おや、誰かきました。ああ、ボボさんこんにちは。
午後から、旦那様はお仕事に行かれました。
おうちから少し離れた炭焼き小屋ではなく、割と森の奥地の方に行かねばならないそうです。何をしているのかはよく分かりません。
ただ、旦那様は四天王というお役職ですので、色々お忙しいみたいです。
「ふー……」
おうちで一人、シチューの鍋をひたすらに混ぜるだけのわたしです。
お鍋は、ティガス村の雑貨屋で一番大きかったものです。わたしの身長くらいあります。ですからわたし、このお鍋を混ぜるときにはいつも踏み台を使っているんですよ。混ぜているおたまも、わたしの身長より大きいものですね。
こんなにも大量に作っているのは、当然理由があります。
旦那様がお好きでいっぱい召し上がるから、というのは理由の一つですが、それだけではないのですよ。
「おや……」
そこで、声が聞こえてきました。
わたしのギフトは自動発動なので、何者かが近付くと分かるのです。そしてこの声は、旦那様でもペスさんでもありません。お二方は、お仕事のために森の奥まで行っていますからね。
こんこん、と我が家の扉が叩かれました。
「はーい」
「……」
「鍵は開いておりますので、どうぞ入ってくださーい」
踏み台から降りるのが面倒で、そう玄関に向けて声を掛けます。
まぁ、来た相手が誰なのかは分かっていますからね。これが不審者だったら、こんな風には言いませんよ。
ぎぃっ、と扉が開いて、旦那様くらい大きな影がぬっと我が家に入り込んできました。
「ボ」
「こんにちは、ボボさん。今日はボボさんがいらっしゃったのですね」
我が家に入ってきたのは、恐らく知らない方が見れば発狂するかもしれない見た目の方――ボボさんです。
旦那様ほどの大きなお体ですが足は短く、逆に腕は地面につくほど長い方です。腕の先、掌だけでわたしの身長の半分ほどもあります。
そして全身が鱗に包まれており、お顔はまるで蛇のように見えます。僅かに開いた口元から覗くのは、生え揃った鋭い牙です。
旦那様の部下、ボボさん。
以前、旦那様から種族を聞いた気がしますけど、忘れました。何でも、ドラゴン属ではあるそうですが、わたしそういうのなかなか覚えられないんですよね。
ちなみにボボさんという名前は、わたしが名付けました。
「ボ」
「はい。どうぞ、お掛けになってください。もうすぐシチューが出来上がりますので」
「ボ」
わたしの言葉に頷いて、ボボさんが椅子に座られました。
えっ? 何故普通に招いているのかって?
だってボボさんは、旦那様のご命令でここに来ているのですから。
旦那様はお忙しいので、こうしておうちを空けることも少なくありません。
わたしは大丈夫だと何度か申し上げたのですが、旦那様は割と心配症なので、こうしてご自分が帰ることのできない状況だと、部下を我が家に寄越してくれるのです。一応、わたしの護衛だそうで。
わたし、こんな危険な森の奥に住んでいるわけですから、大丈夫だと思うのですけど。先日ユースタス様がいらっしゃったときも、すごく驚きましたからね。
「どうぞ、ボボさん。出来たてですよ」
「ボ」
シチューをお皿に注いで、ボボさんの前に出します。
まぁわたしとしても、上司である旦那様のご命令とはいえ、特に何もすることがない方が退屈を持て余すというのは少々いただけないなと、そう考えたのです。わたし奥さんですし、何かもてなしでも必要ではないかと。
そこでわたしは、旦那様に食べていただくシチューの味見という名目で、こうしていらっしゃった方に提供しているのです。
皆さんから割と評判が良く、そのおかげでわたしの護衛に来たいと言い出す部下が多くなってきた、と旦那様が以前仰っておりました。
「ボ。ボボ」
「ありがとうございます。先日いらっしゃったワンさんは、出来たては熱いから困ると仰っていました」
「ボ」
「猫舌、ですか……犬だと思うのですが」
「ボ」
「似たようなものですか。わたしは全く違うように思うのですけど」
わたしの言葉に、ボボさんが首を傾げます。
ワンさんというのは、先日いらっしゃった犬の魔物です。こちらも旦那様の部下ですね。先日初めていらっしゃったので、シチューを提供したのですが、熱いと仰いました。
頭が三つある大きな犬のワンさんは、熱いのがあまり得意ではないそうで。でも口から炎を吐けるそうです。よく分からないですね。
「最近は、何かありましたか?」
「ボ」
「あ、流刑者とそんなトラブルがあったのですか? ですが、流刑者は武器など持っておられないのでは」
「ボー」
ボボさんが、大きく溜息を吐かれました。
このウルーシュ大森林はハロルド王国、アリアン王国それぞれの国境に存在している森で、互いの国から流刑者が送られる場所でもあります。そのため、森の中央部では流刑者たちが身を寄せ合って暮らしている集落があるそうです。わたし行ったことないですけど。
ですが、それはそれで魔物の皆さんからすれば気にくわないことだそうです。今まで自分たちが暮らしていた場所に、突然余所者が現れたのですから、その感情は当然のことですよね。
ただ一応、流刑者のリーダー的存在が魔物の女王様と交渉して、どうにかその集落だけでの自由を認めてくれたとか、聞いたことがあります。
ちなみに、わたしは魔物の女王様とも会ったことがありません。そのうち会えるのでしょうか。
「ボ」
「なるほどー」
「ボ」
「ふむふむ」
要約すると、流刑者がどこからか武器を調達してきたのだそうです。それで何体かの魔物が、流刑者によって倒されたのだとか。
魔物はあまり仲間意識が強くないらしいですが、かといって人間を相手に同胞がやられているのは気にくわないそうです。ですが、流刑者の方もまともな食糧も手に入らない状況でしょうし、魔物の肉でも食べたいと考えたのでしょう。
そう考えたら、わたしは恵まれていますね。七日に一度は、食糧をしっかり調達できますし。まぁ、わたし流刑に処されてませんけど。
「ボ」
「それは確かに困りますねぇ」
「ボ。ボボ。ボボボ」
「勇者? へー、そんな方が流刑になっているのですか。え、流刑じゃないんですか?」
「ボ」
「へー。わざわざ森の奥まで来るとか、物好きですねぇ」
こんな風に、たまに。
こうして旦那様の部下と話す時間も、割と楽しく過ぎていくのです。