第二話
『悲しみの手紙』
主人公は、サヴォイ公爵家長女・リリーウェザー。17歳。
王族・貴族の子弟が通う学校で、リリーウェザーはその儚げな容姿で王太子・サフィールの心を一時期捉えることできたが、物静かなリリーに王太子はすぐに飽きてしまう。
しかし、王太子はすでにリリーと婚約しており、解消するにしても5公爵家の一つサヴォイ家の長女ということで安易にできなかった。
そこに、王太子妃の座を狙う5公爵家の縁者のラビニアが現れる。
ラビニアはリリーに王太子暗殺未遂の容疑をかけ、牢獄送りにしてしまう。
王太子はリリーが嵌められたことを知りながらも、何もしなかった。
リリーの処刑後、リリーの兄の元に手紙が届く。
その手紙を読んで、リリーの兄は涙を流すのであった。
そうよ! そうよ! 処刑されてしまうのよ! それも、犯していない罪で!
リリーは長椅子から立ち、せわしげに歩き始めた。
「…リリー様?」
部屋の隅で控えていたマーサが、リリーの何か憤慨しているかの様子に戸惑う。
よりによって、どうして、この話なの! 他にもあったのに! 他のはみんな、ハッピーエンドなのに!
リリーは歩を止めた。
今、6歳だから、あと十年と少しで殺されるんだわ。
鏡を見る。
こんなにかわいく生まれてきたのに。いや、だから、王太子に目を付けられて死んでしまうことになるのか…。
「…マーサ。王太子の名前、知っている?」
「ザイオン様ですが…」
質問の意図がわからず、マーサは怪訝そうに答える。
ザイオン? 違う! 違う! 私が小説の中で王太子に付けていた名前と違う! もしかして、私が書いた小説の世界だと思ったのは勘違い…?
「サフィールという名前の方いる?」
「はい、王太子殿下の王子様に」
いるのかー!!
リリーはよろけながら、なんとか長椅子に腰かけた。
やっぱり、処刑されてしまうの…私。
「リリー? 起きても大丈夫なの?」
その声にリリーは顔を上げた。自分と同じ濃い茶色の髪に青色の瞳。
「お兄様」
アルファートは一人掛けの椅子に腰かけるとリリーのほうへ視線を移した。
「顔色が良くないけど。まだ、休息が必要なのでは?」
自分のことを気遣ってくれている声すら、リリーには届かない状態だった。
処刑なんて……、想像もつかない…、ギロチンとかにかけられるのかしら?
「…リリー、こんな状態の君を連れてルイフォーレに行けない…」
「…ルイフォーレ?」リリーは顔を上げ、アルファートを見た。
「うん、そろそろ王都に戻らないと。学校もあるし。それから国王陛下に、頂いた弔文のお礼も申し上げないといけないし」
リリーは何だか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
前世で『悲しみの手紙』を考えていたとき、リリーウェザーの設定で『幼い頃、両親が事故死』としていたのだ。
ああ、これって私のせい? アルファートから両親を奪ったのは私?
居た堪れない気持ちでいっぱいになり、リリーはアルファートを見ることができなかった。
「葬儀って面倒だね」
ため息交じりに言葉を出して、アルファートは足を組んだ。
アルファートの言葉に驚いてリリーは顔を上げる。
「亡くなったのが領地でよかったよ。王都だと葬儀を1日で終わらせることなんてできなかっただろうし。弔問客も数えるほどで楽だったよ」
アルファートの言葉からは両親の死を悲しんでいるようには感じられない。むしろ、どこか清々したような印象を受ける。
リリーは、リリーウェザーの記憶の中の両親を思い出してみる。
父親は、リリーが粗野と感じる言動をするたびに鞭を振るった。
母親は、子どもに関心を持つことはなかった。
事故の原因は、馬車の中で両親が口論を始めたことだった。
激しい罵り合いの末、母親が拳銃を撃ち放ったのだ。
爆音に驚いた馬が暴走して、馬車が崖から落ちたのだった。
「巻き込まれて大変だったね、リリー」
アルファートは静かに微笑んだ。
両親の死には悲しみを見せないアルファートであったが、リリーの怪我には心を痛めているようだった。
「さっきも言ったように、僕は王都・ルイフォーレに戻らなくてはならない。でも、リリーはここに残ってもう少し静養したほうがいいのでは?」
アルファートの言葉がリリーの中でぐるぐる回る。
ここに残る…。王都から離れた、この地に残る…。そうよ、そうよ、このままここに残ればいいのでは? ずーっと、ここに引きこもってしまえばいいのよ。そうすれば、私を処刑する王太子とも会わずにすむわ!
次回更新予定 8月7日(金)