奇妙な果実に、黒き花を
ローラが聖都に来て、3年の月日が流れた。
ローラの人気は高まり続け、陰ることなどないと、誰もが考えていた。
18歳のローラはその美しさに磨きがかかっており、もはや存在自体がチートじみていた。
そんなローラが住む邸宅でパーティーを開催すれば、有力者から一般人まで驚くほど幅広く人々が集まってくる。
そうしてローラを通して、色々な関係性が生まれていた。
そのパーティーに参加していた劇作家は、ローラに声を掛ける。
「やぁ、相変わらず賑やかなパーティーだね」
「ありがとう」
ローラは珍しく素直に礼を言う。
その劇作家はローラにとって、戦友と呼ぶべき相手だった。
それは、初めて舞台に立った時からの付き合いでもある。
「こんな時に言うのも、あれなんだが……ちょっと、相談に乗ってくれないかな?」
「えぇ。構わないわ」
ローラは快く引き受ける。
元々、相談はかなりされる方だ。
ローラ自身にもよく分からないが、何故か上手く解決するらしい。
だから、今回も気楽に引き受ける。
もっとも、ローラにしてみれば解決しない場合でも、全く罪悪感なんて無かったが。
そして二人は、人が来ない部屋に入っていく。
二人っきりになって、劇作家の方が話を切り出した。
「相談というのは、僕の妻の事なんだ。知ってると思うが、僕には妻と子供がいてね、まぁ、僕が言うのもなんだけど、可愛いよ。妻も子供もね」
相談なのか惚気なのか判断出来なかったが、とりあえずローラは黙って聞いていた。
「その妻が、以前から僕の浮気を疑っていてね。もちろん、僕は浮気なんてしていない。だから、妻にそれを理解してもらう為に、それこそ何でもしたさ」
ローラは耳を傾ける。
「それなのに、その疑いは晴れるどころか、ドンドン酷くなってきたんだ。仕事と家庭だけの僕に、そもそも浮気する時間なんてないのに。それでも、妻は仕事中に浮気してると思っているんだ」
実に面倒臭い話になってきた。
ローラは、こんな事なら酒を持ってくるべきだったと思う。
「ねぇ……それ、相談相手を間違えてないかしら?」
ローラの生き方は、劇作家も知ってる筈だ。
そもそも、ローラは相手が誰でも熱愛するのだ。
それこそ、相手が既婚者だとしても。
「いや。この相談はローラにしか出来ないんだ」
劇作家は答える。真剣な面持ちで。
「なぜ……?」
「妻が僕の浮気相手だと思っているのが、ローラだからだよ」
それを聞いたローラは、心中「やっぱりか」と呟く。
当たり前だが、ローラを好きになる人が、必ずしもローラと恋人になるとは限らない。
学生時代にあったケースで、1番多いのがこれだ。ローラを好きな男の子が、ローラにフラれる。そして、その男の子のことが好きな女の子に、何故かローラが恨まれた。
ローラにしてみれば、意味が分からない。
男の子を食べて恨まれるなら理解出来る。だから交際しなくても恨まれるならと、片っ端から男の子を食べたローラである。
もちろん、どちらにしても恨まれたが。その結果、早々に気にするのをやめていた。
「それ、どうせ私が弁明に行っても悪化するわよ」
「だろうね。だから、相談しているんだ」
ローラは深くため息をつく。
そして、劇作家と視線を合わせると、はっきりと言う。
「どちらか選びなさい。仕事か、それとも家庭か」
劇作家に二択を突きつける。
「この仕事は、僕の夢なんだ」
「関係ないわ」
ローラは劇作家を突き離すように、断言する。
結局のところ、既に壊れているのだ。
壊れた関係を修復させるのは、並大抵の事では出来ない。
「もし、ローラが僕の立場なら……どちらを選ぶんだい?」
「決まってるわ。自分の夢よ」
迷わずローラは答える。
その答えを劇作家は嬉しそうに聞いていた。そして、ローラに「ありがとう」とお礼を言うと、部屋から出て行く。
そんな相談があった後日、ローラの元に1通の手紙が届けられた。
劇作家からお礼を渡したいという内容だったが、わざわざプレゼントを渡す場所と日時が指定されていた。
場所はローラが昔オーディションを受けた、小さな劇場。
ローラはそこに、指定された日時に行く。
劇場は内装工事予定で、既に営業していなかった。
無人の劇場に入ると、ステージの上に『奇妙な果実』がなっていた。
ローラは慌てて、その果実に駆け寄る。
そして、もう手遅れだと知る。
その瞬間、ローラの瞳からは、ボロボロと大粒の涙が零れ落ちた。
「あなた……バカよ……」
涙と共に、言葉が溢れてきた。
ステージの上には、1冊の本があった。
本のタイトルには『ローラ』とだけ書いてある。
ローラは涙を抑えると、ゆっくりとその本を読み始めた。
本の内容は、ローラのこれまでの人生を独白のように書いてある。
学生時代の事、聖都までの道程での出来事、そして、聖都に来てからの栄光とも言える日々。
それを彩る、スキャンダラスでドラマチックな数多の男性達との恋。
そして、1人の男性との運命的な出逢い。
始めはお互いを全く意識していないのに、自然と意識し始める過程。
その男性が敬虔な信者で、それ故に苦悩する様子。
それがこと細かく描写されていた。
物語の転機となったのは、そのヒロインが教会に認められた時だった。
2人の間で最大の障害だった教会。
それが取り除かれた時、2人には明るい未来が約束された。
そうして、2人は周囲から祝福されながら結ばれる。
そんなハッピーエンドだった。
その後、ヒーローが劇作家になり、この物語を書いた。
そういう、落ちだ。
本を読み終えると、ローラはタバコに火をつける。
そして、そのまま無言で本にも火をつける。
赤く揺らめく炎。
熱く顔を照らすあかり。
それは、ローラが流した涙の跡を、優しく乾かしていく。
本は燃えその形状を黒く変えながら散っていく様は、まるで真っ黒な花のようだった。
ローラはその花を献花する。
ステージにある『奇妙な果実』に。
「面白かったわ……」
そう言って、劇場から出ていった。
そして、この日を境にローラの姿は消えた。