買い出しに向かいます。いつものお店ですよ。
森の入り口に到着した頃には、既に日が随分と傾いていました。
まだ夕刻というわけではありませんが、炭を売って買い出しを行うと、帰り道はちょっと暗いかもしれませんね。
「ユースタス様」
「あ、ああ」
「ここから南に向かうと、兵士の駐屯所があります。西の方に見える村が、ティガスの村になります。わたしは村の方に向かいますが、ユースタス様は駐屯所の方に向かった方が良いかと思います」
「……ああ、そうだね」
わたしの言葉に、ユースタス様はそう頷かれました。
王族が、本人曰く三日も行方不明という状態ですし、多分兵士の方に捜索するよう命令が下っていると思います。特に南の駐屯所は、ウルーシュ大森林から出てきた魔物を討伐する役目の兵士たちがいますから、情報も渡っているでしょう。
数名の兵士を護衛に、そのまま王都までお戻りになる形だと思います。
「では、ここでお別れということで。ユースタス様、帰り道、お気を付けて」
「……ああ。きみも」
「まぁ、わたしはすぐそこの村に行くだけですから」
もう、ティガスの村は見える位置にありますからね。
旦那様が出てくるとさすがに騒ぎになりますから、入り口の方で身を隠してくださっています。そして、わたしは旦那様の下ろしてくださった荷車の取っ手を持ちました。ここからは、わたしが引いていかなければいけません。
まぁ、多少の距離です。わたしだって毎日鍛えているのですから、このくらいは平気ですよ。
「改めて、ありがとう。きみに出会うことができた幸運に、感謝する」
「はい。それでは、お気を付けて」
「ああ……」
ユースタス様が背を向けて、南へ向かいました。
その姿を見送ってから、わたしは旦那様へと頭を下げます。
「では、旦那様。わたしも行ってきます」
「……」
「ご心配なさらずとも、いつものお店に行くだけですよ」
旦那様は心配症ですね。
ご心配なされずとも、わたしはちゃんと帰ってきます。旦那様の家は、わたしの家でもあるのですから。
それに、物取りだってこんな場所には出ませんよ。ウルーシュ大森林からティガスの村までの道なんて、わたし以外に通る人はいませんし。
「では、夕方くらいに戻りますね」
「……」
からからと荷車を引きながら、村へ向かいます。
大した距離ではありませんが、日差しが強いので少し暑いですね。帽子を持ってきたら良かったです。
ですが、風は気持ちいいですね。ちょっと火照った額に、そっと当たる風が心地良いです。
「よいしょ、よいしょ……」
そして程なくして、ティガスの村へと到着しました。
ここは、ウルーシュ大森林から最も近い村です。その立地から、ウルーシュ大森林の魔物退治に挑戦する冒険者もよく泊まるのだとか。あとは、大森林への流刑者が、最後に寄る村ということで有名でもあります。
そういった事情もあって、割と栄えている村なのですよ。雑貨屋さんも何軒かありますし、宿屋も繁盛していますし。
わたしは、いつものお店まで荷車を運びました。
「ごめんください」
「はいよー……ああ、どうも。森の奥さんじゃないか」
お店の扉を開くと、陽気なお兄さんがそう迎えてくれました。
何軒かお店はあるのですが、わたしが主に買い取りをお願いしているのはこちらです。『エルドリッド雑貨店』というお店の名前ですが、店主の名前はエルドリッドさんでなくクラークさんという若い男性なのですよ。
陽気なお兄さん――クラークさんはいつも、わたしのことを『森の奥さん』と呼んでくださいます。
「どうも。炭を持ってきました」
「いつもありがとさん。モノを見せてもらっていいかい?」
「はい、どうぞ。表に荷車を置いています」
「それじゃ、失礼して」
椅子から立ち上がって、クラークさんがお店から出てきます。
わたしが炭を運ぶのはここまでです。あとは、クラークさんが買い取ってくださり、空になった荷車に買い出しのお荷物を載せて、森まで帰る形ですね。
「……うん。相変わらず、いい品質だね。見事なもんだ」
「ありがとうございます」
「うちに出入りしている職人も、不思議そうにしていたよ。これだけのいい炭は、高温で一気に焼き上げないと作れないってさ」
「そうですか」
旦那様がいつも作ってくださる、自慢の炭ですからね。
さすがは旦那様です。
「売れ行きの方はいいのですか?」
「そりゃいいさ。森の奥さんが来た次の日には、もう全部売れちゃうね。『森の奥さん印』の炭だけを求めて、来るお客さんもいるくらいだよ」
「それは良かったです。では、代金の方を」
「ああ。いつも通り、全部合わせて銀貨四枚で買い取るよ」
「ありがとうございます」
七日に一度、こうしてわたしはクラークさんのところへ炭を売りに来ています。
荷車いっぱいで銀貨四枚は、割といい稼ぎです。平民が一ヶ月仕事をしっかりやって、銀貨二枚程度の給金というのが相場ですからね。
銅貨にすれば四百枚です。お野菜がいっぱい買えます。
「それじゃ銀貨二枚と、銅貨二百枚ね」
「ありがとうございます」
「うちに出入りしてる職人がよく、『森の奥さんに作り方を聞いておいてくれ!』とか言ってくるんだよ。作り方は秘密なのかい?」
「はぁ……」
わたし、炭焼き小屋にはあまり近付かないですからね。
旦那様が、危ないから仕事中は近付くなと言ってくるんです。
多分ですが、高温で一気に焼き上げるというお話なので、サラマンダーのペスさんが吐く炎で焼き上げているんだと思いますけど。
「うちの炭は、旦那様が作っていますから。わたしはただ、代わりに売りに来ているだけですよ」
「なるほどね。できれば、ご主人と一緒に来てほしいところだけど……」
「それは、ちょっと出来かねる理由がありまして」
「ああ、勿論分かっているさ」
ええ。
ウルーシュ大森林に住むのは、流刑に処された人たちばかりです。クラークさんは、わたしの旦那様もその類だと思っていらっしゃいます。
ウルーシュ大森林に流刑となった人は、決して森から出てはいけませんからね。
「それで、今日は何か買っていくのかい?」
「調味料を、幾つか購入したいです。塩は入荷していますか?」
「ああ、あるよ。店の棚にあるから、欲しいのがあったら言ってくれ」
「ありがとうございます」
あ、そうだ。
そこで思い出しました。忘れてしまうとは、わたしうっかりさんですね。
「そういえばクラークさん。ちょっと見てほしいのですが」
「うん?」
「こちらの指輪なのですけど」
わたしは左手の薬指から指輪を外して、クラークさんに手渡します。
先程、ユースタス様から貰ったものです。
「これっ……えっ? お、王家の紋章!? ちょっ……本物の紅玉!? しかも魔術紋まで刻んである!?」
「どの程度の価値ですか?」
「い、いや、こんなの、金貨で十枚以上にもなるよ!?」
「おー」
やはり、素晴らしい品のようですね。
謝礼としては、実に十分です。
「でしたら、クラークさん」
「あ、ああ……?」
「幾らで買い取ってもらえますか?」
ユースタス様。
わたしが貰ったものですから、わたしの好きにして構いませんよね。