I dreamed a dream…
「アハハハハハハハハ!」
「HA-HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!」
『怒り狂え』による破壊光線が、縦横無尽に跳ねまわりながら近づこうとする真理亜を牽制する。
爆発をものともせず双剣を振り回しながらゲラゲラ笑う真理亜を、今度は『嘲笑え』による変幻自在のナノマシンや触手による攻撃を見舞った。
「アッハァ!!」
それらをいなし、かいくぐりつつ距離を詰める。
譲治の装甲の硬さは爆弾さえもものともしない。
だが、今となってはそんなことはどうでもいい。
メソメソ考えるよりも、思いっきり叩きつけたほうがもう楽だと、真理亜の身体がそう動くのだから。
「うらぁああ!!」
回転しながらの連続斬りと触手がぶつかり合う。
純粋なパワーとスピードでは譲治が上回っているものの、技巧面においてはやはり真理亜が一枚上手だ。
波打つ触手のラインに沿って刃を滑らせ、ついにその胴部に切っ先が届いた。
ガチンという音とともに弾かれるも、真理亜は次の算段をつけている。
今ので少し態勢を崩した譲治に一気に肉薄し、プロテクターの間の部分に思いきり切っ先を押し込んだのだ。
「ウワァアアアアアアアアハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」
「アハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
その勢いのまま譲治を押し倒して跨り、何度も何度も何度も何度も突き刺す。
目いっぱいの情念を込めて、グロテスクな音を響かせながら彼の肉に刃を突き立てていった。
よみがえる思い出。
初めて出会ったのは中学校の図書室。
図書委員になったあの日から、幾度も見てきた彼の背中。
暇があればいつも図書室へ来て、色んな本を読み漁っていた。
こちらからは話しかけず、受付に来たら必要最低限の会話だけ。
しかしそれだけでも、当時の彼女は至福を感じていた。
────今思えば、なんて"滑稽"なのだろうかと。
そんなものはただ浮かれていただけにすぎない。
高校が一緒だった。
クラスが一緒になった。
それだけで真理亜は幸せを感じていた。
幸せに踊らされていた。
「アーッハッハッハッハッハッハッ!! アハハ……アハァ……うえぇ、アハハハ、うぁぁ、……ヒハハハハハハハハ……ッ!!」
どんなに笑っても、涙と嗚咽は止まらない。
狂いたいのに狂えない。
こんな自分なんてさっさと壊れて欲しいのに、壊れてしまえば楽なのに、心は激しい悲鳴を上げるばかりで、痛むばかりで。
真理亜の笑いが止まり、今度は首に刃を突き立てようとした直後だった。
触手による妨害を受け、百数メートルほど吹っ飛ばされる。
「ガフッ! くは、カカカカカカ……いいぞその調子だ! もっともっと、楽しもう」
グチュグチュと音を立てながら傷口が再生していくも、体力はかなり消費したようで呼吸を荒くしている。
翼を広げ、上空へ飛び、『怒り狂え』を真理亜めがけて放とうとしたとき、ふと自分以外の羽ばたきの音を耳にする。
怪物たちは戦場にいる、では誰がと思ったとき強大な気配を背後より感じ取る。
「ぬっ! 連中まさか……ッ!!」
ワイバーンに乗った騎士たちの軍団が譲治のほうにやってくる。
「ワイバーン機甲部隊……。驚いた。怪物じゃなく、真っ先に俺を狙ってくるとはな……いやそんなことはいい。誰が指揮を執ってる? こんな大胆な判断を下せる奴はいないはずだ」
どちらにしろ迎え撃つ。
たとえ数で負けていても、ワイバーンに遅れをとるほど劣っていない。
「目標、目視で捕捉」
「額から生えた角から高エネルギー反応確認」
「迎撃態勢、すでに整っています。────ご指示を!」
指揮官であろう"女性"が部下たちからの報告を聞き。
「作戦通り、行動を開始します。────武運をッ!!」
ワイバーンに跨った騎士たちが散開し、取り囲むように譲治に接近する。
「せっかくのお楽しみを台無しにしてくれちゃってまぁ……。お前ら全員黒焼きにして食ってやるッ!」
触手が狂ったように波打ち、大量のナノマシン導入による渦のような盾を形成。
しかし、ワイバーン機甲部隊の面々は臆することなく立ち向かっていた。
どれくらい気を失っていただろうか。
真理亜は瓦礫の中から身体を起こすと周囲の状況を確認する。
夜が白み始め、朝を迎えようとしていた。
空では譲治がワイバーンに跨った騎士たちと戦っている。
彼らは中々に善戦しているようだが、次々と触手やナノマシン、そして破壊光線の餌食になっていった。
「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」
譲治の笑い声が聞こえる。
いや、あれはもう畑中譲治でない。
そう思うともう涙も笑いもでなかった。
乾燥した落ち着きが真理亜の中に広がる中、一騎のワイバーンが真理亜の上空を飛んでいる。
「あれは……間違いありません。勇者様ッ」
エメラルドグリーンの鎧に金色の長い髪をした姫騎士。
彼女こそ、今回のワイバーン機甲部隊の指揮官であり、自ら名乗り出てワイバーンに騎乗した。
背後には巨大な宝箱。
中には伝説の武器が入っている。
彼女の国に伝わる武器で、勇者にしか使えないとされているため、永らく保管されていた。
姫騎士はそれを渡しに来たのだ。
「勇者様! これをお使いください!!」
宝箱ごと真理亜のほうへ放り投げる。
なにごとかと思い、宝箱をキャッチすると中から出てきたのは……。
「弾は5発か」
それは対物ライフルによく似たレア武器だった。
表面的なデザインはかなり華やかで、隅っこに小さく『ティヨル』と銘が彫ってある。
この世界における神聖な木の名前を冠する銃だ。
弾丸装填。
スコープ越しにジョージ=クライング・フェイスを狙う。
「……」
自分が使っていたものとは違い、一切外れる気がしなかった。
あれだけ動き回っているのに、彼がどの方向へ行き、どのような動作をするのかが手に取るようにわかる。
「────ッ!?」
ジョージの背筋が凍る。
真理亜のほうを向いたときには、すでに轟音とともに右の翼を破壊された直後だった。
目を見開いた状態で、空中にて体勢を崩しながらも、彼はずっと真理亜を見ている。
続いて2発目、たった一発の弾丸で触手の9割を破壊。
────まだ真理亜を見ている。
3発目、防御で展開したナノマシンの渦を貫通させ、左の翼を2枚抉り飛ばす。
────それでもまだ真理亜を見ていた。
「……友よ拍手を、喜劇は終わった」
餞別の言葉、涙がひと雫。
続く4発目でジョージ=クライング・フェイスの腹部に巨大な穴を開けた。
────彼はずっと真理亜を見ながら、地面に落下した。
弾はあと一発。
真理亜はゆっくりジョージに近付いていくと、か細い声でなにかを歌っていた。
誰もが知るミュージカル『Annie』の『トゥモロー』。
プロテクターが完全に破壊されたことによって、なんらかの液体が漏れているのか、それが血液と空気と混じり合い、不気味な青色へと変色している。
青色にまみれながらも、ジョージは見開いた瞳でゴボゴボと歌っている。
真近くまで来た真理亜は、そんな彼を悲しくも冷めた表情で見下ろしていた。
歌も終わりに近くなり、同時に朝日が昇ろうとしている。
真理亜は銃口をジョージの顔に向けた。
それでも彼は歌い続ける。
それを望んでいるように、力を振り絞って。
────終わり、そして立ち上る硝煙。
数秒遅れて地平線の遥か向こう側から太陽が顔を出す。
怪物たちは日の出に気づいたようだが、すぐに異変に苛まれることになった。
灰か塵のように、肉体が崩れていくのだ。
怪物たちはたちまち悲鳴を上げる。
怒りを捨てたくない。
憎しみを忘れたくない。
最後の1匹になるまで、そんな情念が織り交ざったかのような断末魔を上げながら消滅した。
「た、助かったのか?」
「あぁ、終わったんだ……」
「やった……やったぞ!! きっとクライング・フェイスの野郎がくたばったんだッ!!」
生き残った者たちの歓喜の声が上がっていく。
このときばかりは人間もモンスターもなく、互いに抱き合い、慰め合い、生きていることの喜びを分かち合った。
「……勇者様」
姫騎士が真理亜のもとへ降りてくる。
真理亜は武器を地面に落とした状態で、頭部をフッ飛ばされて下顎のみが残るジョージを見下ろしていた。
姫騎士が再度呼びかけるが、真理亜はなにも答えない。
彼女に背を向けたまま微動だにしなかった。
姫騎士は勇気を出して彼女の顔が見える位置まで移動する。
「ぁ……」
生気のない目に、ずっとつむがれた口。
なにもかも失い、抜け落ちたような表情。
涙も、笑顔も、消え失せた。
「……姫様。そろそろ」
「はい、すぐ行きます。……アナタとはお話したいことがいっぱいあります。またお会いしましょう。必ず」
一礼し、その場を去っていく姫騎士。
すれ違いざまでも真理亜は微動だにせずに佇んだままだった。
「……」
こうして怒りと混沌に満ちた夜は明け、生き残りは光の世界へと戻ってくる。
この事件の犠牲者は計り知れず、史上最悪と言っても過言ではない。
今回のことで様々な他国や魔王軍は相当な痛手を負い、皮肉にもこれを機に長らく続いた戦争に終止符を打ち、近々和平協定が結ばれることになる。
朝の太陽がこの世の魂たちを照らす中、遥か遠くにて鳥たちが、輝く海のほうへと散っていった。
それはきっと失った命たちの群れ。
あの中にクラスメイトや譲治はいるのだろうか。
そんなことを考えながら彼の亡骸に寄り添うように寝転んだ。
ささやかな思い出は、儚いシャボン玉のように消えていく。
真理亜は目を閉じ、眠ることにした。
今はただ────。
あと2話を予定しております。
最後までよろしくお願いします!!