エピローグ
あの事件から復興したかの王都は、世界有数の大都市として目覚ましい発展を遂げた。
今日はとある学者が過去の出来事についての講演を開いている。
大勢の人々が耳を傾け、記者たちが帳面にペンを走らせながら、彼の話を聞いている。
「────……と、あるように、ジョージ=クライング・フェイスがこの世界に及ぼした影響というのはあまりに計り知れない。多くの方が学校で彼を世界を滅ぼそうとした凶人、国を裏切った売国奴として認知されていることでしょう」
「"ゴードン教授"! その言い方だと、ジョージ=クライング・フェイスは実は悪人ではなかったというようなニュアンスに聞こえるのですが。そこのところは」
「フフフ、なるほど。ご安心を。彼が悪人であることには変わりありません。ですが、近年になってある物が発掘されました」
会場がどよめきに包まれる。
ゴードンは背後のスクリーンに、古い書物の映像を流しながら説明する。
「かつてこの国を統治していたメルゴー女王の手記です。ご存じの通り、彼女は政治や学問の分野でも大いに貢献された偉人だ。同時に、ジョージ=クライング・フェイスのことを裏で調べ上げていた存在だったのです」
「その手記には、ジョージ=クライング・フェイスについてのことが書かれていると?」
「そのとおり。彼がクライング・フェイスになる前、即ち、メルゴー女王統治前の王国の情報はあまりに少ない。かつての事件で書物などがほとんど焼けてしまい残っていない惨状でした。ですが、ここに書かれているのは当時のことをつぶさに書いた記録なのです」
感嘆の声が響く中、ゴードンは壇上を歩きながら、変わりゆくスクリーンの映像に合わせて説明する。
メルゴーは独自の諜報機関を用いて、ジョージのこと調べ上げていた。
かつての真理亜の協力もあり、『畑中譲治』がいかにして凶行に走ったかや、クライング・フェイスとなってどのような行動をしたかを書き記している。
メルゴーの調査結果はもちろん、真理亜との交流で手に入れた情報。
彼女自身の感情をつづったり、集めた情報をもとに考察したりと。
そして真理亜から聞いたであろうあの『裁判』のことも記されていた。
裁判が仕組まれたものと知ったとき、勇者伝説に抱いていた幻想がものの見事に打ち砕かれショックを受けたこと。
情勢が悪化し、真理亜とコンタクトをとろうとしたときには、ジョージの情報網があちこちに張り巡らされていて、下手に動けば勘づかれる事態になっていたため、もっと早い段階で出会いたかったと悔やんでいたことも。
手記には真理亜のことも書かれていた。
ジョージ=クライング・フェイスが初恋の人であったことや、彼が犯人扱いされてどれだけ精神的に病みそうになったか。
それでも諦めず、無実の証拠を集め、そして論じ、とある5人が真犯人であると突き止めた。
しかしそのあとには……。
「────……以上が、現段階における我々の調査報告です。歴史にその悪名を轟かせたジョージ=クライング・フェイスの裏にあったのは、当時の司法と王権の汚点。多くの人間の濁りきった欲望がもたらした惨劇だった。……たとえ力はなくとも、異なる世界の人々のために、友のために良くあろうとした純朴な少年を、あの事件は世界を揺るがす強大な爆弾に変えてしまった。────彼は、この件に関しては被害者だった。彼は無実だったんです」
二度とこのようなことは起きてはならない。
そう締めくくると、会場から多くの拍手が沸き起こる。
「教授、つかぬことをお聞きしますが、このような悲劇を食い止める方法はありますか?」
「一部のカルト好きの間では、第二、第三のクライング・フェイスが現れるのではと噂されていますが、そこはどうお考えですか?」
一部の記者が踵を返そうとしたゴードンを呼び止める。
「……現時点で、悲劇を完全に食い止められる方法は解明されていません。恐らく、今後もしないでしょう。ない以上、またクライング・フェイスが生まれる可能性もあります」
ですが、と言葉を続けてゴードンは会場の人々を力強い目で見渡す。
「我々には知恵がある。言葉がある。悲劇に見舞われた先人たちが遺した記憶を、記録を読み取り、それをより良い未来に変えられるパワーを秘めている! ……過去は消えない。過去は変えられない。だが、その過去を乗り越えようとすることはできる。誰もがその権利を持っている。過去を報復の理由として次の世代、また次の世代に繋ぐのではなく、過去を次の惨劇を生む兵器として運用するのではなく、本当の意味で過去を克服すべきなのです」
過去が惨劇を生むのではない、過去を憎しみと醜い欲望に変えた人間が惨劇を生むのだと、彼はそうつけ加えた。
「我々は過去に生きているのではない。今まさに未来に向かっているこの瞬間を生きているのです。過去に囚われることは、憎しみの時代を生き続けると同義なのです。そしてそれは次の世代の子供たちに強いることを意味します」
「かなり厳しいご意見だという印象を受けますが、人間がそこまで強い存在だと言えますか?」
「その強い弱いという考え方が人間を狂わせ、否定させ、未来への道を迷わせます。人間は強くなくてはダメだ、自分は弱いなんてダメなんだ。次第にそれはアイツが悪い、コイツさえいなければというような極端な思想になります。クライング・フェイスはそういった心の隙につけこむ天才でもありました。……アナタの言葉をお借りします。人間がそこまで強くない存在でなにが悪いのです? 強くなくてはより良い未来を創造してはいけないなんて、一体誰が決めたんです? ……誰が決めたんですか?」
会場はすっかりゴードンの言葉に聞き入り、誰もが真剣な眼差しを向けている。
「過去について話しましたが、怒りや憎しみにも同じです。読み取り、知らねばならない。なぜ怒るのか、なぜ憎しみがあふれるのか。権力や中途半端な倫理観でただ力任せにおさえつけたとしても、それは時限爆弾のタイムリミットを先延ばしにしたに過ぎない。いつか爆発する。かの事件のように。そうなる前に、怒りや憎しみを軽んずることなく、正しく耳を傾けるべきのです。次、もし同じことが起きれば、今度は一国では済まないでしょう……」
最後に彼は「さらなる議論を、そして未来への更新を」とつけ加えた。
講演終了後、彼は軍に所属している古い友人に迎えられ、ある場所へと案内される。
軍基地内部にある地下魔導機関研究所へ行くために車に乗せられていた。
「さっきの演説は感動したぞ兄弟。お前は昔から頭も口もよく回ってたからな」
「演説とは失礼だな。私は調査の結果と自分の素直な意見を述べただけだ。そういうお前こそ強引だな。待ち伏せみたいなことしやがって。今日は娘の誕生日だから早く帰りたいんだ」
「そう言うな。あのまま帰れば、記者やら学会のお偉いさんやらがわんさかやってきて結局は遅くなる。助け船ならぬ助けジープを出してやったんだから感謝のひとつくらいしてくれてもいいだろう?」
「ハァ、わかったよ。すまん」
「それでいい。安心しろ。用件はすぐに終わる。お前の知的好奇心次第だがな」
「どういうことだ?」
「今にわかる。さぁついたぞ」
車を降りて案内されるままに地下へと進む。
巨大なシェルターじみた場所につき、重厚な扉が開くと、薄暗い場所にたどり着いた。
数人の研究員と兵士たち。
ゴードンとその友を見るや、兵士たちはバッと敬礼する。
「"バーンズ大佐"、先ほど準備が整いました。いつでも始動可能です」
「ご苦労、では始めろ」
「おい、なにを始める気だ?」
「まぁ黙って見てろ。面白いぞ」
空間に現れたのは数多の魔導術式。
複雑な文字列の魔法陣が、ガチャリガチャリと音を立て、ロック解除のような動作をし始める。
最後に現れた巨大な魔法陣。
そこから顕現するようにゆっくり降りてきたのは巨大な円形の台だ。
地面まで降りてくると、その台の上を光が照らす。
「こ、これは……!?」
「288年前になるか。我々の機関はメルゴー女王の指示のもと、『彼』を回収した。わかるか? 当時のままだ。回収した日からずっと特殊な魔導術式を展開し、今日まで腐敗も劣化させずに保管している。表の歴史では、ジョージ=クライング・フェイスは塵になって消えたとしているが」
「そういう問題じゃあないだろ……なぜここに、ジョージ=クライング・フェイスの遺体がある!?」
「そう興奮するなって。野ざらしにするわけにもいかんだろ? メルゴー女王は封印と同時に彼の研究を命じていたのだ。兵器開発だとかそういうのはご法度としている」
「研究、だと?」
「……彼の身に付けている装備、違法スキルの開発、極めつけにこの異形の姿だ。今の我々の技術力をもってしても到底再現できない代物だ。オーバーテクノロジーというやつだな。……かの勇者、大久保真理亜も当時には存在すらしてなかった銃器を最初から持っていたなどと聞くが、彼の装備は彼女の世界にも存在しないものだったらしい」
「確かに……モンスター化というにはあまりにも不自然ではあるな」
「なんの力もないガキが、ある日突然こんなパワーを手に入れる。現実味のない話だが、今よりずっと混沌とした時代だ。事実は小説より奇なりとも言うしな。……なぁゴードン、お前、あの手記にはなにか書いてなかったか?」
「手記に?」
「あぁ、たとえば……彼をこんな風にした存在がいたとか。俺は途中から来たからすべてを聞いてはいないんだよ」
「……手記には『魔女』の存在がいた、くらいか。それ以上の情報はなかった。真理亜女史が教えなかったのか、意図的に手記には残さなかったのか。もう少し調査を進める必要がある」
「うむ、なるほど」
「失礼します。バーンズ大佐、アルマンド将軍より直々のお電話です」
「将軍が? わかった。すぐにいくと伝えろ」
「ハッ!」
兵士が立ち去ると、バーンズはゴードンににやけ顔を見せる。
「あの超絶美女がこの俺に直々の電話だとよ」
「仕事の話だろどうせ」
「い~や、恐らくプライベートだ。俺の勘がそういってる。でなけりゃ辞令だ。俺の美しい愛国心が評価されて出世をだな……」
「わかったから早くいけ」
「了解、見ていきたければ見ていくがいい。いずれはお前もここの研究に携わることになるだろうからな」
「わかった」
兵士の護衛のもと、クライング・フェイスの遺体に近づき、じっと観察する。
まるでついさっき戦死したように、その身体には生々しい生命の痕が残っていた。
真理亜によって砕かれた翼や触手、面頬やプロテクターの破片に至るまで、台の上に並べられている。
これらを数十分にわたり観察した。
「臭いがないのが救いだな」
「防臭もかねておりますので」
「いい仕事だ」
ふと、ジョージ=クライング・フェイスの左手を見て、足を止める。
人体の中で一番まともな部分のひとつだ。
今にも手を伸ばしてこちらを掴んできそうな静寂さを持つその手。
ゴードンはなぜか触れたくなり、そっと手を伸ばしかけたときだった。
「なにをしている?」
「うっ」
バーンズがもう戻ってきた。
「死体に触ろうなんて思ってはいないだろうな?」
「……まさか」
「だろうな。触れないほうがいい。汚れた手で娘を抱き締めたくはないだろう?」
「あぁ。……で、どうだったんだ?」
「あ~残念ながら仕事の話だったよ。相変わらずお堅いお人だ。こっちからアプローチをかけようとした瞬間に切られた……」
「そりゃ残念。お前は脈なしってやつだな」
「言いやがる。……今日はお前にこれを見せたかったんだ。どうだ? もっと興味が湧いたろ?」
「あぁ、ぜひとも協力させてもらおう」
ふたりは研究室をあとにする。
その際、ゴードンはもう一度振り返り、彼の遺体を見た。
もう動くことない肉体。
しかし彼の残した影響はまだこの世界に残っている。
まだまだ平和とは言えない。
再発防止のために、今を生きる者がやることはいくつもある。
きっと再発防止という言葉をこれから先何千回何万回、何億回何兆回と使うことになるだろう。
それでも止まるわけにはいかない。
「どうした。早く出ろ。そろそろ遺体も封印状態にせにゃいかん」
「あぁすまない。それで、実は次の論文発表でだ────……」
「ハッハッハッハッ、そりゃあ痛快だ。学会のお偉いさんどもの真っ赤な顔が目に────……」
歩いていくふたりの背後で、遺体は再び封印状態へと切り替えられる。
世界を揺るがした男は、歴史の闇の中で物言わぬ証人としてその肉体を捧げることとなった。
────生命や精神はそうして星とともに巡るもの、そうだろう幸せを信じる諸君?
これにて終了でございます。
多々至らぬ部分ありながらも最後まで読んでいただきまことにありがとうございました!
2021 8/5
予定として近い内に真理亜のその後を投稿させていただこうかと思います。