夢のフロリダ
「今度の日曜日、楽しみだね」
「天気がよかったらいいね」
自分の部屋で、布団の上で毛布にくるまりながら、ガールフレンドの十和田子ちゃんとのLINEを、終わらない、なんとなく終わらないダラダラと続くLINEをしていたら、
階下、一階のテレビで韓流ドラマを大きな音で、バカみたいな音で観ていた母親から突然ガイキチのような怒号が飛んできた。
「お風呂入れるぞー!」
なろうでは、文字サイズを変更とか出来ない仕様だから。あれ?出来るのかな?いや、出来たら逆に困るんだけどこの話では。まあやったことないし、これからもやろうとか思わないからしないけどさ。
とにかく、例えばアメブロのさ、例えば、他人様さ、通知で来るようなのあるじゃん。あ、ごめん。なろうでアメブロの事知ってる風に話すのはあれだよね。あるのさ。そう言うのが。大抵病気の話とか、なんか買ったらこんな値段だった。とか、義理の母とかの話。文化の違いの話とかそういうの。そう言うのが一日に何回か通知で来るの。なんか知らないけど。通知オフとかにしてたらいいのかもしれないけど、でもまあ、アメブロとかお世話になってる身だしね。
で、そういう所みたいに文字サイズとか変えられる感じだったとしたら、普通の文字、自分の言の葉とか普通の文章が、
『フォント名、MSゴシック、スタイル標準、サイズ16』
とかだったとしたら、さっきの階下から飛んできた、母親のガイキチのような怒号、
「お風呂入れるぞー!」
は、
『フォント名はどうでもいいけど、MSゴシックでも明朝体でもいいけど、スタイル太字、サイズ36から上』
っていう感じだった。
日常生活で、36から上の文字サイズなんかあるか?24とかくらいからもう大きいなあって思えるよ。思うよ。空港とか空軍基地の近くに住んでるのか?そんなことないけど我が家。駅の近くは近くだけど、それでもサイズ36から上の怒号を出すような案件は存在しないんだけど。おかしいのか?母親はおかしいのか?
ただ、とりあえず、それに対しての、
「はーい」
って返事はした。母親の文字サイズ36から上に比べたら蚊の鳴くような声だったけど、でもそれで届くから。十分に。そんな他と比べて広い家とかじゃないし。田舎の普通の家。門とか無い家。建て売りじゃないらしいけど。
それに今、それに今じゃねえよ!それよりも何よりも、今、今この時!僕さんは十和田子ちゃんとLINEしてるでしょうが!ガルフレの十和田子ちゃんとLINEしてるでしょうが!今度の日曜日の予定について、ラブラブチュッチュチュLINEしてるでしょうが!だらだらLINEしてるでしょうが!こういうのが結局一番楽しいし、結局いつまでも記憶に残るんでしょうが!あの世にもっていく思い出になるんでしょうが!
それを邪魔すんじゃねえ風呂ごときで!馬鹿野郎!
っていうか何だったら母親もLINEでくれたらいいのに。
「お風呂入れますよ」
って。
その方が労力も少ないと思うんだけど。何で大声を出す必要がるんだろうか?大声選手権とか出るのかな?それとも終活か?終活の一環でやってるのか?全部を使い切ろう。っていう事?
とにかく入るから。お風呂は入るから。入らなかったことないでしょ?入るよ。それよりも今LINEしてるから。十和田子ちゃんとLINE。キャッキャウフフLINE。ラブラブチュッチュキャッキャウフフLINEしているから。
「とりあえず駅前のスタバで、待ち合わせでえ」
「スタバにする?ナガハマコーヒーもあるけど」
「スタバがいいんじゃない?スタバだし」
「スタバだしねえ」
「(´∀`*)ウフフ」
「(*´σー`)エヘヘ」
「お風呂入れるうああああああ!」
母親の怒号がすぐそこから放たれた。奴はいつの間にか二階まで進軍していた。で、全く気が付かなかった僕はその塊のような、ワギャンランドの無敵一個前のワギャンが放った音波砲みたいな怒号に吹き飛ばされて布団ごと壁際まで吹き飛ばされた。転げ飛ばされた。恵方巻だったらもうご飯だか具材だかが、全部海苔に巻かれた位。終わった。出来上がった恵方巻。って言う位転げ飛ばされた。
「お風呂おおおおお!」
怒号の主の事をもはや鬼女だと思った。鬼女かと思った。もともと鬼女だったのかもしれない。鬼女じゃないと思っていたが、やはり鬼女だったんだ。鬼女の家なんだここは。
「入ります!」
そんな訳で、もはや一刻の猶予も無く十和田子ちゃんとのLINEを終わらせなくてはいけなかった。悲しかった。とても悲しかった。LINEを終わらせたくなかった。今生の別れかと思うほど悲しかった。このままどちらかが寝落ちするまでだらだらLINEをしたかったのに。そういう夢があったのに。夢のような時間だったのに。
「お風呂ろおおおおお!」
でも今、殺されかねないから。鬼女いるから。そこに。すぐそこに。鬼女の家だから。
「・・・あれ」
LINEの画面を見ると、先に十和田子ちゃんがもう、
「あ、お風呂入らないと、呼ばれた。じゃあおやすみ」
と、LINEを残していた。
先にフロリダされてた。
「・・・」
ただでも、まあ、考えようだよな。
十和田子ちゃんのお風呂を想像すると、それはそれは、滾るんだ。はかどるんだ。鬼女に立ち向かう勇気が湧いてくるんだ。