After story:甘き死のマリア
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大久保真理亜が戻って来たときは、世間は大パニックになった。
曰く、あの召喚に当たって凄まじい爆音らしき音が街中に響き渡ったのだとか。
だがそれ以上に驚きなのが時間の流れだ。
もう2年かそこらあの異世界で戦ってきたのに、ここでは数分にも満たない悪夢のような邯鄲の夢。
いや、夢ならまだよかったか────。
病院へ運ばれる中でも、現実味のない世界に呆然とするしかなかった。
時は経ち、真理亜は退院して復学する。
マスコミだかバラエティー番組だかで色々と騒がしかった時期は流れ、真理亜は学校へと通った。
だが、真理亜はもう以前のような少女ではなかった。
少なくとも、人間としての一線を越えてしまっている。
四六時中無表情に近い顔で『1000ヤードの凝視』と言われるような眼差しをしていた。
教室に入ってもひとりで席に座り、窓の外を見るだけだ。
最初は物珍しさで関わってくる生徒が多かったが、彼女の不気味さを感じ取って次第に声をかける者は減っていった。
だが、意外にも未知の境遇にあってああいうミステリアスな雰囲気を醸し出すようになった真理亜の隠れファンは増えていく。
そんな中、彼女のことが気に食わない上級生たちが現れた。
ずかずかと入ってきて、真理亜のことを嘲笑う。
「アナタが大久保真理亜って子? ちょっと裏来なさいよ」
「……」
「ちっ、テメェ無視してんじゃねぇぞブスッ!!」
ひとりの平手打ちが真理亜の頬に当たり、周囲が色めき立つ。
上級生の女子たちは真理亜の噂を聞いて焼入れでもしに来たのか、すごくイライラした様子だった。
だがそんな彼女らに対しても顔色ひとつ変えない真理亜。
その様子にまた上級生が手をあげようとしたとき、ちょうど教師が入ってくる。
「ん、おいお前らなにやってんだ?」
「なんでもありません。いこ」
皆が上級生に怯えた目を向ける中、ひとりの女子生徒が真理亜に近づく。
「大久保さん大丈夫? 怪我はな────……」
女子生徒はハッとして1歩後じさりした。
真理亜の瞳が、上級生に向いていたのだ。
人間として一線を越えてしまっている、まるで死が瞳の形をしているような────。
……その次の日から、真理亜に突っかかってきた上級生は皆学校に来なくなった。
聞けば部屋に籠ってしまい、なにかにひどく怯えているかのようで近々病院へ行くのだとか。
「怖いね~、なにがあったんだろうね」
「さぁ……」
自分のことを心配してくれた女子生徒と昼食中、机を並べてその話題に触れた。
口数も増えてきた真理亜に彼女も少し安堵の表情を浮かべている。
同時に真理亜に対する疑念。
あのときの瞳からして、彼女がなにかをしたのではないかと思ってしまう。
だが証拠もないし、なにより詮索したいとは思わなかった。
深みに入るととんでもないことになってしまいそうだったから。
「お、大久保さんってお弁当自分で作ってるんだね! すっごい上手だね!」
「ありがと」
「大久保さん、たまに本読んでるけど、どんなの読んでるの?」
「小説だよ。読んでると落ち着くんだ。君はなにか読んだりしないの?」
「私は漫画かなぁ。小説って文字ばっかだから目がかすんじゃって……」
「そうか。じゃあ無理にはおすすめとかはできないね」
続いていくふたりの会話。
それを傍目に見ていたクラスメイトたちの真理亜への印象は徐々に和らいでいく。
会話の中でも、意外にお茶目な部分もあったりするので、より親近感をわかせた。
男子からの人気もうなぎ登りになったのは裏のお話。
さらにクラスメイトを驚かせたのは、彼女の身体能力だ。
体育は男女別になることが多いが、真理亜は進んで男子のやる競技に混ざり、軽くあしらっている。
自分よりも体格の大きな男子だろうと、小回りのきく小柄な男子だろうと、真理亜の前では等しく同じ。
バスケットになれば、真理亜ひとりで3人の経験者をかいくぐってしまうほどにだ。
これにはクラスメイト中が沸く。
「嘘だろ……なんて動きしてんだよ。NBA選手かっての」
「大久保さんすごい! なんでそんなに動けるの!?」
「ねぇ、部活とかしないの? 女子バスに来てよぉ~。助っ人でいいから! ね?」
「悪いけど、部活動とかはしないんだ。ごめんね」
真理亜はふっと笑みをこぼす。
最近はこうして少しずつ笑うようになってか、あれだけ不気味がっていた生徒たちも心を開いていった。
時は過ぎて。
病院へ定期検診による経過観察。
この日、放課後両親と一緒に病院へと訪れフロントに10分ほど。
「ごめん母さん。お手洗いに行ってくるね」
席を少し外していたときに、事件は起こった。
数万分の一の確率、かもしれない出来事。
「この病院は我々が占拠した!! 全員その場を動くな!」
数十名からなるテロリストたち。
日本政府へのなんらかの要望。
もしも受け入れられなかった場合の犠牲者の数は計り知れない。
追い詰められた人間の狂暴な本性が、銃口として人々に向けられている。
「お前たち、安心しろ。俺たちの計画は完璧だ。政府は確実に俺たちの要望に応える。警察や機動隊もそう易々と行動はできない」
「ふ、違いない」
「警察にこの状況を打破できる力はねぇさ。それこそマンガに出てくるヒーローでも出てこねぇ限りよ」
「気を引き締めろ。絶対にミスは許されないのだからな」
「わかってるって」
だがその数十分後に異変は起きた。
AからEまでわけた班の内、CとEとの連絡が取れなくなる。
直前までの無線連絡で何者かと戦闘をしているかのようで酷く怯えた声だった。
状況を聞き出そうとするもすぐに切れてしまった。
「おい、どうなってる?」
「わからない。銃声が聞こえたが……」
「まさか警察と?」
「バカなありえない! そんな情報は入っていないぞ!」
「ほかの班に警戒を強めさせろ。なにかある」
だがすでにことは起きていた。
どうしようもなく手遅れなほどに。
「おい、どうなってんだこれ……」
B班のメンバーが現場の惨状に恐れおののく。
むせ返るほどの血と仲間だったものが廊下を埋め尽くしていた。
四肢と胴が綺麗に分かたれている。
普通の刃物ではありえない。
全員に嘔気と緊張が走る中、廊下の奥で足音が聞こえた。
「な、なんだアイツは」
「制服? おいおい、子供だぞ!」
しかし手に持っているのはそれに似合わない両刃の剣。
二刀流で手慣れた動作で軽く振りながらB班に近付いてくる。
無表情にして1000ヤードの凝視。
戦闘の気配を感じ取り修羅に戻った大久保真理亜だ。
「う、撃て! 撃てぇぇぇえええ!!」
B班の情けない声が響くと銃声が聴覚を支配する。
だがそれらはすべて弾丸を弾く音へと切り替わっていった。
異世界から一部力を持ち帰った真理亜。
ひとり、またひとりと四肢を落とされ散っていく。
その人間離れした動き、返り血を一滴も浴びることはなし。
殺戮を楽しむ剣舞にもはや歯止めは利かなかった。
「おい、B班どうした! 応答しろ!」
『ザザザ……』
「おい!」
『こちらB班。聞こえますか』
「おい、なにがあった! 定時連絡は10分間隔のはずだ。なにをしている?」
『……C班の様子をご報告します。全員四肢を斬られ死んでいます。全滅です』
「なに……そんな、馬鹿な!」
『リーダー、今どちらに?』
「どこって……東棟4階のナースステーションに決まってるだろ!!」
『……────そこか』
ゾワァ…………ッ。
さっきまで仲間の声だったのに、瞬時に別人へと切り替わった。
切られた無線の奥の声、さながらそれは死神のように彼らの肩に重くのしかかる。
すぐさま手を打つ。
人質をとりながらの移動をすることで、襲われても大丈夫なようにした。
「なぁ一体どうなってるんだ! どう考えても警察の仕業じゃねぇ!!」
「警察じゃない、別の誰かか?」
「じゃあ誰なんだ! ……おい、この作戦は上手くいくんじゃなかったのか! 話が違うぞ!」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
「おいふたりともやめろ!」
「黙れだと? これが黙れずにいら、あ゛ッ────」
突如叫んでいた男の頭部が破裂し、中身を周囲にぶちまけながら倒れた。
人質が悲鳴を上げ、テロリストたちは呆然とする。
リーダーが気配を感じその方向を見ると、屋上にある貯水槽に誰かいた。
ゴツいスナイパーライフルをかまえ、コッキングして次に狙いを定め、撃つ。
最初に撃ってからのタイミングがあまりにも早く、またひとりやられた。
「く、くそぉおおお! どうなってんだ!!」
物陰に隠れつつ屋上を見るも、すでにその姿はない。
あまりの現象にリーダーは人質が勝手に逃げるのも視界に入らなかった。
「おい……誰でもいい。応答しろ、応答してくれ……」
すぐさまA、B、Dとの合流を試みる。
涙声のリーダーにただならぬ雰囲気を感じ取り、各班がリーダーのもとへ集結した。
最早作戦どころではない。
大病院を盾に、これだけの規模の人数を揃えれば勝ったも同然。
そう思っていた。
多少の想定外は仕方ないとしても、そして犠牲が出るとしてもそれは革命を成すために仕方のないことだ。
だがそれは『人間』に対してだ。
人間を相手にするときのみ通じる道理なのだ。
道理が通じないとき、人間の感情は自制が利かなくなる。
精神は蝕まれていくのだ。
病院の外で警察やマスコミの声が聞こえる。
それがやけに懐かしく、そして愛おしく聞こえた。
人がいる。
人間の世界がこの建物の外にあるのだ。
だがその希望はすぐに断ち切られる。
……カラカラカラ。
壁を引っ掻くような音が前方の曲がり角から聞こえてきた。
直接精神を揺さぶるようなそれに全員の身体が強張る。
姿を現した真理亜。
全員を射程におさえたように、剣を握る手に力を籠める。
「女子、高生……?」
「おい、あの剣……」
「まさかアイツが?」
すべての銃口が真理亜に向けられるも真理亜は顔色ひとつ変えない。
女子高生の姿をした化け物を相手に、ひとりまたひとりと恐怖が伝染する。
「お前が、お前が俺の仲間をやったのか!?」
「…………」
「なんとか答えやがれ!!」
リーダーが精いっぱいの啖呵を切る。
だが真理亜はそれを無視するように足を進めてきた。
そればかりか、歌を口ずさみ始める。
────『きみとぼくの間に』。
まるで穏やかな遠足気分のような声調でつむがれる歌詞と、小さく金属音を響かせる剣。
異常という以外なにものでもないこの状況に、彼らはついに発狂する。
いくつもの銃声が数秒響いたのち、断末魔と血が噴き出す音が充満した。
「うわぁあああああああ!!」
「いやだぁぁぁぁああああああ!!」
子供のように泣きじゃくりながら銃を撃つも当たらない。
それほどまでに素早すぎる真理亜の間合いに入ってしまった者たちは、四肢を斬り飛ばされながら宙を舞う。
真理亜は歌いながらもテロリストたちを嬉々として手に掛けた。
逃げようとする者には手裏剣を投げアキレス腱を断ち切り、丁寧に剣で突き刺していく。
「はは、ハハハハ、ははははは」
メンバーのひとりが呆然としながら笑う。
迫ってくる真理亜の姿に笑うしかなかった。
「アハハ、アハハハハハハハハ────はりゃ?」
気がつけば四肢を斬り落とされ、窓の外まで蹴っ飛ばされる。
中も外も大惨事で、完全な地獄絵図と化していた。
残りはリーダーひとり。
最後の抵抗とばかりに拳銃を向け。
「この鬼畜がぁ!!」
発砲と同時にずり落ちる両腕。
絶叫を上げたときには両足はすでになく。
最期に目にしたのは、歯を剥き出しにして笑う真理亜の姿だった。
大虐殺で終わったテロ事件。
一番悲惨だった廊下の真ん中で、凝視と笑顔を張り突かせた真理亜が座り込んでいたのを、突入した警察たちによって発見、保護された。
周囲の惨状からしてテロリストたちに捕まってなんらかに巻き込まれたせいで精神に異常をきたしたか。
とりあえずはそう判断した……。
あの事件からも、真理亜は変わらず学校へと通っている。
獣性をひた隠し、ただの女子高生として勉学に励んでいた。
「大久保さん。おはよ」
「あぁおはよう。今日は寒いね」
「うん、あの……あれから大丈夫?」
「ん、なんのこと?」
「いや、ほら、その……病院のこと」
「あ、あぁ~あれね。うん、怖かったよ。でももう大丈夫。安心して」
「……わかった」
友人は作り笑いを浮かべる。
まるで他人事のように微笑む真理亜が、異常でならなかった。
こうして並んで歩いているのに、どこか遠い存在のようで。
暗く恐ろしいものが大久保真理亜のふりをして笑っているようで。
それを確かめる術はどこにもない。
もうどこにも。
今日もまた1日が始まる。
いつもと変わらないはずの日常、のはずなのだ。
そんなことを思っていると、ふとうしろから上級生の声が聞こえた。
「そういやよ。畑中譲治ってやつがいたんだけどよ」
「確か消えたクラスのやつだっけ。そいつがどうした?」
「いや、そいつ俺が中学のときの後輩なんだけどよぉ。消える前に金たかっときゃよかったなって思ってよギャハハハ」
「ハッハッハッ! そりゃ運がねぇな!」
友人が怖くなって真理亜に早歩きを提案したときだった。
真理亜を見た友人は思わずゾッとした。
その瞳から出るオーラもう、人間ではなくなっていた。
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