おや。ワンさんも来られましたか。
「……あ」
目が覚めると、わたしはベッドで寝ていました。
普段は、旦那様と一緒に眠る大きなベッドです。わたし一人なので、やたらもの悲しい気がしますね。
「ふぁ……寝てしまいましたか」
「ボ」
「ああ、ボボさん。おはようございます」
昨夜の、眠る直前のことは覚えていません。
でも、ベッドには入らなかったと思うのですが――。
「ボ。ボボ」
「……ボボさんがベッドに運んでくれたのですか?」
「ボ」
「申し訳ありませんでした。起きておくはずだったのですが……」
「ボ」
気にしなくていい、とボボさんは寛大に仰ってくれます。
でも、わたしとしては旦那様がお帰りになるまで、ちゃんと待っておくつもりだったのですけど。
「昨夜は、旦那様はお戻りになりましたか?」
「……ボ」
「……帰ってこられなかったのですか。お忙しいのですね」
「ボ」
「あ、いえいえ。大丈夫です。疑ってなどいませんよ」
そんなにお仕事だと念押しされなくても、ちゃんと理解していますよ。
ですが、寝こけてしまったことは反省ですね。旦那様が夜を通してお仕事をされているのなら、妻であるわたしも寝ずにお帰りを待つのが当然のことですのに。
旦那様は、先に寝ていい、とよく仰るのですけど。
「ですが、ボボさんも寝ずの番ですよね。お疲れではありませんか?」
「ボ」
「最前線に比べればまし、ですか……そんなに大変なことが起こっているのですか?」
「ボ」
「ははぁ……」
流刑者との諍いが、割と激しいみたいですね。
ボボさんが仰るには、勇者とやらが流刑者の集落に現れたそうです。そして魔物たちに囲まれて暮らしている流刑者たちに武器を与え、魔物の支配からの脱却などと謳っているのだとか。
旦那様が言うには、魔物の女王様は流刑者の集落に対しては不可侵というか、集落の中で暮らしていく分には放置という形をとっていたらしいのですが。別に税とかを要求しているわけでもないでしょうに。
「おや……」
そこで、わたしの頭に声が響きました。
三つの声が反響して響いているようなその声は、ワンさんですね。頭が三つあるワンさんは、意思も同じく三つあるのだそうです。常に何かを決定するときには、多数決を行うそうで。
そしてごんごん、と扉が叩かれました。
起き抜けのわたしの代わりに、ボボさんが玄関まで行って、扉を開けてくださいました。
「アオン!」
「おはようございます、ワンさん」
「ワン」
「朝早くからありがとうございます。では、ボボさんと交代ということですか?」
「ボ」
こくり、とボボさんが頷きました。
どうやら、旦那様ご不在の間の護衛を、交代するためにいらっしゃったみたいです。ボボさんの方はまだいける、とお考えですが、旦那様は部下にも無理をさせない方ですからね。
そしてワンさんの方は、これからはアタシだから安心しな、と笑みを浮かべています。相変わらず姐御肌ですね。
「ではボボさん、朝ご飯を食べていかれますか?」
「ボ……?」
「ええ、構いませんよ。先日仕入れに向かったばかりですから、材料はたくさんあります。簡単なものにはなりますが……」
「アオン!」
「勿論、ワンさんにもご用意いたしますから。ええと、それじゃパンを用意しないと」
パンは、先日ティガス村で購入してきたものです。
旦那様と前にお話していたのですが、パン焼きのための窯を我が家にも作ってはどうかと提案しました。旦那様が炭焼きを行っている窯よりも、もっと小さめのものです。
小さなものでも窯があれば、わたしもパンを作ったりピザを作ったりできます。お魚とかも焼けますし。
竈だけだと、どうしても料理のレパートリーが限られるんですよね。
あ、そうだ。
「ボボさんは、このままお帰りになりますか?」
「ボボ。ボ?」
「あ、はい。でしたら、お手伝いしていただけると嬉しいのですけど」
「ボ」
「アオン!」
「ええ、ワンさんも手伝っていただけると、助かります」
旦那様は窯を作ることに関しては、賛成してくださいました。
今度、炭焼きをしない日にでも作ってくださると、そう約束してくださったのです。ですが、こうしてお仕事で忙しくされておりますから、いっそのことサプライズで作ってしまいましょう。
そして旦那様のお仕事が終わって、お戻りになられたときに、焼きたてのパンを出せるようにするのです。わたし、なんて出来た妻でしょう。
「さて……では煉瓦が必要になりますね。さすがに、煉瓦は買い出しに行かないと」
「ボ?」
「あ、はい。ティガス村に買い出しに行こうと思っています。普段は旦那様がご一緒してくださるのですが、今日はボボさんとワンさん、一緒に来てもらってもいいですか?」
「クゥン……」
うぅん、とワンさんが少し不満そうにされています。
まぁワンさんのお仕事は、この家でのわたしの護衛ですからね。あまり外出することは好まれないのだと思います。
でもわたし、ティガス村にはよく行ってますし、危険なことなんてありませんよ。
「ワオン……」
「うーん……ですが、入り口の方に向かうわけですから、むしろ安全ではないですか? 流刑者の集落は、逆方向ですし」
「アオン……」
「ティガス村にわたしを攫うような方は、おりませんよ。わたし、ティガス村では『森の奥さん』って呼ばれていますから。既婚者であることは、ご理解いただいています」
「クゥン……」
ワンさんは、あまり乗り気でないようです。
ワンさんは旦那様の部下です。そして旦那様からは「家にいるセリアを守ってくれ」と命令されているようです。そんなわたしが家から出るというのは、旦那様からの命令違反になる可能性がありますね。
うぅん。
わたしのわがままで、ワンさんに命令違反をさせるわけにはいきませんね。
「ボ」
「アオン!?」
しかし、そこでボボさんが助け船を出してくれました。
そんなにお前が行きたくないなら、私が連れて行こう、と仰ってくれております。
とても助かる申し出ではあるのですが……。
「ボ」
「アオン! グルル……!」
「ボ。ボボ」
「ウゥゥ……」
ボボさんが背中の羽を示します。
現在はとても小さい羽ですが、それは人型をとっているからだそうです。竜型になると、その羽はとても大きくなるのだとか。
ですから、わたしを乗せてティガス村へもひとっ飛びしてくださるそうです。
まぁ、さすがに騒ぎになりますから、森の入り口あたりで下ろしてもらいますけど。
「ありがとうございます、ボボさん」
「ボ」
「クゥン……」
「では、よろしくお願いします」
「ボ」
「ワンさんは、戻ってきてからお手伝いしていただきますね。それでは、お座りください。朝食をご用意しますので」
さぁ。
旦那様がお戻りになるまでに、素敵な窯を作ってしまいましょう。