僕の戦争
「うぉぉおおおお!?」
ジェット機能を無力化され、真理亜ともども地面へと落下する譲治。
受け身をとれどゴロゴロと転がる羽目になり、攻撃手段である杖を落としてしまう。
「いっで……ハハハ、痛すぎて笑える……クソッ!」
這いずりながらも杖のほうへと向かい、手を伸ばした直後。
「そこまでだ!」
杖が放たれた弾丸で弾かれてしまう。
真理亜はすでに身構えており、銃口を向けていたのだ。
「おい待てよ。あれがないと俺立てないんだよ。拾ったっていいだろう?」
「立つ必要はない。そのままうつ伏せで両手を頭に! 早く!」
「……映画で見たことあるシーンだ」
譲治はすんなりと受け入れる。
真理亜は銃口を向けながら近づいた。
抵抗の気配はない。
だがまだまだ余裕そうな態度が逆に不気味だ。
「安全装置がかかったまんまだぜ?」
「さっき撃ったばかりなのにかかってるわけないでしょ」
「……そりゃそーだ」
「なにを企んでる?」
「なんも」
「嘘だ」
「なんとでも言え。俺は嘘つかない。肝心なことだけしゃべんないだけだ」
「じゃあしゃべってよ。肝心なこと全部」
「いーやーだ。俺には黙秘権がある」
これ以上は彼のペースに引き込まれてしまうと判断し、早急に拘束することにした。
縄を取り出し、譲治の両腕を背中でくくろうと、彼の腕を掴み背中に合わせたしたときだった。
「あ~、それはやめたほうがいい」
「騙されるもんか」
「いやこれホント」
「え────……ギャアアアアアアアアアアッ!」
突然、譲治の身に着けているアーマーの一部が飛び出る。
それは瞬時に変形し、トラバサミのようになり真理亜の腕に食らいついた。
怯んだ隙を見計らい、譲治は素早く跳ね起きて真理亜に腕を突き出す。
それはかつて蘭法院綾香に食らわせた特殊なスプレー。
「────ッ!」
少し吸い込んでしまったが、真理亜はすかさず後方に回避して射程圏外までゆく。
むせ込み、そして涙が出てくる中、譲治が再び杖の方へ行こうとするのを捉えた。
激痛を我慢してトラバサミを肉ごと引きはがし、回復薬を一気飲みしつつ譲治の手元に射撃。
地面をえぐった弾丸は彼の進行を容赦なく止める。
奇襲は失敗に終わり、真理亜も体勢を整えた今、彼に勝ち目はないに等しい。
「ジョージ……もう終わりにしよう。いや、終わったんだ。君はやり遂げた……見事に復讐をやり遂げたんだ。完璧だ。誰にも止められなかった。君の方が一枚も二枚も上手だった。この国だって、言いたくないけどきっともう終わりだよ。わかるでしょ? もうこれ以上破壊するものなんてどこにもない。ないんだよ! あとは、戻るだけだ! 前の自分に戻るだけなんだよ!」
「これで終わりだぁ?」
「そうだよ。終わったんだジョージ……終わったんだ!! これは、最後の警告だよ。ボクは本気だ」
真理亜は終演を宣告した。
もうこれ以上演じる悲劇はないのだと。
真理亜は譲治を認めるしかなかった。
彼はこの破壊に満ちた惨劇を、主演男優として見事に演じ切ったのだと。
終わったのなら、あとは去るのみだ。
「……人間とは、幸せに騙され続けた憐れな役者である」
「────?」
「歴史は馬鹿と馬鹿の馬鹿し合い。……幸せは支配の言葉、やわらかく言えば、優しい嘘だ。優しい嘘をつくってのはどんな気持ちなんだろうな? それで人を騙し続けるのはどんな気分なのかね? 呼吸をするみたいに優しい嘘をつく人間は、悪人にはなりえないのか……」
「なにを言っているんだ。幸せは支配の言葉なんかじゃないし嘘なんかでもない。個人の主観にもよるだろうけど、それでも誰かを傷つけたりするものじゃない。……幸せは、皆で繋ぎ合うものだよ。ボクと君とでも、それはできる。今からでも始められる。できるんだよ」
「……そうやって振り回される影法師のなんと多いことか」
「さっきから気になってたけど、シェイクスピア? のような言い回しが多いね。色んな本読んでるってわかるよ。……ねぇ、ボクと色んな本読もうよ。君が今まで読んできた本とか知りたい。ボクにとって、これほどの幸せはない。ホントだよ」
真理亜は銃を下ろす。
優しくも悲し気な微笑みを携え、その場に座り込むように態勢を変えていた譲治を見守りながら。
そして譲治は沈黙を保ったまま器用に右足を使って杖もなしにグググっと立ち上がって見せる。
「嘘つき、立てるじゃない」
「……」
「さぁ、行こう。遠くへ行こう。もう、恨みなんて全部忘れて────」
「……やなこった。誰がお前の手なんざとるかよ」
「……」
「俺がこの国を滅ぼした程度で満足すると思うか? 教えておいてやる。午前3時は無事回った。次は『夜明け』だ。新たな朝が、滅びの時代を告げる狼煙になる。そのための準備はすでに整えてある。戦いの前に備えておくのは大事だろう? お、どうやるんだって顔だな。こうするんだよ!!」
次の瞬間、譲治はプロテクターを少しいじるや、予備のジェット機能を起動させた。
粉塵を目くらましがわりにし、低空で杖の方へと一気に飛ぶ。
それを手に取り、再び逃げようとしたが……。
「……残念だよ。こんな予想は、外れてほしかった。当たってほしくはなかった」
「────ッ!?」
震えた声で双剣を持ち、譲治のすぐ傍までの跳躍で肉薄する真理亜。
譲治はすかさず杖でガードするも────。
────バキィッ!!
真っ二つに圧し折られ、そして……。
「……ごめんッ!!」
剣閃以上のきらめきを孕むは愛ゆえの涙。
切っ先は真っ直ぐ、彼の頸動脈をえぐった。
「がっ────!!」
血をまき散らしながら、炎で燃え盛る瓦礫の中へと吹っ飛んでいった譲治を見て、真理亜はその場に膝をつく。
最後の最後まで、譲治は真理亜と分かり合おうとしなかった。
剣から滴る血の音がいやに耳にまとわりつく。
斬った直後の感触が、残心の中でも明瞭に手にこびりついていた。
「……う、ぐ……」
真理亜は震える身体を抱き込むようにして、その場にしゃがみ込む。
彼を斬ってしまったことへの悲しみが、肉体を破裂させて溢れ出てきそうだった。
信じたかった。
だが、うすうすはわかっていた。
そんな譲治への怒り、いや、愛憎一体のドス黒い思念。
だがもうこれ以上、彼を化け物にするわけにはいかなかった。
このまま続けても堂々巡りになるのは理解できたし、時間が経つごとにきっともう会話すら成り立たなくなるのではという懸念もある。
もう自身の力に限界を感じてしまっていた。
「ごめん……ごめん……」
炎と瓦礫の向こう側で死んでいるだろう譲治へ、ただただ懺悔の言葉を漏らす真理亜に、幾人もの人が駆け寄ってきた。
副将とその部下たちだ。
「勇者殿、ご無事で! ……奴は!?」
副将を見ようともせずただうずくまるようにしゃがみ込む真理亜を見て、副将はようやく察する。
同時に、惨劇は終わりを迎えたのだと、安堵のそれではないが、深い息を漏らした。
「行きましょう勇者殿。ここにいては身体に毒です。……おい、勇者殿に馬を」
「いえ、大丈夫です。ひとりで……歩けます」
無気力な表情で弱弱しい笑みを見せながら、真理亜は踵を返す。
誰もが彼女に声をかけられなかった。
1番に尽力した真理亜にここに集まったすべての兵士たちが敬意を表す。
────……ゾワァッ!!
刹那、真理亜の背筋が『嫌な気配』でキンと冷え、たちまち戦闘モードへと切り返させた。
先ほど譲治が吹っ飛んでいった場所の方を振り返り、双剣を構える。
突然のリアクションに周囲の兵士たちも困惑していた。
(なんだ……この気配……? アルマンドか? いや、違う。間違いなく譲治のそれだ。……でも、この吐き気を催すような悪寒は)
炎が揺らめき、瓦礫は音を立てて崩れる。
────その中から、『人影』が見えた。