれの得物を手に女を取り囲む。
「大体いつの間に俺達のアジトに侵入したんだ?勝手に入り込んだ以上、それなりのもんを払ってもらわねえとな」
「お、おい・・・」
ドルフはなにかを言おうとしたようだが、そこで止まってしまう。
「それはすまなかった」
女は盗賊団の方を振り向く。盗賊団の面々は仮面のような顔にたじろぐ。皆その異様な気配に臆した様子だった。
「では対価を支払おう。お前達の死でどうだろうか?」
「なん・・・わかった」
「おう、いいぜ」
「わかった」
死ねと言われているのに、まるでそれが正当な報酬といわんばかりに、盗賊達は頷き合う。
「でも、私は血を見るのが嫌だから、私の見えないところで殺し合ってね。なに、お釣りはいらないわ。全員死ぬまででいいから。最後の1人まで生き残ったら自殺してね」
「おう、わかった。気前がいいな」
盗賊団の面々は、ぞろぞろと消えていき、しばらくして阿鼻叫喚が聞こえてくる。おそらく殺し合っているのだろう。最後の一人が死ぬまで。
うちはそのやり取りを見ていたが、盗賊団の連中の表情や動きが変わった様子はみられなかった。ただただなんの不自然な様子も見せず、女の理不尽な対価に従ったのだ。
「さて、ドルフはどうする?」
「わかった。このダークエルフを渡そう。だから助けてくれ」
うちよりも自分の命を取ることを決意したようだ。すぐさまうちを封じていた結界を解く。
「そう、ありがと。じゃあ、あの盗賊達に混じって魔法を使わずに素手で殺し合ってきていいわよ。生き残れたら助けてあげる」
「ああ、そうする。ありがとう」
そう言って、ドルフは消えていった。
「さて、次はあなたね」
うちの方に再び向く。どうやって盗賊団やドルフを操ったのかわからねえが、うちがやることはただ一つ、うちに手を出すなら痛い目を見させるだけだ。
「私は魔女マーフェルシスよ。よろしくね」
彼女は初めて自分から名を名乗る。無表情の顔に感情はみられない。
やはり魔女か。
魔女。魔法使いはまだ人ではあるが、魔女や魔術師は、すでに人間種ではない。魔力に魅入られ、人間を捨てた存在だ。人の姿をしているが、魔導以外の人としての記憶を憶えているのは少数だとか。まあ、これって飲み屋で話している魔法使いの連中の話しに聞き耳立ててただけだから、本当かどうかは知らんし、どうでもよかった。うちを手に入れたいのなら、それなりの代償を喰らわせてやる。
「あら、あなた・・・。さすがね。本当に気に入ったわ」
「?」
「あなた、名前は?」
「うちの名前は――――だ」
「そう、良い名前ね。あなた私の弟子にならない?」
「弟子?うちに魔女にでもなれってか?」
「あなた、かなりの魔力を持っているし、ダークエルフだから長命だし、魔法が使えるととても便利だと思うわ」
うちは考える。こいつは胡散臭い。ドブネズミのような臭いがプンプンしやがる。しかし、魔法は魅力的だった。なにしろ、魔法が使えるとなにかと便利だからな。人間が住んでいるところには、魔法を教える学校というものがあるみたいだが、うちの周りには魔法を教えてくれる所はない。こいつがドルフや盗賊団に使ったのも、魔術の類いだろう。あれを使えるのは面白そうだが、ああいう風にクソ野郎共とはいえ、人の命を扱う方法は気に喰わねえ。やるんだったら、自分の手でやらねえとな。
「いいぜ」
うちはあっさりと了承する。こいつはいけ好かねえが、魔法には興味がある。嫌ならトンズラすればいいだけだしな。
「よかったわ。改めて自己紹介するわね。私の名前はマーフェルシス。私は今魔王軍で将軍をしているの。よろしくね」
「魔王軍?」
「そうよ。というわけで、あなたは魔王軍の配下ということになるわね」
あれ、選択間違えたか?
というわけで、なにがというわけなんだかしらねえが、うちは魔王軍の将軍、要するに四天王の一人である魔女マーフェルシスの弟子になることになった。やることは、弟子として魔術を教わることに加え、世間の知識と教養、それに剣術だな。そして側近として護衛をすることが仕事だ。
魔王にも会った。魔王と名乗るだけあって、かなり強そうだった。
なんでも、彼女は魔王の魔術の師匠だったらしい。だけども弟子である魔王に追い抜かれ、隠遁していたところに魔王に勧誘されたのだとか。こいつよりも強い奴がいるなんて、世の中は面白い奴がいるもんだ。
結果だけいうなら、十数年後うちはばっくれた。
魔女マーシルフェスの企みを知ったうちは、すぐさま荷物を纏めて彼女の居城から逃げた。恐れたわけではない。ここでやり合っても割に合わないと感じたからだ。それによって、うちは魔王軍に追われることとなるが、数日後、魔王軍と勇者率いる人間軍が最終決戦となり、難を逃れた。その中にパフェ・ジ・スィートの奴も勇者軍の中枢にいて、魔王軍と戦っていたらしい。
もし、魔王軍にいたら戦っていたかもしれないと考えると、もう少しばっくれるのを遅らせてもよかったかもしれない。
そして今、うちはふざけたダンジョンでパフェと共に異世界に飛ばされ、異世界の召喚士である乙橘勇大と共にB級ダンジョン十五階層で、コボルトの群れから逃げているのだった。




