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歓喜の哀歌

 ジョージ=クライング・フェイス最終形態ファイナルモード

 ただの少年が、なぜこんな怪物へと変態してしまったのか。


 あの魔女に出会ったときからか。

 不当な判決を言い渡されたときからか。


 親友たちに裏切られたときからか。

 それとも、この異世界に召喚されたときからか。


 そもそもな話、あの日学校に来てしまったからか。

 教室ではなく、別の場所にいなかったからか。


 どれも当たりのように感じる。

 すべてが『結果に繋がる過程』だ。


 なんの変哲もない日常が、最悪へ至る導火線となってしまっていた。

 盛大に炸裂する運命がこの世界を奈落へと落とす。


 彼は"天使"だ。

 悪魔より破壊と否定を好む、幸福の殲滅者。


 この世に根付いた憎しみによる系譜、その使徒。


「さぁ、そろそろ合図を送ろうか!」


 譲治は翼をはばたかせ、上空へ。

 先ほどのように角の先端に炎を溜めると、球体の状態で上に放つ。


 炎玉は照明弾のように弾け、ユラユラと落ちていった。

 それを皮切りに、魔王軍が進軍し始める。


 王都も他国の軍もこれにはパニックを起こした。

 それを嘲笑いながら、上空をトンビのように飛翔する譲治。


 真理亜はワイヤーガンを駆使し建物の上に昇り、スナイパーライフルを手にする。

 しかしその機動力はジェット機能の比ではない。

 

 狙われているとわかるや、反重力的な動きをし始める。

 超常的な急旋回などを繰り返され。標準が定まらない。


 特殊スキルである【死の聖母(サンタ・ムエルテ)】でもとらえきれない動きなのか、それともミスター・ファイアヴォルケイノのように、なんらかのスキルで真理亜のスキルを相克しているのか。


「マリアァァァァアアアアッ!! アイ・キャン・フラァァアアアアイ!!」


「うるさいッ!! あおるなッ!!」


 標準が定まらないながらも数弾放つ。 

 しかし華麗な飛行テクニックにより、弾は当たることなく空をかけていった。


「無駄だ、あたりっこねぇ」


 譲治は建物に隠れるように低空飛行を始めた。

 真理亜はワイヤーガンを二挺取り出し、高速で建物の間を飛んでいく。


「やはり追ってくるか。む、そうだ……」


 譲治の前方に見えるは対応におわれる兵士たち。

 こちらに気づいたようで、発狂したように騒ぎ出した。


「────咽び泣け(ク・リトル・リトル)」 


 触手が蠢きながら数十メートルも伸び、兵士をひとりひとり串刺しにしていく。

 そこから魔力や生命力を吸収し、干からびた死体を築いていった。


 おかげで譲治の肉体には力がみなぎってくる。

 

「レベルドレイン……ってぇのも中々に美味だな。あとはこの死体を使って……」


 すかさず死体を一か所に集め、触手から垂れる謎の液体を注ぎ始める。

 ワイヤーガンの音が近づいてくるのを確認し、地面に触手を突き立てるようにして待った。


 その光景を見たときの真理亜の驚きようと警戒っぷりは異様だった。

 地面に着地し、双剣を取り出す。


「さぁお待ちかね。ちょいとだけ遊ぼうか」


 傍の死体たちが組み合わさって、ひとつの怪物へと変化する。

 四足歩行の巨大なそれは、クランの妖狼の部分を彷彿させた。


 嫌な気分が蘇る。

 さらに死体ひとつひとつから漏れるうめき声がさらに怖気を加速させた。


「……行け」


 譲治の命令で狼をかたどった死体の集合体は、凄まじい速さで真理亜へと接近する。

 譲治も戦闘に加わる気で、翼を広げて上空から攻めるつもりだ。


(あの死体狼のほうは動きが単調だ。問題はジョージか。ここは一気に攻めて短期戦に持ち込む!)


 ひと振りを歯で咥えるようにし、左手にワイヤーガンを。

 一気に駆け抜け、死体狼に回転斬りを繰り出す。


 相手は攻撃する間もなく切り刻まれるも、ジュクジュクとした液体を周囲にぶちまけていった。

 真理亜はその臭気と感触からなる嫌悪感を我慢して、譲治の触手の1本にワイヤーを引っ掛ける。


「お!」


 この行動力に譲治は虚を突かれたような声を発する。

 そのまま飛び上り、譲治に肉薄し、刃を振るおうとしたそのときだった。


「……なぁんてね。────嘲笑え(ナイ・ア・ラテップ)


 突如譲治の背後から液体金属のようなものが渦を描くように出現し、譲治の左腕に絡みつく。

 そして、ある形状の武器をかたどり、ガチャンと音を立てた。


「"パイルバンカー"だぁああああああッ!!」


「おぶぅうッ!?」


 強烈な金属の一撃が真理亜の腹部に直撃。

 衝撃波が貫通し、周囲の建物を半壊させた。


 真理亜は瓦礫の山にめり込む。

 虚を突かれたのは自分だったのかと、精神的なダメージまで著しいものとなった。

 しかしタダでは転ばないのが真理亜でもある。


「ヒャッハー! 魔ァァァ女の科学力は異世界一ィィィイイイイイイッ!! 大量のナノマシンを忍ばせて自在な変化を可能したッ! 俺が防御面でも怠るわけねぇだろタコがッ!」


「あぐ……くそぅ! まだだ、まだ終わってないッ!」


「ん~、強がりが聞こえるなぁぁぁ~?」


「……ほかの音は聞こえないかい?」


「あん?」


 譲治はすかさず背後を見る。

 よくは見えないが、背中にリモート式の爆弾が取り付けられていた。


 彼女は暗殺者としてトラップも得意としている。

 実は手榴弾のほかにも、たったひとつだけこの爆弾を持っていたのだが、これまで使うことがなかった。


「────ありゃ」


 真理亜がボタンを押すと譲治の背中は盛大に爆ぜる。

 爆炎と砂埃で見えなくなるも、彼がすぐにまた別のほうへ飛んでいくのがわかった。


 たかだかこの一撃で死ぬとは思わなかったが、あまりにも装甲が硬すぎる。

 大したダメージを与えられていないとわかるや、真理亜の心の疲弊がさらに増した。


「クソ……ボクが、なんとか……しなくちゃ」


 最後の回復薬を取り出し飲むも、その量は雀の涙程度でしかない。

 

「ハァ……ハァ……どうして、どうしてボクじゃ止められないんだ。いや、そもそも……なんで、彼を殺そうとしてるんだろう、……────はっ、いや、しっかりしろ大久保真理亜ッ!! ボクがしっかりしないとダメじゃないかッ!」


 自らを鼓舞するも心の中でなにかがざわつき、そしてささやく。

 それを振り払うように、奥歯を噛み締めた。


『ジョージ=クライング・フェイス……僕の人生最高の隣人を止められると思うのかい?』


「黙って……」


『惚れた男に裏切られる気分はどうかしら大久保さん? そうよそれ。その顔が見たかったの』


「黙ってよ」


『あの男は悪だ。この私を邪道に落とした……だから犯した。ベッドの中で何度も肌を重ねた。最高だったぞ。お前はそうしなかったのか? なぜだ? 強い力を持っているのならねじ伏せてしまえばよかったものを』


「黙れッ!」


『カワイソウ……アナタも結局、ひとりぼっち。フフフフ』


「黙れって言ってるだろ!!」


『なぜあの小僧をいつまでも殺せないのか。つまるところ、これまでの恋心を捨てきれんからだろう。過去にしがみつき、現実を受け入れようとしない。譲治を助けたい止めたいなんて言葉も、結局は非情になれない己の心を誤魔化すための口実に過ぎんかったわけだ』


「うるさいんだよどいつもこいつもッ!! さっきは、殺しそこねただけだッ! 次は、必ず……ッ!」


『本心ではどう思っているんだい?』


『当ててあげましょうか? ────たとえ歪でもいい。ずっとこのままの関係が続くといいなって』


「違うッ!」


『なにが、ちがう、の? ジョージと一緒にいられるんだよ? ジョージが生きてたとき、ホント、は、ホッとしてたんでしょ?』


『もしかしたらこのままの関係も、存外悪くないんじゃないかってな』


『こりゃあ傑作だッ! ロミオとジュリエットも腹を抱える喜劇だな!』


「やめろやめろやめろやめろ噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓噓ッ!」


 かつて出会った強敵たちの声が心の奥から聞こえだす。

 それは代弁なのか、はたまた気の迷いから生じる感情なのか。


「フーッ! フーッ! ……ボクがジョージとこのままでいたい? ふざけてる。そんなことあってたまるか。……もう、殺すしかないんだ。そうだ。ボクがやらなくちゃ、いけないんだ」


 ドウヤッテ?


「そ、それは……わからないけど、弱点を探したりとかして」


 本当ハ殺シタクナイクセニ?


「当たり前だよ……好きな人を殺したいだなんて、そんなニッチな感情抱くはずが……」


 デモ、殺シ合ウトキハ、彼ハボクノ方ヲ見テクレルヨネ?


「だからなんだ、それがずっと続けばいいなんてバカげてる!」


 嬉シイクセニ……。


「嬉しくなんかないんだよッ!! なんなのさ、もう……。好きな人を救いたいって思ってなにが悪いんだよ……。そのために全力で取り組んでなにが悪いんだよ……でも、止められなかった。化け物になってしまった。……そんな彼に引導を渡すのがボクじゃないか! ボクしかいないじゃないか!! 誰もなにもしないじゃないか! してくれないじゃないか! だからボクがやるんだッ! ────大好きな人になにかをしてあげたいって思って、なにが悪いんだよッッッ!!」 


 真理亜は慟哭どうこくとともに、譲治を追いかけた。

 鬼のような形相で歯を食いしばり、遅れを取り戻そうとする。


「────」


 そんな彼女の慟哭を、飛行しながら目を細めて聞いていた譲治は、高い塔に触手を絡みつかせて止まり、戦況を一望する。


「……さて、仕上げといこうか。お前の心はどこまで持つのかな?」

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