ご紹介します。ペスさんです。
一晩眠って、朝になりました。
旦那様は早くに就寝されまして、わたしもその隣で眠りました。旦那様のお体はもふもふですから、わたしはいつも眠るときには旦那様にしがみついています。旦那様は、そんなわたしを少々鬱陶しいと思っているご様子ですが、離したりはしません。お優しい方です。
そして目覚めたわたしは、いつも通りに旦那様に朝食を作ります。
「ふんふーん」
旦那様もわたしと一緒に起きて、椅子に座っておられます。
毎日、旦那様はお昼間に働いているのですから、お食事の支度なんかは全部わたしがやっています。今日も旦那様は、朝食を召し上がられてからお仕事に向かわれるのです。
お昼にはちゃんと戻ってこられるので、それまでに色々と家事を終わらせないと。
ちなみに昨日も、昼食を自宅で召し上がられてから、また旦那様はお仕事に向かわれる予定でした。
ユースタス様という予定外の人物がおられたことと、わたしが買い出しに行きたいと我儘を申し上げたため、わざわざお仕事を打ち切って森の入り口までご一緒してくださったのです。
「どうぞ、旦那様。朝食です」
「……」
「わたしもご一緒しますね」
「……」
こくり、と旦那様が頷かれました。
旦那様の前には山盛りのパンと、大きなお皿にスープをなみなみ注いで出します。わたしの方にはパンを一つと、スープを少しです。買い出しに行ってから二日ほどは、こうしてパンを出せるので朝食の準備が楽ちんなのですよ。
ちなみに三日目からは、保存のきく堅パンになります。これもまた、スープに浸してふやかしながら食べると美味しいんですよね。
するとおうちの外から、「ガウウー」という声が聞こえてきました。
「あ……」
「……」
「申し訳ありません、旦那様。先に食べていていただけますか?」
「……」
立ち上がるわたしに対して、旦那様が頷かれました。
わたしとしたことが、忘れていました。朝ご飯を準備する相手は、旦那様だけではないのですよ。
我が家で一番大きなお皿を取り出して、そこに昨日買ってきたお肉を載せます。
「ペスさーん」
「ガウウ」
おうちの外にいたのは、サラマンダーのペスさんです。
先程から、おうちの中を覗き込んできて、おれのめしー、おれのめしー、と主張をしていたのです。
「ごはんを持ってきましたよー」
「ガウ」
ペスさんが、嬉しそうに尻尾を振ってくれました。
旦那様だけでもわたしの三倍くらいはある、とても大きなお体なのですが、ペスさんはさらに大きいです。頭だけで、わたしの体くらいはあるのですよ。
体中を真っ赤な鱗に覆われた、とても首の長いドラゴンです。わたしは魔物の分類について詳しくないのですが、旦那様曰く、サラマンダーとは火属性のドラゴン属なのだそうです。何度か、旦那様が別のお仕事に向かっているとき、ペスさんの背中に乗せてもらって空を飛んだこともあります。あれは楽しかったですね。
そんなペスさんの前に、わたしは生肉の大量に乗ったお皿を出します。
ペスさんは、火の通ったお肉があまり好きではないそうです。何でも火属性のドラゴンですから、口の中に入れると自動的にお肉が焼けるそうです。そのため、焼いたお肉を食べると口の中でさらに焼けて、炭のようになってしまうのだとか。
ですから、こうして生のお肉を提供して、口の中で焼きながら召し上がるそうです。
「ごめんなさい、ペスさん。ようやくお肉が手に入りました」
「ガウウ」
「いえ……仰る通り、こうしていっぱいお肉を出せるのは七日に一度ですが、それはわたしが買い出しに向かうのが七日に一度なので」
「ガウガウ」
ううん。お肉はあまり保存できないので、生肉をいっぱい出せるのは買い出しの翌日だけなんですよね。
買い出しの翌日以外の日は、ペスさんは他の魔物を食べたりしているそうなのですけど、やはりあまり美味しくないみたいです。豚肉や鶏肉と比べると、魔物のお肉って美味しくないらしいですし。
魔物は本来、食事をしなくていいらしいですが、ペスさんは純粋に美味しいからお肉を食べているそうです。そして食事という楽しみを覚えてしまったから、別の魔物を食べるようにもなったそうですが、どうしても食用に育てられた家畜と比べるとダメだそうで。
「ガウウ」
「えっ……いえいえ、以前も申し上げましたけど」
「ガウウー」
「ティガス村は、わたしの買い出しをする村ですから……ペスさんがご自分で買いに行かれるのは、困ります。ペスさんはお金を持っていませんし、言葉も通じませんから」
「ガウウ!」
ばたばた、とペスさんが尻尾を振ります。
おれ、おにく、もっとたべたい、と仰っています。おれ、かいにいく、と気合い十分なのは嬉しいのですが、さすがにサラマンダーがティガス村に現れてしまうと、騒ぎになってしまいます。
さすがにお肉屋さんも、ペスさんが現れたとなれば逃げてしまうのでしょう。それでティガス村のお店がなくなってしまうと、困ってしまいます。
「ごめんなさい、ペスさん。今度は、保存のきく美味しいお肉がないか、お肉屋さんに聞いてきますから」
「ガウウ!」
ペスさんが、足を激しく動かしました。土埃で目が痛いです。
もぉ、聞いてくれません。ペスさん、旦那様曰く炭焼きのときにはとても働き者らしいのですが、こんな風にわがままを言い始めるとなかなか説得できないのです。
どうしましょう。
「……」
そこで、旦那様がおうちから出てきました。
「……」
「ガウウ」
「……」
「ガルルゥ……」
「……」
「ガウ……」
おお。
さすがは旦那様です。ペスさんがしょぼん、となっています。
わたしの言うことは全然聞いてくれないのに、旦那様のお言葉だとちゃんと従うんですよね。なんだか悔しいです。
ですが、ペスさんはわたしと旦那様が一緒に暮らす前からの仲ですからね。
良い妻は、夫の友好関係に口出しをしないものです。うん。
「……」
「あ、もうお仕事に行かれますか? 承知いたしました」
「……」
「はい。お昼は……あ、ミートソースパスタがいいですか? 分かりました。腕によりをかけて作りますね」
「……」
旦那様が少しだけ微笑んで、ペスさんに顎で指示を出しました。
ペスさんは残る生肉を全部たいらげてから、翼をばっさばっさとはためかせて飛んでいきました。先に炭焼き小屋に向かったようです。
「……」
「では旦那様、行ってらっしゃいませ」
頭を下げて、旦那様を見送ります。
さて。
わたしも朝ご飯を食べてから、お洗濯をすることにしましょう。