旦那様と買い出しに向かいます。わたしは肩なのでらくちんです。
さて。
ユースタス様も少しは落ち着かれたようで、わたしたちは現在森の中を歩いています。
旦那様はお食事を終えて、いつも通りわたしに賛辞をくださいました。いつもお食事を褒めてくださるので、作りがいがあります。
そして旦那様が荷車を片手でひょいっと持ち上げて、逆の肩にわたしを乗せてくださいました。
「荷車の意味……」
ちなみに、ユースタス様はそんな旦那様の少し後ろを歩いております。
荷車ですが、一応旦那様は魔物ですから、わたしを送ってくださるのは森の入り口までです。森の入り口から向こうは、わたしが一人で炭を持っていかなければいけません。そのための荷車なのですよ。
森の中だと、荷車で運ぶというのも割と手間ですからね。旦那様が持ち上げた方が早い、とのことです。まぁ、そう説明するのも面倒なのでスルーしておきます。
「ユースタス様、足元にお気を付けくださいね」
「……ああ、ありがとう」
「このあたりは、ポイズンリーチが割と出ますから。血を吸われてしまうと、同時に毒が全身に回ってしまいますよ」
「――っ!?」
ポイズンリーチ――魔物の一種で、血を吸って敵に毒を与えるという非常に面倒な特性を持っている、大きな蛭です。
こういう足元が見えにくいところだと、気付かないうちに足にへばりついているということもありますからね。ですから、旦那様はわたしを肩に乗せてくださっているのです。
ユースタス様が足元をばたばたして、確認されました。どうやら今のところ、被害には遭っていない様子です。
「……」
「あ、そうなのですか。ユースタス様、ポイズンリーチが噛みついてきた場合、かなり痛むから分かるそうですよ」
「そ、そうなのか……?」
「……」
「あ、はい。ただ、毒は即効性なので割とすぐに倒れるそうです」
「それを先に言ってほしかったな!」
そう言われましても、わたし知らなかったですし。
ポイズンリーチのことも、以前に旦那様からちょっと教えてもらっただけです。ですからわたし、噛まれたことないんですよ。
しかし、さすが旦那様です。よくご存じですね。
「その……セリア、だったかな?」
「はい、セリアと申します。覚えにくければ、奥様でもいいですよ」
「一つ、聞きたいのだが……セリアは、魔物使いなのか?」
「いえ、違います」
奥様とは呼ばれませんでした。ちぇ。
しかし、魔物使いですか。そんな、神話に出てくるような存在と勘違いされるとは。
古来、魔物をまるで自分の仲間であるかのように使役した人物がいたというお話は、わたしも聞いたことがあります。ドラゴンのような最上級種の魔物から、ゴブリンのような最下級の魔物まで、様々な魔物を従えていたとか。
ただ、神話ですからね。魔物使いという存在は、その実在すら怪しいとされています。
わたし、そんな貴重な人間じゃないですよ。
「ならば……何故、魔物の言葉が分かるんだ?」
「言葉ですか?」
「ああ。そのミノタウロスが何を言っているのか、僕には分からない。だが、きみはまるで言葉が理解できるかのように、魔物と会話をしている」
「はぁ」
「ミノタウロスとだけ喋ることができるのか? それとも、他の魔物とも会話をすることができるのか?」
「残念ですが……」
うぅん。
何と言えばいいんでしょう。
「わたしは旦那様の言葉、分かりませんよ」
「へ……?」
「といいますか、魔物の言葉なんて分かりません。我が家で飼っているペスさんは、そもそも言葉を発しませんし」
「え、ペスさん……?」
「ああ、はい。サラマンダーのペスさんですね」
「サラマンダーもいたのか!? そっちもA級の魔物だぞ!?」
A級というのはわたしには分かりませんが、我が家にはペスさんという……もう一人? 一匹? 分類は分かりませんが、家族がいます。
サラマンダーという、火を吐くことができる方です。普段は炭焼き小屋の方で、旦那様と一緒に炭を作っているのですよ。
「え……と、というか……言葉、分からないのか?」
「はい。わたしは旦那様の言葉、分かりませんよ」
「それにしては、まるで分かっているかのように会話をしていたのだが……」
「そこは、夫婦の絆というものです。わたしには、旦那様が何をお言いになりたいか全部分かりますから」
「……」
うふふ、と旦那様の頭を撫でます。
旦那様の方は、どこか呆れたような目でわたしを見てきました。
仕方ないでしょう、旦那様。
本当のことを言うわけにはいかないのですから。
「……そういうことか」
「はい。ユースタス様にも、きっとそのような伴侶が見つかってくれますよ」
「……どうやら、僕が独身だということも知っているらしいね。別に、それほど有名人ではないと思うのだけれど」
あ。
まぁ、はい。別に王族ですから、知っている人は知っていると思います。
そういうことにしましょう。
「だが、少々悲しいね。きみが独り身であったなら、しっかり口説いておいたのに」
「丁重に遠慮しておきます」
「第二王子なんて立場だが、婚約者に裏切られたばかりなんだよ。あろうことか、僕の親友と浮気をしてね……つい先日、婚約を破棄したばかりなんだ」
「はぁ、そうですか」
あー、なるほど。
それもあって、どこか鬱々とした雰囲気なのですね。
しかしそのお嬢様……ああ、なんとなく強気そうな見た目ですね。ベアトリーチェさんというのですか。なるほど、クオンタム公爵家の令嬢……アリアン王国では有名な貴族ですね。
公爵家のご令嬢なのに、わざわざ第二王子との婚約を捨ててまで不貞に走るとは。あ、しかも既に駆け落ちされちゃってるんですね。
なるほどなるほど。それもあって、ちょっと息抜きにお兄さんと一緒に魔物退治にやってきて、そのまま川に流されてしまったと。下手をすれば、婚約破棄で心を乱されて自殺した、なんてシナリオにもなりかねませんね。
まぁ、わたしには関係ないことですけど。
「……」
「あ、はい。ユースタス様、もうすぐ川に到着します。そこで一旦休憩にするそうです」
「……本当に魔物の言葉、分からないのか?」
「ええ」
はい。わたし、嘘は吐いていませんよ。
魔物の言葉は分かりません。一つも。当然、旦那様の言葉も。
ただ、わたしは。
心が読めるだけです。