ちょっと眠いです。でも起きておかないと。
「すー……」
「ボ」
「はっ! いけませんいけません……眠ってしまうところでした」
もう、日が沈んで随分と時間が経ちます。
ですがまだ、旦那様が戻ってくる気配はありません。そしてリビングのテーブルにわたしは腰掛けて、少し船を漕いでしまいました。
そんなテーブルの正面では、ボボさんが座っています。ボボさんは、旦那様不在のときのわたしの護衛ですので、旦那様が戻ってくるまではここにいてくれるのですよ。
わたしとしては、ボボさんを何もすることがない状態で待たせるというのも、少々気が引けるのですが。
「ボ」
「……いえいえ、ただちょっと、うとうとしていただけです。寝ていませんよ」
「ボ」
「えっ、よだれ……!? んんっ……え? 出てないじゃないですか……」
「ボ。ボボ」
思わず口元をごしごし擦りましたが、特に何も付きませんでした。
ボボさんが楽しそうに笑っています。どうやら、わたしを騙したみたいです。
まぁ、実際にちょっと寝てしまったので、何の言い訳もできませんけど。でもわたし、よだれを垂らすほど子供じゃないですよ。
「もぉ……」
「ボ」
「……いえ、お気持ちはありがたいですが、わたしは旦那様が戻ってくるまで起きているつもりです」
ボボさんが、もう寝たらどうだ? と心配そうに聞いてきます。
ですが、わたしは旦那様の妻として、お帰りを待つことは仕事だと思っています。旦那様が遅くまでお仕事をしてきて、わたしが先にぐーすか寝ているというのはちょっと、妻として不出来な気がしますし。
ですが、ボボさんはそんなわたしの言葉に首を振りました。
「ボ」
「……そんなに遅くなりそうなのですか?」
「ボ」
「ははぁ、明日はワンさんが来られる……えっ、明日もですか? では今夜、旦那様は帰ってこないのですか?」
「ボ」
「お帰りになっても、ただ寝るだけ……ですか。以前も、そんなことがありましたね」
うぅん。
ボボさん曰く、旦那様は暫く忙しいみたいです。以前――半年ほど前にも、同じようなときがありました。七日くらい、ずっと帰ってこなかった日があったのです。
そのときも、夜遅くまで何かされてから、夜中におうちに戻ってきて、朝早くに再びお仕事に向かわれておりました。具体的に何があったのかは、詳しく聞いていません。
「ボ?」
「ああ、はい。半年前くらいです。旦那様とわたしが暮らし始めてから、初めて長くおられなかったんですよ。わたしはそのとき、一人で留守番をしていたのですけど」
「ボ……」
「ええ、お察しの通りです。わたし、攫われそうになりまして」
「ボ!」
ボボさんが、少し驚いた顔でわたしを見てきました。
そういえば、この話はボボさんにしていなかったですね。ワンさんとかペスさん、それにルルさんとかユーさんにはしているのですけど。
あ、ルルさんとユーさんは、ワンさんやボボさんと同じく、時々我が家に来てくれる方です。皆さん、わたしのシチューが大好きなんですよ。作りがいがありますよね。
「ボ? ボボ?」
「ああ、人間ではありませんよ。魔物ですね。わたしは魔物の種類について詳しくないのですが、人型の大きな魔物でした。いきなり我が家を壊されて、寝ているわたしを肩に乗せて、どこかに連れていったのですよ」
「ボ……!」
「凄いのは、そこまでずっと寝こけていたわたしですよね。おうちが壊されて、わたしが肩に乗せられていたのに、ずっと寝てたんですよ」
わたし、一度眠るとなかなか起きないんですよね。
ですから、旦那様が帰ってこられても多分起きないので、こうして頑張って起きているのです。
「ボボ……ボ?」
「どなただったのかは、分かりません。ですが、攫われてすぐに旦那様が助けてくださったんですよ。あのとき旦那様、俺の妻に手を出すな、って言ってくださいました」
「ボ……」
「わたしも詳しくは聞いていませんが、旦那様も敵が多いらしく……それ以降、旦那様がご不在のときには、こうしてボボさんやワンさんが来てくれるんですよ。ちょっと過保護かなぁ、とは思わないでもないですけど」
「ボ……」
ボボさんが、蛇のようなぎょろりとした目を閉じました。
何か考え事でもあるのでしょうか。
「ボ。ボボ。ボ」
「……旦那様が、わたしを大切にしてくださっている証ですか。そう仰っていただけると、嬉しいのですけど」
「ボ」
「勿論、わたしも旦那様のことを大切に思っていますよ。ボボさんやワンさんみたいな部下の方もおられますし」
「……ボ」
「あはは。羨ましいと思っていただけると、嬉しいですね」
ボボさんはまだ独り身だそうで、羨ましそうに見てきます。
ワンさんは以前、うちには首一つの旦那と、首二つの息子がいるよー、と仰っておりました。首三つのワンさんと首一つの旦那さんの間に生まれた子供は、首二つとややこしいですね。ちなみに、首二つの息子さんは六匹おられるそうです。多胎だそうで。
「しかし、魔物にも結婚という概念があるんですねぇ。森に来て初めて知りました」
「ボ」
「あ、以前はなかったんですか。ははぁ、女王様が新しく作った……」
「……ボ」
「大丈夫ですよ。ボボさんにも、そのうちいい相手が現れますよ」
ああ、そうだ、思い出しました。
確かボボさん、ヴリトラという種族でした。ブリトラではなくヴリトラなのだそうです。下唇を噛んで発音するアレです。
なかなかそういう種族の名前が思い出せませんよね。確かワンさんは、ケル……ケル……ええと、何でしたっけ。
「ペスさんとかはどうですか? 同じドラゴン属ですし」
「ボ! ボボ!」
「あ、ダメなんですか?」
「……ボ」
ちょっと、ボボさんが頬を染めます。
少し照れているみたいですね。心の中では、いい奴ではあるけど……でも……と煮え切らない様子です。まぁ、ペスさんはまだ子供みたいな風に思っているのかもしれません。
ボボさんも、結構若いですけどね。少なくとも、感性はわたしよりも。
「いい旦那さんを見つけたら、わたしにもご紹介くださいね」
「……ボ」
「はい。お待ちしていますね」
あ、一応補足しておきますけど。
ボボさん、女の子ですからね?