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一話完結の短篇集

交換日記

作者: 雨霧樹

 多分、私は人との交流に飢えている。

 

――交換日記、ノートの表紙に黒ペンを使って大きく書いた文字に装飾を施しながら、そんなことを考えていた。


 今まで学校に通った8年間で、これは楽しいなって思えることは全然なかった。勉強は自分でどれだけ努力をしたとしても良い点数にはならないし、掃除の時間になれば、周りの人間に後片付けを押し付けられる。周りの様にキラキラとした青春なんて、私の中には存在していなかった。


だから、これを考え付いたのは単純、ノートを切らしたと思い、わざわざお小遣いを使って買ったのに、既に家に全く同じ柄のノートが埃を被っておいてあったからだ。使うときまで家に片方を置いてけばいいと、そう頭を一瞬よぎったが、買ってしまったことが無駄になったという事実は変わらない。なら、何かに浪費しても変わらないだろう。

 

「ここでいいかな」

 ノートを置く場所を探すため、校舎を徘徊して10分。なんとか場所を決めることが出来た。

ここはゴミを捨てるときだけに来る場所、そこに置いてある廃棄待ちといって私が通い始めてからずっと放置されている錆びだらけの棚の中にした。もしかしたら、ここに訪れる人が書くものを用意してないかもしれないから、適当に拾った消しゴムと鉛筆を近くに置いておく。


『はじめまして、Aって言います。学校が寂しかったので、この日記を見た人は、今日起きた事とか書いてほしいです。』

 

 震える手で、始めに書いた内容は驚くほど薄っぺらかった。多分読書感想文でこれを提出したら、間違いなく評価は最低だろう。けど、この内容の薄さが、逆にハードルを下げてくれるんじゃないかと期待した。――決して、私に文章を書く才能が無いってことじゃない、そう信じることにした。



 その日以降、私は簡単に学校に行く楽しみを見つけることができた。たとえ体育の時間で、大縄跳びに引っ掛かって、周りに白い眼で見られたとしても、数学の時間で先生に指された問題を間違えたとしても、掃除を班の全員から押し付けられたとしても、全てが気にならなくなっていた。

 こんな簡単に、自分の世界を変えられると知れて嬉しかった。


 今まで、ただの押し付けられた結果だった掃除は、自ら積極的に引き受けるようになった。全ては、あの日記に書き込みが無いかを調べる為に。

 けれど、周りの評価は違っていた。毎日の様に掃除をしているのを見つけた、学校の美化委員会はいつのまにか私のことを特例スカウトと言って、委員会に招き入れてくれていた。

――君の美化意識は素晴らしい! 

そんな風に褒めてくれていた気がするけれど、私にはすごくどうでも良い。

「あ、ありがとうございます……」

 だが、今まで川の流れには逆らわず生きていた自分に、そんなことを言える度胸なんてなく、ただ恐縮にしながら笑うことしかできなかった。せめて自分勝手な理由なんです、くらいは言えなきゃ駄目なのかもしれない。

 ただ、その美化委員会は仕事をしてくれていた。どうやら美化意識が素晴らしくとも、毎日一人で掃除をさせているという現状はおかしいと担任に通報をしたらしい、いつの間にか帰りの会で先生がさぼっていた人に向けて注意をし、掃除をするようにと怒った。

 

 そうして、私の環境は大きく変わった。一緒に掃除をし助け合うことのできるクラスメートがいて、放課後には委員会の人たちと下らない話をしながら帰る。いつのまにか、私が憧れていたものが手に入っていた。


 気が付けば、私は交換日記のことなどすっかり忘れていた。

 そのことに気が付いたのは、久しぶりにゴミを出すため、その場所に訪れた時だった。最初の内こそ周りの人たちが、今までの罪滅ぼしのために買って出てくれたのだが、いつの間にか私にも放課後の仕事が忙しくなり、訪れていなかったのだ。

「そういえば…… ここらへんに……」

 棚の中に仕舞ってあったノートを引っ張り出す。最初のページをめくって、そこには文字が書かれていた。

 

『私も一人なんです、よければお話しませんか? 1-2組のYより』

『よければ私も混ぜてください! 趣味は―― X子より』

『俺も暇なので偶に書き込みます 受験生のC郎より』

 

 多種多様に書き込まれた文章は、好きな人ができた、美味しい給食を食べた。日常の下らない悩みという青春が詰め込まれていた。

 しかし、最後に掛かれていた書き込みの末尾に示されていた日付は、既に1年は過ぎていた。始めた者として、何かしらの幕引きをしなければならないだろう。

 そして、私は覚悟を決めて、鉛筆を握りしめる。


 その手には、震えは無かった。


『返事遅れてごめんなさい。もし悩みがあった人がいるなら、美化委員会までお越しください。 日記の発起人、美化委員長より。』

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