お昼ごはんです。愛情たっぷりですよ。
じゅぅぅぅ、とフライパンの上でお肉の焼ける匂いがします。
旦那様はミートソースパスタをご所望です。そしてミートソースとは言葉の通り、お肉がそのままソースになっているのです。そのため、まずお肉を焼いてから味を調えなければいけません。
旦那様と一緒に暮らすようになって、どんどんわたしの料理の腕は上達しています。昔はミートソース一つ作るのにも一苦労しておりましたが、今となっては鼻歌交じりにできますね。
「ふんふーん」
奏でる鼻歌には、特に曲名などはありません。
なんとなくそのときの気分で、そのとき浮かんだリズムを奏でるだけです。だって、どうせわたし以外に聞く相手いませんし。
旦那様がおうちにいないときは、わたしの鼻歌オーケストラの開催なのですよ。指揮者わたし、音楽わたし、聴衆わたし。寂しい趣味とか言わないでください。
「おや……」
そこで、わたしに声が聞こえてきました。
わたしの能力、『読心のギフト』は自動で発動します。というか、正確に測ったことはありませんが、ある程度の範囲があるのです。その範囲の中に誰かが入り込んだ場合、その心の声が聞こえる感じですね。
とても穏やかで柔らかく、優しげな心の声――これは、旦那様です。そして一緒にやってくる、無邪気な少年のような、太陽のような明るさを持つ声は、ペスさんですね。
もうお昼になってしまったようです。まだ昼食が出来上がっていませんのに。
クリームシチューの方に時間をかけすぎました。
「……」
「お帰りなさいませ、旦那様」
扉の方に向かって、わたしは頭を下げます。
わたしの能力、ある程度の距離も分かります。ですから、旦那様が近付いてきたのも分かるのですよ。旦那様が扉を開いた瞬間に、ちゃんとお出迎えできるようにしているのです。
ちなみに、旦那様のおうちは普通よりも大きな扉がついているのですが、さすがにペスさんは入ることができません。ペスさん、旦那様の三倍くらい大きいですから。
「……」
「申し訳ありません、旦那様。昼食の方は、もう少し時間がかかりそうで……」
「……」
「あ、お待ちいただけますか? すぐに食べたいと仰るのでしたら……ペペロンチーノでしたら、ご用意できます」
「……」
「ミートソースの方がよろしいですか? 承知いたしました」
うふふ。
旦那様、表情は何も変わらないのですが、心の中だけで「うげぇ」と仰っていました。
ペペロンチーノ、わたしは好きなのですが、旦那様はあまり好きではないのです。唐辛子の辛みが、どうも苦手だそうで。
別にわたしも、辛くしようと思って作っているわけではありませんよ。ただペペロンチーノの美味しさって、辛みが旨味みたいなところもありますし。
いつも買い出しのときには干し唐辛子を幾つか購入するのですが、旦那様はあまりお好きでないので、ほとんど食べるのはわたしですね。
「では旦那様、お掛けになって少々お待ちください」
「……」
わたしはすぐに台所へと戻り、フライパンの中をかき混ぜます。
いい感じに、お肉に色がついてきました。そこに玉葱や人参、茸などを加えていきます。火が通ったら、茹でて越したトマトペーストを和えて煮ていきます。
あとは味を調えて、水分が飛ぶまで煮れば完成です。その間に、パスタを茹でなければ。
「ガウウー」
「……」
「ガウガウ」
「……」
わたしが料理を作っている間、旦那様はペスさんとお話をされています。
どうやら、午後の仕事について話をしているようです。炭焼きは午前で終わりのようですね。旦那様、お仕事が色々ありますから。
まぁ、わたしは聞いていないふりをします。
良い妻は、夫の仕事について理解をしながらも、不干渉であるべきだと思いますし。
「お待たせしました、旦那様。できましたよー」
「……」
お皿の上に山盛りのパスタを載せて、その上へたっぷりとミートソースを掛けます。
今日作ったミートソースは、全て旦那様のためのものです。わたしは自分で、自分のペペロンチーノを作ります。たまに辛いの食べたくなりません?
勿論パスタはわたしの分だけ、ちょっと取ってあります。旦那様のお皿に入っている量の、五分の一にも満たない量ですけど。
ちょっと控えないといけませんしね。
「先に食べていてください。わたし、自分の分を作りますので」
「……」
こくり、と旦那様が頷かれて、フォークでパスタを食べ始めます。
そしてわたしの方は大蒜、干し唐辛子だけを入れたシンプルなペペロンチーノを作っていきます。味付けは塩のみです。簡単な材料だけで出来るのに、すごく美味しいのは何故なんでしょうね。
ペペロンチーノはすぐに完成して、お皿に盛り付けてから旦那様の前に座りました。
「ふぅ……では、わたしもいただきます」
「……」
「うふふ。旦那様、お口の周りが真っ赤になっていますよ」
「……」
旦那様がごしごし、と自分の右手で口元を擦りました。
口元の汚れは取れましたが、代わりに右腕の体毛が赤くなっています。こういうのって、洗わないと取れないんですよね。
夕方の水浴びのときに、体をしっかり洗わせてもらうことにしましょう。我が家、お風呂とかないので。たまに湯船に浸かりたいときもありますけど、湯を沸かすのも億劫ですからね。
「……」
「え? 午後からですか? 昨日買い出しに行ってきたので、色々と使わなければいけない食材がありますので、午後からもずっとお料理です」
「……」
「いえ、旦那様のお食事を作るのが、わたしの今一番楽しいことですから。やりたいことと言われても……別に今のところありませんよ」
何かやりたいこととかはないのか、と尋ねてくださいました。
ですが、わたしは正直なところ、今の生活に満足しています。わたしが家を守り、旦那様がお仕事をする。理想的な夫婦の形ではありませんか。
「……」
「あ……本日は、遅くなるのですか?」
「……」
「承知いたしました。いつお帰りになられてもいいように、お食事を用意しておきますね」
「……」
旦那様が、ジト目でわたしを見てきます。
いいから先に寝ててもいいぞ、といつも仰ってくださいますが、わたしが勝手に起きているだけですよ。たまにお帰りが夜中になることもありますけど、わたしは、旦那様にお帰りなさいを言うのが仕事ですから。
「しかし旦那様、お忙しいのですね」
「……」
「四天王の一角たる者仕方ない……ですか。いえ、出過ぎたことを申し上げました」
「……」
ああ、そうでした。
旦那様って、四天王という役職なのだそうです。
わたし、正直よく分かっていませんけど。