12 ハイエルフ
よろしくお願いします
12 ハイエルフ
冒険者ギルド『エウメニデス』の社長、津上正愛はなにを見せられているのかわからなかった。今彼の目の前にはハイエルフとダークエルフのキックボクシングの試合が始まろうとしていた。
ハイエルフは長い手足に均整のとれた、黄金比そのもののスタイルをしており、黄金の髪と瞳に人間に造り出せることのできない美貌を要していた。対してダークエルフは容貌、スタイルともにハイエルフに劣ってはいないが、茶色の肌に銀の髪の下にある漆黒の瞳は獰猛そのものである。
二人はグローブ、レッグガード、股間プロテクター、ヘッドガードといった完全な装備をしてリングに上がり、シャドーボクシングを行い、始まりの合図を待つ。
その間、津上は何故こうなったのかを思い出していた。
津上が乙橘勇大からエルフを仲間にしたと聞いたのは二週間前のことだ。
エルフはダンジョンにおいて貴重種だ。ダンジョンがこの地球に発生して、初めて人類とコミュニケーションがとれた存在が亜人のエルフだったのである。
初めて遭遇したのはアメリカだった。米軍のダンジョン調査部隊であるジェイムズ・マクドナル二等兵は、十五年前、部隊がダンジョンモンスターによって壊滅し、一人ダンジョンを彷徨うことになった。食料も少なくなり自分がどこにいるかもわからない状況の中で、彼はいつ襲ってくるかもわからないモンスターの影に怯え、死を覚悟し両親と兄弟、そして婚約者に別れの遺書をメモ帳にしたためていると、そこにエルフが現われたのだった。
エルフは彼を介抱し、治癒魔法を施した。ジェイムズはなんとかコミュニケーションをとろうとした。運が良かったのは、彼は日本のアニメと漫画が大好きで、エルフに対して恐れはなく、ただただアニメや漫画を読んでは、エルフと一度はコンタクトしてみたいと願っていたのである。エルフもそんな彼だからこそ助けようとしたのだった。とはいえ、外の人間はジェイムズと違い、警戒心と敵愾心、差別意識が高いことをジェイムズは知っていた。
彼はエルフからダンジョンについて色々と聞き込むことができた。もちろん、彼はエルフ語を知っているわけではない。しかし、日本の漫画を読むのに英訳してあると意味合いが違っていることと、字幕ではなく声優の言葉で理解したいという欲求のために、死ぬ気で日本語を勉強した彼である。エルフ語を死ぬ気で理解しようとし、短期間の間で、カタコトで喋れるようになることができた。特にエルフから得た知識の中でレベルステータスと魔法、魔術は、ダンジョンにおいての知識を根底から覆すものだった。彼はエルフの助力により、地上に戻ることができ、エルフの存在と、彼等と手を組むことにより、ダンジョンの叡智を授かることができることを伝え、人類とエルフ種との橋渡しになることを心に誓ったのだった。もちろん、彼等を国の傘下に置き、独占し地位を人類の下に置こうとする輩もいたが、ジェイムズは真っ向から対決し、その人生を掛けてエルフ種の地位が対等な存在になるよう、今も戦っているのである。その後、日本でもエルフ種が発見され、対等の存在として扱うと契約したのだった。
エルフは人類にダンジョンの知識と魔法を教えた。ジョブの方法や試練の間を教えたのも彼等である。魔法使いのジョブを与えられた冒険者は、エルフの知識と訓練により魔法を使うことができるようになった。特に魔石や魔宝石、魔光石のエネルギーの転用知識は、石油や原子力に代わる第三のエネルギーとして、人類に大きな力となっている。そのため、ダンジョンにあると言われているエルフの里を知っているのは政府機関の極一部であり、ダンジョンでエルフを発見した場合、すぐに日本ダンジョン協会に報告しなければならないのだった。
津上は急いで日本ダンジョン協会に報告し、政府が抱えているエルフとダンジョン省役員に会うこととなった。
モンスターはダンジョンの外に出ることはできない。ある種を除いて。このことはエルフにおいても例外ではない。エルフもまたダンジョンから外に出ることはできない。しかし、魔術を用いてダンジョンからダンジョンに移る術をエルフは知っていた。
津上と乙橘は、ビッグワイドダンジョン『オリン』にある日本ダンジョン協会オリン支部へと足を向けた。そこで案内人によって一部の政府関係者しか入れない特別客室へと通される。
「緊張しますね」
「ああ」
さすがに、あの乙橘勇大も緊張の色が隠せないようだ。そういう自分はどうだろうと津上は自分の顔を鏡で見たくなった。おそらく青白く今にも吐きそうな表情になっているに違いない。こんなにも緊張したのは、A級ダンジョンのラスボスのいる扉の前に立ったくらいではないだろうか。
室内で待たされて三十分後、テレビで見たことのある大臣と日本ダンジョン協会会長と男のエルフが入ってきた。
「君が召喚士である乙橘勇大か」
流暢な日本語でエルフは喋る。外国の映画俳優やモデルでも見られない美男子だ。
「はい」
「では君に封印されている仲間を召喚してもらおうか」
「はい。出でよ、ハイエルフ!」
乙橘は召喚カードを出し、エルフを召喚させる。そこに顕われたのは、黄金の髪と瞳、ピンとした長耳の絶世の美少女と呼んで間違いない類い希な少女だった。サッキュバスのリリカもそうだが、ダンジョンの美女は人間の想像を遙かに超えている。ちなみにリリカは、今やエウメニデスの看板シンガーとしてダンジョンの舞台で歌っている。その認知度は、ダンジョンのみならず地上波のテレビにも放送されており、ヨーロッパやアメリカからも彼女の出演依頼が来ている。それほどまでの美声と美貌である。それに負けないこのエルフの少女の出現は、津上の美的感覚を狂わせるものであった。
おおお・・・。日本ダンジョン協会の会長や大臣もその美しさへの声が漏れる。
「人間は相手に名乗って貰う際、自分から先に名乗るものらしいな。我はオンレミ族のアラフというものだ。あなたの名前を教えて頂こう」
エルフ少女は一度乙橘を見て、彼がうなずくとアラフと名乗るエルフに顔を向ける。
「私はローデウス族のハイエルフよ。今はパフェ・ジ・スィートと名乗っているわ」
「ローデウス・・・、まさか、あのローデウス族か」
アラフは感嘆の意を示す。
「知っているのですか、ローデウス族を」
「ええ。こことは異なる世界、我々の故郷ですが、二千年前の大戦まで存在したエルフの王国です。今は崩壊し、エルフはそれぞれの部族がまとめる里に分かれていますが、ローデウスのエルフ王国こそ、全てのエルフを一つに纏めていた大国でした」
「なんと」
大臣が声を上げる。
「そして、あなたには見覚えがある。そう、あれは五百年前、ローデウスの女王のドレスに隠れる小さき子供、ローデウスの姫君ですね」
「なんだと」
「それはすごい」
大臣と協会会長がそれぞれの声を上げる。
「元姫様よ。元よ、元!元女王の娘の元姫!今のあたしはこの勇大と一緒にダンジョンに潜っているハイエルフのパフェよ」
ふんっと鼻を鳴らすハイエルフの少女。その態度はとても元姫君には見えない。
「アラフ殿、ハイエルフとは?普通のエルフとは違うのですか」
大臣が質問する。たしかダンジョン省の大臣だったか。
「はい。ハイエルフはエルフ種の中でも稀少種で高貴なる存在といえるでしょう。おそらく、この世界で姿を現しているのは彼女一人だけでしょうね」
「おお、すごい!」
すごいしか言わないな、この大臣は。とはいえ、正直自分も驚いてしまっているが。
「ではすぐに我が国のお抱えとして・・・」
「い、や、よ」
「え?」
「嫌と言ったのよ。あたしは勇大と一緒に冒険者として生きていくことに決めたのよ。その方が楽しいから」
「それはあなたがカードに封印され、彼に尽くすようにされているからではないですか」
そう言ったのは、日本ダンジョン協会会長だ。協会の会長ともあれば、召喚士のことも知識に入っているようだ。
召喚士によってカードに封印されたモンスターは、召喚士に従順になる。悪く言えば洗脳されているともいえる。彼等は召喚士に命令されれば、同族とも戦うことができる。
「違うわ。そうじゃないのは、あなたが一番知っているわよね、アラフ」
パフェはアラフを見る。つられてダンジョン協会会長もアラフを見る。
「どういうことですか、アラフさん」
「彼女はカードによる洗脳されていません。彼女は自分の意思でここに立っています。おそらく、この召喚士は自分でサマナーカードを弄って洗脳を解いているのでしょう」
「な、なんだと」
皆が一斉に乙橘勇大を見る。
「いや、まあ、はい」
偉い立場の大人に囲まれることなど十代の若者にはきつすぎるだろうな、と思う。
「どうしてだね。どうしてカードの洗脳を解いたのだね、危険ではないか」
「いや、彼女は話しがわかるエルフですし、僕は彼女を信じていますし、仲間ですから」
「仲間・・・、冒険者の絆とやらか」
日本ダンジョン協会会長は腕を組む。
「会長?」
「近頃冒険者の間で流行っている言葉ですよ。ダンジョンの下層は危険そのものだ。我々では足の踏み入ることができない未踏の場所だ。津上正愛くん、ダンジョンの英雄と言われた君ならわかるだろう」
「はい」
急に自分にふられたので驚いたが、会長の言葉はわかる。冒険者同士の絆、ダンジョンを攻略にもっとも大事なことである。
「ダンジョンに入るならば信頼関係が第一だ。背中を預けられる相手がな。だからこそ、この乙橘君もこのハイエルフを信頼しており、その仲間に対して洗脳を解いているのでしょう。とはいえ、亜人である彼女と信頼関係を築くなど並大抵のことではないはずだ」
「うむむ、しかしハイエルフを危険な冒険者にしてしまっていいものだろうか。彼女がエルフ王国の元姫君なら、彼女を使ってエルフ種との外交が容易くなるのではないか」
「それはそうでしょうね。今は部族に分かれて小さなコミュニティーと化しているエルフ族ですが、彼女が一声上げれば半数のエルフ部族が応じる可能性があります」
「なら・・・!」
「しかし、彼女が決めたことです。大臣、我々エルフを対等に扱ってくれるなら、彼女の意思を汲むことも対応の契約の一つではないですか」
「う、うむ」
納得できていない様子を見せる大臣。今の彼は国会議事堂に戻り、総理大臣を含む他官僚にどうやってこのことを説明するかと考えているのではないかだろうか。
「あの」
おそるおそる手を上げる乙橘勇大。若干腰が引けている。
「なんだね、乙橘くん」
「実はもう一人、エルフがいましてね」
「「なんだと!」」
大臣と会長が驚きの声を上げる。いったい何度目だろうか。
次回投稿は3月10日23時頃です




