旦那様がお戻りになりました。お食事を提供します。
「……」
旦那様が椅子に座られて、そのままわたしはお食事の方をお持ちしました。
先程、ユースタス様に提供したお野菜の煮物です。旦那様はお体も大きいですから、すごくたくさん召し上がります。わたしもそれを分かって、家の中で一番大きなお皿に載せてお渡ししました。
一緒に出すお水のグラスも、家の中で一番大きいものです。あ、ちなみにこの水は、ちゃんと井戸からくみ上げたものですよ。我が家の庭には、立派な井戸がありますので。
「……」
「まぁ。そんなにお褒めいただき、ありがとうございます」
「……」
「あ、はい。お肉が少ないのは……ちょっと在庫の方があまりなくて。そろそろ買い出しの方に向かいます」
「……」
旦那様はおいしいと仰ってくださいますが、確かに今日の煮物はお肉が少ないんです。
というのも、このウルーシュ大森林には魔物こそ大量に住んでいますが、食用にできる動物はほとんどいないのです。魔物の肉も食べられないことはありませんが、何故かは分かりませんけど、どれもこれも凄く不味いんですよ。
中には、その不味さが好きだという好事家もいるようですが、残念ながらわたしの味覚は普通ですので。
「あ、あ、あ……」
「ユースタス様。旦那様のお食事が終わりましたら、森の入り口まで送ってくださるそうです。ここは割と入り組んでいますので、入り口まで戻るのも苦労するだろうと」
「へ……?」
「あ、そうです。でしたら旦那様、わたしも街の方に行って、買い出しをしてきてもいいですか?」
「……」
旦那様のつぶらな瞳が、わたしを見ます。
一応、家庭菜園はしておりますが、わたしと旦那様の二人暮らしとはいえ、完全に自給自足できるわけではありません。今日の煮物に入っているお野菜は、ほとんど家庭菜園で作ったものではありますが、お肉が少なかったので仕方なく芋を多めに入れました。
そして、買い出しを行うにもウルーシュ大森林の奥にある流刑者の集落では、ほとんど取引も行われておりません。ですから大抵の場合、アリアン王国側の入り口近くにある村に、買い出しに行っているのですよ。
ですがその行き帰りは、なかなかわたし一人で行くことも難しいのです。わたし、か弱い女子ですから。そのため、行き帰りは旦那様が護衛をしてくださるのです。
そのついでにユースタス様をお送りするということなら、問題もないでしょう。
「……」
「ええ、旦那様。炭も溜まってきましたので、そろそろ売りに出します」
「……」
「ありがとうございます。でしたら、荷物の方を準備しておきますね。ユースタス様、少しわたしは席を外させていただきます。こちらで少々お待ち……」
「えっ!?」
「……いただきたいのですが」
おや。
ユースタス様が何故か、腰の剣の柄を握りしめておられます。別に我が家に、警戒するような魔物はいないのですが。
まぁ、ユースタス様からすれば、旦那様は恐ろしい見た目なのかもしれません。
「ユースタス様、どうなさいましたか?」
「い、いや! きみ! 何を落ち着いているんだ!? ミノタウロスだぞ!? A級の魔物がここにいるんだよ!?」
「はぁ。わたしの旦那様なのですが」
「というか、きみ、言葉が分かるのか!? アレと会話をしているのか!?」
「アレ……」
人の旦那様をアレ呼ばわりとは。
ちょっぴりわたしの中で、「助けるんじゃなかった」って考えてしまいます。失礼極まりないですね。
旦那様にご挨拶をしたいと言っていたのは、どの口ですか。
「旦那様は、お優しい方ですよ」
「優しいだって!? 魔物が優しいわけがないだろう!」
「帰り道が分からなくて困るだろうと、これからユースタス様を森の入り口までご案内してくださると仰ってくださってますよ」
「何故なんだ!? 何故それが分かるんだ!?」
「それは勿論、わたしと旦那様の愛情ゆえです」
「……」
胸を張って言います。後ろから否定の視線が寄せられてきました。
いいんです。わたしの中ではそういうことにしているのです。
「それより、元気が有り余っているご様子でしたら、手伝ってください。こちらへどうぞ。では旦那様、ごゆっくりお食事をなさってくださいませ」
「え……え!?」
ユースタス様の首根っこを引っ張って、家の外に出します。
もう。あんなにも、旦那様に敵意を剥き出しにされなくてもいいものを。
旦那様がお優しいから許してくださいますが、わたしだったら許さないですよ。
「では、ユースタス様。こちらの荷車に、炭を乗せてください」
「……す、炭?」
「はい。旦那様が焼いた炭です」
家の外には、たっぷりと炭が積まれています。
これは旦那様が、我が家から少し離れた炭焼き小屋で一生懸命焼いてくださっているものです。炭焼き小屋からここまでは持ってきてくださるのですが、荷車に乗せるのはわたしの仕事なのですよ。
よいしょ、とわたしは袖を捲り、炭の入った籠を荷車へと乗せていきます。
これが結構重いんですよね。
「何故……何故、ミノタウロスが、炭焼きを……」
そのため旦那様は、荷車に先に乗せておこうかとも仰ってくださいました。
ですが荷車は、割と普段でも使うことが多いのです。お野菜の収穫とか。
炭を売りに行くのも七日に一度くらいですから、その都度乗せた方が効率的だということで、わたしがやっているのですよ。
「ユースタス様、手伝ってください」
「……え? あ、ああ……ええと、これを乗せればいいのかな?」
「はい。できるだけ多く、できればある分を全部乗せるようにお願いします」
「……わかった」
何故か納得のいかない顔で、ユースタス様も作業をしてくださいました。
まったく。
こちらとしては、食事を提供した上に入り口までご案内するというのに。
とりあえず、国元に帰ってから何かしら謝礼を用意してくださると嬉しいのですが……旦那様への態度を見ると、あまり期待できそうにないですね。
「ああ、そうです。ユースタス様」
「……ああ、何だい?」
「できればで結構なのですが、この場所にわたしたちが住んでいることは、秘密にしておいてくださると助かります」
「それは……」
一応、そう言っておくことにします。
まぁ、ユースタス様も道に迷ってやってきたみたいですし、ここは元々入り組んでいますから、なかなか一見で来ることは難しいと思いますが。
わたしも未だに、道が覚えられませんから。
「何故だ? きみのように可憐な女性が……」
「褒め言葉はありがたいですが、既婚者です。わたしには愛する旦那様がいますから、口説いても無駄ですよ」
「だが……」
ユースタス様が、少し悩まれています。
ああ、わたしが何らかの呪いでも受けているのかと思っておられますね。もしくは魔物からの洗脳ですか。旦那様、そんな技術お持ちではありませんよ。
「……必要ならば、王国の騎士団でアレを討伐してもいい」
「人の旦那様をアレ呼ばわりしないでくださいませ」
まったく。
わたしと旦那様との間にある絆は、どうやら伝わってくれないみたいですね。




