34 ゴブリンの恩返し
よろしくお願いします
僕は剣を収めてゴブリンに向き合う。ゴブリンの方はというと、尻餅をついたまま動こうとしない。
「ギャッギャアギャ(大丈夫か?)」
僕の拙いゴブリンの言葉に反応を示す。ゴブリンにゴブリン語なんてものはない。当たり前の話しだが、ゴブリンに言葉を教える学校はないし、文字もない。親から子へ教えることもない、あるのは三大欲求である食欲、性欲、睡眠欲を満たすことだけだ。でも、このB級ダンジョンに生息しているゴブリンは、集団で生活することを強いられており、拙いながらもコミュニケーションをとらなければ生きていけない状況となっている。彼等は異世界の人間達の行動を真似て、必要な言葉のみを会得しているのだ。
僕はカフェに合図して、代わりにカフェがゴブリンの前に出る。彼女はゴブリンの言葉でこう言った。
「てめえらの親玉に会わせろ」と。
ダークエルフのカフェ・ジ・ビターは、一度異世界の人間に捕まり奴隷として売られ、魔女に買われた過去があると以前話してくれたことがある。あまり自分の過去を話したがらない彼女が珍しく酒に酔いながら語ってくれた。その際、魔女に魔術を教わったのだという。彼女は魔女から逃げ出すために必死になって魔術を教わり、その内の一つが魔眼だった。彼女の魔眼は、下級モンスターを服従させることができる。黒眼から歪な紋様が浮かぶ紫へと変化した彼女の瞳を見たモンスターは、彼女を主だと書き換えられる。
今回はそれを使わずに、闇の眷属であるダークエルフとしてゴブリンとの接触に役に立ってもらうことにした。理由としては、彼女が今回の依頼に意欲がなかったことだ。
ゴブリンに連れられて、雑木林を抜けて大きな洞窟へと辿り着く。洞窟の奥は瘴気に満ちており、レベルの低い冒険者は正気を失ってしまうだろう。一番奥まで来ると、広い空間があり、少し錆び付いているが高価そうな台座に普通のゴブリンよりも大きく、筋骨隆々で体格の良いゴブリンがいた。このゴブリンこそ、この辺りのゴブリン軍団を率いるボスゴブリンだろう。
「貴様が、あのスネークドッグを倒したのか」
ボスゴブリンは僕達に問う。ちなみにゴブリンが使う言葉は拙くたどたどしいため、わかりやすく翻訳してみた。
「ああ」
今の僕は全身に黒の甲冑を纏い、顔もフルフェイスの冑でわからないようにしてある。アンティアの妖花の花粉で闇の魔力を覆い、誰が見ても、今の僕は闇の眷属に見えるだろう。
「救われたゴブリンによると、一人でスネークドッグ三匹を倒したそうだな」
ボスゴブリンによると、あのスネークドッグは時々ゴブリンの集落に現われては、ゴブリン達を襲っていたのだという。ゴブリン達が群れで戦ってもスネークドッグ一匹に歯が立たず困っていた所に僕達が現われて退治したのだとか。仲間を救ってくれたことに対する礼はなかった。ゴブリン達にしてみれば、ゴブリン一体が助かろうとどうでもよいように感じた。
「今日はスネークドッグの肉が食える。嬉しい、礼を言う」
「実は話しがあってここに来た」
「なんだ?」
「数週間前に人間を襲っただろう」
「ああ、襲った」
ボスゴブリンは疑うことなく頷いた。
「その人間達はどうした?」
「喰った。が、まだ食べていない奴等もいる」
「本当か」
これは驚いた。まだ生きている冒険者がいるとは。
「何故そんなことを聞く?」
「人間に頼まれた。死んだ証拠、もしくは生きているなら助け出してほしい、と」
ボスゴブリンの周りにいたゴブリンがざわりと騒ぎ出す。そして敵意を僕に向ける。彼等はこう思ったのだろう、僕等を人間の手の者か、と。だが、ボスゴブリンは違った。
「なるほど、人間達によくある人質救出だな。なぜか人間は仲間が生きているか安否を気にするからな。よくわからん性質を持っているのを俺は知っている」
「人間に詳しいんだな」
「ふん。俺は昔人間の使い魔をしていたことがある。そこで覚えた。お前達もそうだろう?どうせ人間の使い魔として、人質の生死を確認してこいと言われたんだろう」
「し、しかし、ボス」
「ん?」
ここで周りの手下ゴブリンがボスゴブリンに話しかける。
「こいつらは人間に頼まれて俺達を襲うんじゃねえですかい?もしくは人間特有の復讐とやらで、集落を襲うための前準備で俺達の居場所を知るために使わしたとも考えられますぜ」
「ふんっ」
手下ゴブリンの進言をボスゴブリンは鼻で否定する。
「あのスネークゴブリンを倒した連中を使い魔にしている人間だぞ。それならすでに俺達は滅ぼされている。そうしないのは、俺達と敵対する意思はないってことだ」
「は、はあ」
「人間とはそういう生き物だ。俺達のように賢く生きていない。襲うにしろ奪うにしろ理由がないと動かない生き物だ」
まだ納得していない手下ゴブリンだったが、これ以上言うとボスゴブリンの機嫌を失いかねないので、静かに引き下がる。
「さて、人質を助けるには、力尽くか交換かになるわけだが」
「もちろん交換だ」
「そうだろうな」
「ちなみに何人生きている?」
「八人だ。食料は大事だからな、保存して大事に食べないといけない」
八人か。けっこう多いな。
「で、お前達はなにと交換する?」
話してみてわかったことがある。このボスゴブリンは人間の使い魔をしていたこともあり、人間の真似をするのが好きなのだろう。人間を保存して食べることも、人質として交換することも人間の世界で覚え、使ってみたいと思っていたに違いない。
「それはこれだ」
僕はギルドから借りた普段使っているのよりも、二回り大きいマジカル収納風呂敷を取り出して広げる。こういうのは国や日本ダンジョン協会のお抱えの魔法使いが作ったアイテムの一つであり、大きさによっては普通の冒険者には買えない値段となっている。僕が持っているマジカル風呂敷も大きいが、これはかなり大きい。
そのマジカル風呂敷から牛が三頭と樽が二樽出てくる。ギルドに頼んで用意してもらったものだ。
おおおおおおっと、ゴブリン達が騒ぎ出す。
「う、牛だ!」
「牛うまい!人間より美味しい!」
「人間、細くて固い、身も少ない、牛多い!」
ボスゴブリンは他のゴブリンとは違う物を見ていた。
「これは、さ、酒か!」
「そうだ」
二樽を見て目を見開くボスゴブリン。口から涎が垂れている。
「ボス?」
「人間の使い魔をしている時に飲ませて貰ったことがある。美味しい飲み物だ。使い魔をしていた頃は嫌な思い出しかなかったが、これは良い思い出の一つだ」
酒は食べ物を発酵させて醸造しないといけない飲み物である。真似ることはできても、造るという概念がないゴブリンには無理な飲み物であるといえる。ダンジョンの奥深くには酒でできた泉もあるらしいが、ゴブリンが目にすることはないだろう。
「これで足りるか?」
「ああ、もちろんだ。酒うれしい!」
思ったよりというか、ゴブリンだから当たり前なのだが思考が単純にできていた。こうして僕達は、物々交換で人質を救うことができた。だが、その中には千田シンジはいないだろうと思う。そこまで都合はよくないだろう。
と、思っていたのに彼、千田シンジは八人の生存者の中に含まれていた。信じられないことだが驚きの出来事だった。政治家の息子という話しだし、さぞ先祖に徳を積んだ者がいたのかもしれない。
千田シンジを含む八人は、運良く五体満足で裸にされて縛られていた。なにか食べさせられていたようで痩せ細ってはおらず、ずっと拘束されていたため動きは鈍かったが、牢屋から出されて、人質交換で助けられたと知ると、大声を上げて喜んだ。ただし、その中にギガギンの姿はいなかった。
「こういう人間はいなかったか」
僕がギガギンの特徴を伝えると、いた、と一体のゴブリンが応える。
「いた。だが喰った。ボスゴブリンが言うには、人間の世界では仲間を置いて逃げるのは卑怯者だから、一番に生きたまま喰うべきと言っていた」
「そうか」
まあ、ギガギンに思い入れはないが、同じ人間だし同情しても悪くないだろう。
遺品回収だけでなく、人質救出ともなった僕達の仕事は無事終了することとなった。
今回カフェやアンティアにアマテの出番はなかったように思えるが、もしゴブリンとの話し合いが失敗に終わったらカフェの出番だし、アンティアのおかげで人間の臭いを消すことができた。アマテの索敵能力も必要になったかもしれないし、逆にこの三人の出番がなくて良かったともいえる。上手くいきすぎて調子に乗らないように気をつけよう。知らず知らずにポジティブに為りすぎて脇が甘くなることはよくあることだ。
後日談として、僕は三日間寝込みました。
ゴブリンとはいえ、会話だけで物事を解決するのは正直疲れてしまい、家に着いた途端に熱を出してしまった。やっぱり交渉人とかやっている人は凄いね。神経がすり切れないのかと思ってしまう。
千田シンジは無事親元に送り届けられた。相当精神にきたらしく入院を余儀なくされたが、すっかり毒気が抜けたらしく、復学しつつ、その後は父親の議員秘書として働くこととなったらしい。
千田議員も今回息子が戻ってきたことと、反省して自分の言うことを聞くようになったとのことで大変喜んでいるらしいが、僕としてはあんな目にあった千田シンジがまともに更生したとはちょっと思えないので、少し不安要素はあるものの、僕にはどうすることもできないから心の片隅に仕舞うしかなかった。
次回投稿は4月4日23時頃です




