休憩です。お茶が美味しいですね。
「……」
「どうぞ、旦那様。お茶です」
「……」
川べりで座る旦那様に、お茶を差し出します。
ちゃんと、旦那様が飲むための大きめのカップも持ってきたのですよ。買い出しに行った村で購入した、一番大きなカップです。それでも、旦那様には少し小さめですね。
「ユースタス様も、どうぞ」
「あ……ああ、ありがとう」
ユースタス様にも同じく、お茶を差し出します。
ちなみにこのお茶は、我が家から少し冷めたものを水筒に入れて持ってきたものです。わたしも自分のカップに注いで飲みますが、ちょうどいい飲み頃ですね。
川のせせらぎが耳に心地よいです。のんびりできますね。
「その……少し、聞きたいことがあるのだが」
「はい? どうなさいましたか?」
「なんとなく、迂回しているように感じるのだが、気のせいだろうか? 妙に大回りで行っているというか……」
「はぁ」
そうなのでしょうか。
旦那様を見やると、こくり、と小さく頷かれました。わたし、全く気付かなかったのですが、大回りされていたのですか。
わたし、旦那様の肩に乗っていただけですからね。
「……」
ああ、なるほど。
確かに、そういうことなら少し迂回するのも仕方ないですね。
「凶悪な魔物の縄張りを避けて、入り口の方に向かっているそうです」
「……縄張り?」
「はい。我が家の周囲は旦那様の縄張りなのですが、他の魔物の縄張りに入るということは、攻撃を仕掛けるという合図なのだそうです。刺激してしまうと、そこの魔物が襲いかかってくる可能性もあります」
縄張りの話は、わたしも少し聞いたことがあります。
魔物は本来、大気中に存在する魔力――マナを吸収して生きています。そのため、基本的には食事が必要ないのだとか。
しかしマナを吸収するためには、そのマナの漂う範囲を自分のものとする必要があります。ですから、魔物はそれぞれに自分の縄張りを持っているのだとか。
そこに勝手に侵入するということは、勝手にマナを奪っていくと考えられるらしいです。つまり、敵対行動ということですね。
「ですので、旦那様の威圧感で対処できる、魔物の縄張りだけを通っています。このあたりを縄張りにしているのはゴブリンの集団だそうなので、間違っても旦那様にケンカを売ろうとは思いません」
「ああ……そうだったのか。なるほど」
「ですが、ユースタス様はご注意ください。旦那様には襲いかかってこないかもしれませんが、ユースタス様だけを狙ってくる可能性はありますので」
「勿論、分かっているよ。僕も一応、この森に魔物退治にやってきた身だからね」
ユースタス様が、ぽんぽん、と自分の剣を示されました。
まぁ、その剣でどのくらいの魔物を相手にできるかは分かりませんけど。少なくとも、旦那様の前では数秒も保たないと思います。
「しかし、そこまで考えていてくれたことに感謝する。てっきり、何かの罠に嵌められているのではないかと邪推してしまったよ」
「罠に嵌める、ですか?」
「案内された先に魔物の群れがいるとか、そういう可能性をね」
「はぁ」
旦那様がユースタス様を罠に嵌める理由が、全くありませんけどね。
正直、ユースタス様をどうにかするつもりなら、我が家で既に済ませていますよ。罠に嵌める必要もありません。
身ぐるみを剥ぐとか金目のものを奪うとかなら、そもそも行き倒れているところを、助けたりしていませんから。
「だが、改めて……セリア、ありがとう」
「わたしは特に何もしていませんが」
「そして……ご主人、ありがとう。きみたちに会うことができなかったら、僕はこの森でそのまま死んでいたかもしれない」
「……」
旦那様が、僅かに目を細めてからふいっ、と逸らしました。
えへへ。照れる旦那様の姿、ちょっと珍しいですね。
「命を救われた僕は、謝礼を用意するべきなのだと思う。だが、残念ながら今は手持ちがなくてね……国へ戻ってからとも考えてもいたが、もう一度きみたちの住処に向かうのは、少し難しいと思う」
「そうですね。入り組んでいますし」
「だから、これを受け取ってほしい。今、僕に渡せるものはこれだけだ」
そう仰ってから、ユースタス様は左手の手袋を外されました。
その下にある五本の指――その端に、リングが一つ嵌めてあります。紅玉のあしらわれた、見るからに高そうな指輪ですね。
ユースタス様はその指輪を外して、それからわたしの手を取りました。
「これを、きみに預けるよ」
そして、ユースタス様はそのリングを。
わたしの、左手の薬指に対して嵌めてきました。
ええと。
まぁ、確かにわたしの左手薬指には、何の指輪もしていませんけど。
「……」
素敵な指輪です。
しかし、嵌める場所が少々困りますね。わたし、既婚者なのですけど。
「本当ならば、金貨で謝礼を渡すべきだとは思っている。だが、それで代わりとしてくれ」
「はぁ……」
ははぁ。
なるほど。細工に魔術紋の刻まれている高級品ですね。魔術紋の内容は《解呪》ですか。嵌めているだけであらゆる呪いから身を守ってくれるとは、実に素晴らしいものですね。
王子という立場であるため、呪いから身を守る必要もあるということですね。そのために与えられた品のようです。そんな高級品を、わたしが貰っても良いのでしょうか。
「よろしいのですか?」
「きみに助けてもらわなければ、失っていた命だ。指輪の一つでその恩を返せるなら、安いものだよ」
「では、ありがたくいただいておきます」
ああ、なるほど。
表向きはそう仰っていますが、《解呪》の効果を期待してのものですか。
ユースタス様は、わたしが旦那様から、何か呪いを受けているものとお考えですね。呪いのせいで旦那様に従い、旦那様を愛しているものと思っているようです。
ですからきっと、この指輪をわたしが嵌めることで、呪いから解かれると。
「……」
「あ、承知いたしました。ではユースタス様、そろそろ出発なされるそうです」
「……ああ、分かった」
あれ、おかしいな。
そうお思いになられていますが、当然ですよ。
だってわたし、呪いなんて受けておりません。
ただ、心から旦那様を愛しているだけです。