vs.Last Boss:ジョージ=クライング・フェイス
飛びかかる聖霊兵に、無情な剣閃が走る。
真理亜は双剣とワイヤーガンを駆使し、三次元的な縦横無尽の戦法で翻弄した。
足を削ぎ、腕を斬り飛ばし、そして首を薙ぐ。
あっという間に聖霊兵は撃墜され、光の粒子となって霧散した。
「やるねぇ。だがそんな剣じゃあ俺にはまだまだ届かない」
「あ、待てッ!!」
譲治がジェット機能を使って飛び上がるのと、ワイヤーガンが射出され真理亜が飛び上がるのはまったくの同時だった。
(またあのときみたくデッドレースをするつもりか! そうはさせないぞ!)
(……なんて考えてるのかな。顔に出やすいなぁアイツ)
距離が縮まっては離され、また縮まっては離されの繰り返し。
曲線を意識するようなトリッキーな飛行でも、真理亜はそつなくついてくる。
むしろ差が縮まる頻度が多くなっていくくらいだ。
ジェット機能で逃げ切れるのも案外限界なのかもしれない。
だが譲治は特に意に返さない。
むしろもっと彼女を引き付けるように、軌道を調整しながら飛行する。
(この違和感……、またボクは誘い込まれているのか? だが、もう手下は有象無象しかいないはず。そうだ。クランもヴォルケイノも、もう殺したんだ!)
押しとおるまで、とワイヤーガンを二挺。
建物に引っかけ一気に加速する。
譲治に追い付けると思った矢先、彼は急に上空へと飛び出した。
譲治が陰になり、ジェットの音や戦況の音で聞こえなかったが、確かに”それら”は存在した。
「な、に────?」
目の前の光景を埋め尽くすは無数のモンスターたち。
それも人間の女性をかたどったような、そんな美しくもおぞましい存在。
今まさにこの場で彼女らの殺戮が営まれている最中だったのだ。
真理亜はその渦中にまんまと誘導された。
陸と空に君臨する血濡れの女たちの視線はすぐに真理亜のほうに注がれる。
「殺せッ!」
上空で譲治の声が響いた。
咆哮とともに、モンスターたちが一斉に真理亜へと襲いかかる。
「ぬ、うぉぉぉおおおおおおおおおおッ!!」
双剣を手に果敢に挑む。
コマのように回転しながら勢いをつけ、彼女らの急所を抉っていくが、如何せん数が多い。
モンスターたちも全員雑魚ではない。
中には真理亜のレベルに届く者もいるような存在もちらほら。
さらに制空権を取られているため、圧倒的な不利に追い込まれている。
「気ィつけろよぉ! 興奮したモンスター娘はベッドの中でも凶暴だ!」
「あ゛?」
「あ、やべ」
今戦っているこのモンスターたちとも寝間をともにしたのかと考えた直後、一気にドス黒い殺意が増幅した。
節操のない譲治に嫉妬の眼差しを向けた直後、剣の冴えに磨きがかかる。
血飛沫が翼のように宙を舞い、ボタボタと落ちていった。
1匹、また1匹と真理亜の凶刃に絶命していく。
「……ハンナ、グレイス、マーリニー、モラーナ……」
上空から真理亜によって殺されていくモンスター娘の名前をひとりずつ呟いてく譲治。
「ローズ……お前は兄弟を人間に殺されたんだっけ? んで、自分は売りに出された。そのための復讐だったな。バーバラ……愛した男に裏切られたあわれな奴」
名前と動機。
モンスター娘だけでなく、王都中の復讐者たちにも目を向け、ひとりひとりのことを呟いていった。
「アントニオ、家も土地も妻も奪った元親友には復讐できたか? ジェームス……幼い我が子の命を奪った馬車野郎を地獄へ叩き込んでやるって言ってたが……あぁ、叶えて死んだか」
この復讐に参加したすべての者たちの名と動機を暇潰しがわりに想起しながら、地上を見下ろす。
だいぶ数は減っていた。
その分真理亜にも疲弊の色が見える。
「モンスター娘の鳳がまだだぜ真理亜。コイツがいなきゃ始まらない」
直後、凶悪なほどの気配を確認する。
2時の方向からくるそれに、真理亜は思わず身構えた。
ジリジリと暑くなり、恐怖による汗が止まらない。
「ヴァァァアアアアアアアアアッ!!」
それはかつて譲治が闇市から救いだした超級のモンスター。
────炎と破壊の化身『ブディグラ』だ。
燃え盛る大翼を広げ、真理亜を憎悪の目で見下ろし威嚇している。
「ジョォォォジィィイイイイイイイイッ!!」
「ん~匹夫の勇とでも言うべきかな。俺の尻を追っかけるのは結構だが、こうも簡単に懐の奥深くまで入ってくれると、色々と策が労しやすい。まだ俺の冤罪晴らしや俺の安否確認に勤しんでたころのお前のほうがよっぽど冷静な判断ができてたんじゃあないか?」
「この……ッ!」
「まぁいい。このまま焼き尽くされちまいな」
多勢に無勢とはまさにことのことだ。
ジリ貧の状態で敵を睨みつけるも、徐々に後退せざるを得なくなる。
しかしそんなときだった。
「勇者殿! 加勢いたしますぞ!」
後方から声が聞こえる。
大勢の兵を引き連れたこの国の大将軍とその息子である副将だ。
「申し訳ございませぬ。他方の騒ぎにてこずっておった次第で。しかし、それらを制圧した今、もはや敵はここのみとなりました」
「じゃあ……ッ!」
「えぇ、ともに戦いましょう!!」
大将軍と言われるだけあって、その戦闘能力はかなりのものだ。
副将もまたかなりの使い手で、彼らがいることで兵たちの士気も高い。
「皆の者! この邪悪なるモンスターどもを討ち滅ぼすぞ! 我に続けぇええ!!」
雄叫びと咆哮が宙で重なり合い、両軍が激突する。
持ち込まれたいくつもの大砲がモンスターたちを撃ち貫いた。
迫りくる人外の爪や牙、そしてすべてを焼き尽くすが如き炎が兵士たちを襲う。
「怯むなぁあ! 進めぇぇえええ!!」
大将軍の指揮は見事で、たちまち形勢逆転。
真理亜の戦意も上昇し、銃や剣の腕を惜しみなく披露した。
「おのれ人間どもめぇええええ!! この私の怒り、思い知らせてやるッ!」
ブディグラの炎と破壊の羽ばたきが行く手を阻む。
「くそ……これでは近づけん」
「大将軍、ボクが突っ込んで道を拓きます! その隙に!」
「わかったッ!」
こうなると真理亜の行動は早い。
当然、様子を見ていた譲治がそれを見逃すはずがない。
「させるかッ!」
ブディグラを守護するように聖霊兵が現れる。
一気に襲い掛かってきたそれに、一同はハッとなるが……。
「どけぇぇぇええええッ!!」
真理亜の発する裂帛の気合いは遮りの炎すら揺るがし、聖霊兵たちの動きを一瞬怯ませた。
負ける気がしなかった。
バラバラに斬り裂いた聖霊兵を飛び越え、真理亜は飛び上る。
「この小娘がぁ!!」
ブディグラの灼熱の炎で作った槍が宙から飛び出る。
真理亜に突き刺さったかと思った直後、彼女の肉体はカラスの羽根が散っていくようなエフェクトを残しその場から消えた。
気付いたときにはもう遅い。
真理亜の術にかかり、頭上からの斬撃を浴びた。
双剣がブディグラの胸を抉り、続く大将軍の剣が腹を貫く。
「あが……ぐぁ……、あぁ、アハ、アハハハハハ……」
ブディグラが両膝をつくやゆっくりと倒れる。
モンスター戦線は彼女を以て完全に壊滅した。
「人間め……お前らに、災い……を」
「そのようなことはさせん。これ以上お前たちの好きには……────ぬ!?」
完全に劣勢であるにも関わらず、譲治が舞い降りてきたのだ。
ブディグラの傍に立ち、彼女を見下ろす。
ブディグラは彼を見上げたまま微笑み、そして静かに息を引き取った。
彼なりの餞別なのか、彼女の瞳をそっと閉ざしてやる。
「ジョージ=クライング・フェイス! 最早お前の軍勢は壊滅したに等しい。降伏し縛につけ!」
「ついてどうする? 国家転覆罪じゃあ収まりきらねぇぜ俺の罪科は」
「ジョージ、もうやめるんだッ! 君の、負けだ……」
「んっん~? 負け~? マリア~お前なぁんか勘違いしてるなぁ? 俺がこの程度で終わると思ってるのか~?」
「なにが言いたいのさ。それともこれだけの人数を相手に自分ひとりで戦うって?」
「……────今何時だ?」
「なんの関係があるっていうの?」
「いやぁ~今が何時かで、状況が大きく変わっちまうからさ」
スマホを取り出し、時間を確認。
────『午前2時59分』。
「そうか、じゃあそろそろ、お楽しみと行こうかッ!!」
譲治が両手を天にかざす。
なにをする気だと皆が身構えた直後だった。
「大将軍! 大将軍! 大将軍はいずこに!?」
伝令兵が馬で駆け寄ってくる。
「なにごとだ!」
「一大事でございます。我が国の南から、ま、『魔王の軍勢』が!」
この報告に場は騒然となる。
それから次々と報告がこの場に飛び込んでくることに。
「申し上げます! 北より敵国の軍がッ!!」
「なに!?」
「伝令! 伝令! 東や西からも敵国の軍が押し寄せてございます!」
勝利を目前にしてこの報告の嵐に皆が顔面蒼白になる中、譲治のくぐもった笑みが不気味に響く。
「ジョージ! 一体なにをしたんだ!?」
真理亜が銃口を向ける。
「────『算多きは勝ち、算少なきは勝たず』。……俺に気を取られすぎだ。周辺諸国の思惑くらい読んでおくべきだったな」
王都の城壁の外で、ワッと雄叫びが上がったのが風に乗って聞こえた。
この国は今、他国にも魔王の軍勢にも囲まれている。
譲治はあらゆる要素を集結させ、この国を滅ぼす気だ。
「説明は色々割愛する。目標は王都の制圧だが、それぞれに違う情報を流し込んだ。その結果としてこの領土内でどでかい戦闘が起こる。いたってシンプルだろ?」
「バカな! そんなことできるはずがない!」
「できないと思うか? 俺だぜ?」
譲治は他人事のように楽しんでいる。
これには兵士たちも動揺が隠せない。
「だ、大将軍! 一体我らはどうすれば……!」
「えぇい静まれぇい! ジョージ=クライング・フェイス! 今すぐにそれを止めろ!」
「どうやって?」
「貴様がやらかしたことだろうが!」
「そう、俺がやらかした。────さぁ諸君、大変なことになった。このままじゃこの国は終わりだ。あ、そういやさ、この場合における悪って誰だろうな? ……俺か? 魔王軍か? それとも、同じ人間か?」
そして耳をつんざくような笑い声をあげたのち、ジェット機能でまた飛び出した。
「……だ、大将軍!」
「大将軍、我々はどうしたら、どうしたらよいのですか!?」
「大将軍ご指示を!」
未曾有の事態に大将軍も汗まみれで歯軋りをする。
王はもうおらず、王女も行方不明。
呼吸が荒くなる中、真理亜が喝を入れる。
「大将軍! 迷う暇があるなら動いて!」
「ゆ、勇者殿……」
「ボクはこのままジョージを追いかける。アナタは他国の軍に使者を出して……えぇっと」
「なるほど、休戦もしくは和睦の申し出をして時間稼ぎを」
「そう、それ! 侵攻を止めてくれるのがベターだけど、今はそれしかない! 魔王軍がまだ攻めてこないこの隙に全身全霊で動くんだ!」
「すまない、恩に着る。」
各々が動く中、真理亜はまた譲治を追った。
今度はしっかりと追いつき、距離を詰める。
真理亜の立ち直りの早さにギョッとした譲治はまたトリッキーな軌道でまどわそうとするが、煌めく双剣が彼に届くのにそう時間はかからなかった。
「これで、終わりだぁぁぁぁああああああああッ!!」
彼のジェット機能を、刃が抉る。