閑話:第二王子の思惑
「ふむ……」
ユースタスの質問に対し、兄アドルフは僅かに眉を寄せる。
騎士団で、ミノタウロス――A級の魔物を討伐することができるか。
そしてアドルフは、大きく溜息を吐いた。
「まず、ユースタス。仮にお前が、その質問を騎士団長に向けて行ったとしよう」
「はい」
「その場合……騎士団長は恐らく、我ら騎士団はそこまで王族から信用がないのか、と激昂することだろう」
アドルフは、ユースタスを窘めるようにそう告げる。
まるで――ミノタウロスの討伐など、簡単なことであるかのように。
「アリアン騎士団の魔物討伐部隊は、精強な騎士たちによって構成されている。少なくとも、A級の魔物程度に後れを取ることはない」
「では……ミノタウロスも?」
「ミノタウロスがA級に認定されているのは、そのタフさくらいだ。他のA級魔物と比べたら、遠距離攻撃もないし魔術も使ってこない。少々倒すのに時間がかかる程度だろうな」
「なるほど」
ユースタスは、そんな兄の言葉に笑みを浮かべる。
現在、魔物が分類されているのは五段階だ。D級、C級、B級、A級、S級――A級は、その分類の中でも上から二番目に位置する。
もっとも、魔物の中にはあまりの強さがゆえにS級を超えた特S級と称されるものもいるが、極めて少数だ。
そんなA級の魔物であっても、騎士団は決して後れを取らない。そうアドルフが断言するほどの強さに、まず安堵した。
「しかし、何故ミノタウロスなのだ? ミノタウロスから採れる素材は、角くらいのものだ。しかも、大した品質でもない。同じA級ならば、ドラゴンを狙った方が良い素材は採れるだろう」
「いえ……先、お話をしたセリアという女性の件なのですが」
「ああ」
「彼女は、ミノタウロスと共にいました。まるで、ミノタウロスに従っているかのように」
「なっ――!」
ユースタスの言葉に、アドルフは目を見開く。
人間が魔物に従っている――そんな事態は、見たことも聞いたこともないのだから。
「ミノタウロスに従っていた、だと……? 一体、どういうことだ」
「分かりません。ただ彼女は……ミノタウロスのことを『旦那様』と呼び、付き従っていました。まるで、侍従であるかのように」
「それは……呪いか?」
アドルフは、そうユースタスに尋ねる。
分かりやすく簡潔な結論が、何らかの呪いだ。呪術によって認識を歪められ、ミノタウロスのことを忌まわしい魔物だと思わず、自分の主人であるかのように振る舞う――それならば、まだ納得のいく話である。
だが、ユースタスは首を振った。
「呪いではありません。僕が礼だと言って……『解呪の指輪』を渡しました」
「なんだと! 王家の至宝を!?」
「はい。ですが、僕は正しい判断だったと考えます。どちらにせよ僕があの森で死んでいれば、死体漁りの手に渡っていたでしょう。それならば、僕の命を救ってくれた女性に、礼として手渡すのは当然のことです」
「むぅ……!」
アドルフが眉を寄せる。
実際のところ、ユースタスがセリアに対して渡した指輪――『解呪の指輪』は、アリアン王国の王族だけに受け継がれる至宝である。
王族は権力を持つ分、敵も多く存在する。しかし真っ当な方法では王族を相手に戦うこともできず、周りは常に護衛によって囲まれている状態だ。そのため、王族を憎む敵は基本的に、呪いを用いることが多い。じわじわと衰弱する呪いであったり、病と区別がつかない呪いであったり、その種類は様々だ。
『解呪の指輪』は、そんな呪いを指に嵌めているだけで完全に防いでくれるという逸品である。
「彼女は指に嵌めて、その上でミノタウロスを『旦那様』と呼んでおりました」
「ならば……洗脳魔術か」
「僕も、その可能性が高いと考えています。ですが、ミノタウロスに洗脳魔術を使える個体がいるという話は、聞いたことがありません」
「うむ、確かにな……」
ユースタスの言葉に、アドルフは頷く。
洗脳魔術は、魔術の種類のうちの一つだ。しかし、大陸魔術協会によってその使用が禁止されているものでもある。
相手の認知能力に対して作用し、記憶の忘却や捏造、果ては好意の上書きまで可能というものだ。まさしく敵を洗脳するために使われる魔術であり、一部の魔物も使用できるという話を、ユースタスも聞いたことがある。
「なるほどな……そのミノタウロスが、洗脳魔術を使っている可能性か」
「はい。しかし、ミノタウロスが……」
「いや、例外がないわけではない。見た目はほとんど変わらないが、極めて稀に途轍もない魔術を会得している個体もいると聞いたことがある。それを、魔物討伐部隊は《ロード》と呼んでいた」
「ロード……?」
「そうだ。以前に魔物討伐部隊が出会ったゴブリン・ロードは、広域破壊魔術を用いたそうだ。ゴブリンそのものはD級の魔物だが、ゴブリン・ロードに関してはA級レベルだったらしい。極めて稀だが、そういう個体も生まれることがあると聞いた」
「……」
「もっとも、ゴブリンなど何万匹も討伐している中で、ロードと判断されたのはたった一体だけらしいが……」
数万匹の中にたった一匹の、極めて特異な存在――それが、ロード。
ゴブリンでさえ、危険度がD級からA級まで跳ね上がるのだ。A級の魔物であるミノタウロスにそんな例外が存在した場合、その危険はいかほどになるだろう。
「もっとも、ロードだと判断した場合、討伐は難しいだろう……だが、必要とあらば騎士団を動かそう。洗脳魔術を使えるのだとすれば、放置するべきではない」
「はい……僕も、そう思います」
「その上で、女性を助けるべく動かねばならんな。私の予想ではあるが……恐らくロードというわけではなく、他に洗脳魔術を使うことができる魔物の個体がいると考えた方がいいだろう。どちらにせよ、放置するわけにはいかないが」
アドルフが頷き、そして改めてユースタスを見る。
「しかしユースタス、その女性……セリアといったか? 彼女を助けて、どうするつもりだ?」
「ええ……」
ユースタスは、アドルフのそんな質問に対して。
薄い笑みと共に、告げた。
「僕の妻として、娶りたいと思います」
本日より、更新は火曜日、金曜日の週2回とさせていただきます。
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