ちょびっとだけ。ちょびっとだけ後悔しています。
ぱんっ、とシーツを思い切り開いて、物干し竿へと掛けていきます。
わたしと旦那様が、一緒に寝ているベッドのシーツです。こうやって毎日お洗濯をして、夕方に干したものを取り込んで、綺麗なベッドにするまでがわたしの仕事です。やはり、お仕事でお疲れの旦那様には、綺麗なシーツで寝てもらいたいですからね。
そして一緒に干すのは、旦那様とわたしの服です。旦那様の服はとても大きいので、干すのも一苦労です。
「ふぅ……」
この服は、実はわたしのお手製だったりします。
初めてお会いしたとき、旦那様は服を着ておりませんでした。腰から下を、何かの獣の皮のようなもので包んでいただけでした。魔物は本来、服を着る習慣がないそうです。
ですので、わたしは旦那様に服を作って、プレゼントしたのです。
旦那様の体のサイズを測って、少しゆったりめに作ったオーバーオールです。本当はシャツも作りたかったのですが、それは旦那様から拒否されました。体毛が生えておりますから、下手に服を重ねて着ると暑いのだそうです。その代わり、オーバーオールはとても気に入ってくださいました。
その後、わたしは同じオーバーオールを三つ作りました。合計四着です。多少雨が続いても、予備が三着あればどれかは着れますからね。
今も旦那様は、わたしお手製のオーバーオールを着て炭焼きのお仕事をされています。
まぁ、お手製といってもデニム生地はティガス村で購入したものですが。縫ったのはわたしですので、お手製です。そうします。
「さて、次はごはんを作らないと」
お洗濯物を干し終わってから、わたしはおうちの中に入りました。
まだ旦那様が帰ってくるには、少々早めです。今からお昼ごはんを作ると、旦那様が戻ってこられた頃には冷めてしまいますね。ですから、今からやることは別件です。
何せわたしは昨日、大量の食材を購入してきました。
勿論、傷むのが早い食材は、できるだけ早めに使います。しかし、わたしは大量の食材を七日間保たせる必要があるのですよ。もっとお金が貯まれば、氷魔法の掛けられた冷蔵ボックスとかも購入したいところですが、あれ物凄く高いんですよね。
あと生肉ではなく、燻製肉を買えば長持ちするのですが、それだと料理も限られてしまいますし、生肉よりお高いのです。
まぁ次回の買い出しのときには、ペスさんに満足してもらうため、少々多めに燻製肉を買う予定ですが。ペスさん、お肉しか食べないんですよね。わたしとしては、健康のためにお野菜も食べてほしいのですが。
「ふんふーん」
包丁でお野菜を切って、鍋の中に入れていきます。
最初の頃は、大量に購入した食材を何度も腐らせてしまいました。とても食べられる状態じゃなくなって、悲しくも破棄したことが何度もあります。
ですから、わたしは早めに食べる必要のあるものについては、全部まとめてお鍋で煮ることにしているのです。
勿論、ただのスープではありませんよ。わたしが作っているのは、クリームシチューです。
傷みやすい牛乳を大量に購入しているのは、いつもこうやって大量のシチューを作るからです。ちゃんと朝夕に火を通すようにしていれば、七日程度なら余裕で保つのですよ。
もっとも、旦那様がシチューをお好きなので、最近は次回の買い出しまで保ってくれないのが難点ですが。前回も買い出しの前は、家庭菜園でとれた野菜を煮込んだスープしか作れませんでしたから。
まぁ、ユースタス様は喜んでくれましたけど。
「……」
野菜を切って、鍋に入れて、野菜を切って、鍋に入れて。
そんな作業を繰り返していると、だんだんと無になってきます。そして、思考がどうでもいい方向に飛んでいくことも多々あります。
そういえば、ユースタス様はちゃんと帰ることができたでしょうか。
兄――第二王子のユースタス様の兄ですので、第一王子なのでしょう、多分――と一緒に魔物退治に来ていたという話ですが、ちゃんと再会することができたでしょうか。
まぁ、今考えても詮無いことです。わたしは一応、謝礼として指輪を貰っております。この指輪で礼の代わりに、とか言っていたので、恐らく金貨での謝礼が来ることはないでしょう。
それに、わたしは一応「ここにわたしたちが住んでいることは、秘密にしておいてください」と伝えています。
枕に「できれば」と伝えたので、最悪言っちゃっていてもいいですけど。
「うーん……」
ただ――ちょっと失敗してしまったことを、今更ながら悔いています。
いえ、まぁ失敗なのかどうかは、まだ分かりませんけど。
正直わたし、他の人とお話をするのが物凄く久しぶりだったんですよ。いえ、魔物は割と大勢来ますけど、ほとんどわたしが一方的に喋るだけですからね。
心が読めるので、魔物が何を言っているのかは分かります。その上で、わたしがその言葉に答えます。魔物とわたしのコミュニケーションは、そうやって成り立っているのです。ですので、言語として魔物の言葉を聞くことってないんですよね。
それに……他の魔物には、わたしあまり好かれていないですからね。
「痛っ!」
思わず、そう指を野菜から離します。
考え事をしているうちに、自分の指まで切ってしまったようです。じんじん痛みます。
単純作業だからって、油断してちゃダメですね。このままだと、わたしの血でクリームシチューがボルシチになってしまいます。
とりあえず、ちょっと治療代わりに休憩としましょう。近くの川で指を洗って、ちょっと縛っておけばすぐに血も止まってくれるでしょう。
「はー……」
おうちを出て、近くの川に手を浸します。
冷たい水は気持ちいいですが、ちょっと肌寒くなってきたので少し寒いですね。あと、指先がすごく浸みます。
「まぁ……あんな一瞬のこと、覚えていませんよね。あの方、大変そうな状況でしたし」
思い出すのは、昨日の昼前。
倒れているユースタス様に声をかけて、お食事を提供して、お水を提供して、彼が落ち着かれてからすぐ。
わたしは、ユースタス様に名を問われました。
そして、わたしは答えました。
セリア・アウゼンバッハと。
「思わず答えてしまいましたが……まぁ、隣国の下級貴族の名前なんて知りませんよね」
ただ、もしわたしの名前をユースタス様が覚えていたなら。
きっと、わたしのもう一つの名前にも、辿り着くことでしょう。
ハロルド王国の『悪魔の子』――そんな、わたしにつけられた忌まわしい名に。