それは生まれつき
連日超満員の舞台が当たり前になった頃だ。
舞台を終えたローラは、自身専用の楽屋にいた。そこに、ローラの付き人である女性が入ってきた。
何時ものように、ファンからのプレゼントで埋まりそうな楽屋。
その中で、付き人は気になる物を発見する。
それは4つの箱。中にはファンレターらしきものが入っていたが、それぞれの箱で中身の量が違う。
「ローラさん。どうしてファンレターを分けているんですか?」
気になった付き人が、ローラに尋ねる。
「せっかくだから、種類毎に分けたの」
そう答えるも、付き人には意味が分からない。ファンレターの種類とは何か尋ねると、右手から順にラブレター、ポエム、呪文、近況報告と答える。
付き人はさらに混乱した。
分類がおかしいと。
とはいえ、付き人も女性である。
恋愛ものが大好きだ。
他人宛とはいえ、目の前にラブレターがあるのだ。読まずにいられるものでは無かった。
「少しだけ、その……読んでもいいですか?」
「えぇ。構わないわ。ただ、呪文だけは注意した方がいいわよ」
許可を得て、ドキドキしながら付き人はラブレターを読み始めた。
その表情は恥ずかしさで一杯だったが、一瞬で冷めたものにかわる。
「ローラさん」
「何?」
「これはラブレターではありません。ただの殺害予告状です」
付き人は冷たい声でいう。
「まあ、確かに殺意高めのラブレターよね」
そんなローラの答えに、付き人は心の中で「そんなジャンルはない!」と叫ぶ。
次に取ったのはポエムの箱だ。
既に冷たい表情の付き人だったが、それを読んで呆れへと変化する。
「ローラさん」
「何?」
「これはポエムではありません。誹謗中傷や悪口です」
「あら、ポエムって、一言一言に想いを込めたものなのよ?」
まるで諭すかの言いように、付き人は心の中で叫ぶ。「そんな甘い判定はない!」と。
ここまでくると、呪文も気になりだす。
付き人は恐る恐る、取り出して読み始める。警戒の表情は、徐々に不快なものへと変化した。
「ローラさん」
「何?」
「これは……危険です。魔術協会に審査してもらった方がいいと思います」
「あら、やっぱり」
「えぇ。まさか愛の言葉だけで人を不快にさせるとは。腹八分目を知らないのですかね。お腹一杯なのに食べさせるのは、拷問だというのに……」
その付き人の表現に、ローラも苦笑いで同意していた。
そして、最後の近況報告を付き人は読み始める。
「ローラさん」
「何?」
「これ……そのまま、近況報告ですね」
付き人が同意したファンレターは、聞いてもいないのに、ファンの近況が記載されているだけだった。
よほど自分の話がしたいのだろうが、付き人にしてみても送りつける理由すら理解出来なかった。
だが、そうしてみるとファンレターの定義が、付き人にも分からなくなる。
付き人は混乱しながらも、部屋に入ってからずっと気になる物についても、ローラに聞く事にした。
「ところで、何であんな絵を飾ってるんですか?」
「私も初め見た時は変だと思ったのだけど、今は一周して面白くなったからよ」
「何言ってるんですか。何周しても気持ち悪いだけです」
付き人がそういった感想を抱くのも、当然のことだった。
そこに飾られた絵は、男性が窓際にカッコつけて立っている。窓の手前にはテーブルが置かれ、テーブルの上には空の花瓶が描かれていた。そして、男性はその花瓶から取り出したであろう、一輪の花を持ち、それを舐め回すように眺めている。
だが、全裸だ。
こんな絵を送りつける人物の正気を疑うが、これを描いた人物も仕事なのだろうが中々にヤバイ。
よくもまあ、ここまで気持ち悪く描けるものである。
「甘いわね。この絵の男性の顔を見て、これをどう思う?」
「すごく、不細工です」
付き人は不快そうに答えた。
「男性の身体つきは?」
「ブヨブヨして、だらし無いです」
付き人は気持ち悪そうに、いう。
「じゃあ、ここ。男性器は?」
「すごく……って、何を言わせるつもりですか!」
付き人は照れながら怒った。
そんな付き人に、「まぁまぁ」と楽しそうになだめながら、ローラは話す。
「もしも貴女が自画像を描いてもらうとして、注文するならどうする?」
自分が画家の前でポーズをとってる姿を想像しながら、付き人は答える。
「少し……ほんのちょっとだけ、胸を大きくして貰います」
照れながら付き人は小声で言う。
付き人の言う少しがどのくらいなのか、それを突っ込むのは野暮ってものだろう。
「あら、それだけ?」
挑発的なローラの言葉に、付き人は思わず答えてしまう。
「あと、二の腕も細く……腰も、くびれさせ……足も長くして……鼻もちょっと高く……目元も……」
そう呟きながら、想像上の自画像を修正していく。
「そうやって完成した自画像には、誰が描かれてるのかしらね」
「はっ……誰ですか、この美女は!?」
この付き人、ノリノリである。
自分の想像上の自画像に、自らツッコミをしていた。
「ほら、そう考えると、この絵の男性は誠実な人柄かもしれないわよ?」
そのローラの言葉に、付き人は思わず頷きそうになる。が、慌てて首を振った。
「何言ってるんですか!誠実な変質者なんて、最悪なだけです。この絵は処分しますからね」
頑なに言う付き人に、ローラは「あら、残念」と答えた。
もっとも、大して残念そうにしていないところを見ると、最初からこの付き人をからかう為に、この絵を飾っていたのかもしれない。
それよりも、ローラに自分のコンプレックスを教えてしまった事の方が、付き人には危険だと思える。
ローラがその気になれば、いつでもこの付き人を口説き落とせるはずだ。
その付き人のコンプレックスを、優しく包むようにしながら。
そんな危機感ゼロの付き人が、ローラに確認する。
「ところで、あそこに旅行鞄がありますが、何処かに出掛けるのですか?」
「あぁ、それね。旅行には出掛けないわ」
じゃあ何の為にあるのか、それについてローラは何も言わなかった。
舞台化粧を落とし、煌びやかな舞台衣装を脱ぐ。豪華な宝石も外し、髪飾りを取る。そして、普段着を着た。
そのありのままの姿に、付き人は感嘆の吐息をもらす。
そこにいるのは、美女だ。
紛れも無く、美少女だ。
化粧やドレスや宝石など、この美少女にとっては拘束具に過ぎない。
この天然の美しさを前に、まともな女性では平常心を保てないだろう。
人工的な美しさで誤魔化すのは、ある意味で優しさですらある。
ローラを見た女性は、魔性の鏡を突きつけられるようなものだった。
その鏡に映るのは、目を背けたくなるほど見たくもないもの。
嫉妬という、己の醜さか。
はたまた、理想や憧れというローラへの隷属かだ。
もちろん、付き人は憧れを選ぶ。
嫉妬なんかしてたら、とてもじゃないが身が持たないという、懸命な判断からだった。
楽屋から出ていくローラにくっ付いて歩く付き人。
彼女は、ふと思った。
生まれながらにして超絶な美貌を持つローラ。
だからこそ普通の女性たちから嫌われるローラは、きっと誰よりも悪女で無ければならないのだと。