Re:10分前から始める────だがしかし
「うぐぅぁあああああああああああッ!?」
真理亜の悲鳴が響き渡る。
彼女の右足は引っ張ればそのまま取れてしまいそうだった。
トラビスの商売道具でもある特殊に改造した暗視ゴーグルを装着し、あるポイントから狙撃したのだ。
本来は真理亜を仕留めるための罠だったのだが、ニシノやタダシがおっかぶる形になってしまった。
だが彼は特に狼狽えることなく続行した。
結果的に真理亜は動けない状態になったのだから。
「あ、あぁぁあ!! 大久保! 大久保ォ!!」
悶絶する彼女の身体を慌てて引きずり、瓦礫の陰へと隠れる。
回復の術式を展開するが、一向に回復しない。
むしろ回復が効いていないのだ。
トラビスのもつスキルの能力のひとつだ。
元の世界の異名がそのままスキルとなった。
真理亜と効果は似ているが、回復や蘇生が効かなくなるなど、その残虐性は彼女を上回る。
なにより特筆すべきなのは元の世界で使ったことのある武器や道具なら、そのまま召喚できる。
即ち、真理亜以上の戦略が可能なのだ。
「あ、あぁぁあ……どうしよう、どうしよう……チクショウ、チクショウ……」
慌てながらも止血を試みるが止まらない。
如何に真理亜といえどこのままでは失血死してしまう。
「クソッ! 俺のせいだ……俺のせいだ……俺のせいだッ!」
「タダシ……怪我は、ない?」
「あ、お、大久保ッ!! ごめん! 俺のせいで……ッ」
「いいよ……もう。君だけでも、逃げるんだ……時間は、もうない」
「そ、そんな……」
「早く行くんだ。もうひとりにして欲しい。この足じゃあジョージは止められない……なら、アイツだけでも……地獄に道連れにしてやるッ」
のそりと起き上がり拳銃やらスナイパーライフルを取り出す。
真理亜の覚悟に、タダシは思わず息を吞んだ。
(俺は……また逃げるのか? 逃げて、どうなるんだ? 俺みたいなクズが逃げたって……なんにも、ならないじゃあないかッ!)
痛みで朦朧とする真理亜の背後でタダシは拳を握りしめる。
(イイ子だった。ニシノは……俺なんかよりずっと頼りになって、優しくて。大久保はどうだ? めちゃくちゃイイ子じゃねぇか! 冤罪を晴らそうとひとり頑張って……それでも報われなくて。今もそうだッ!)
タダシは考える。
この状況を打開する策を必死に練った。
(このままじゃふたりとも殺される。その前に大久保が力尽きるのも時間の問題だッ! どうするどうするどうするッ!)
────時間?
ここでタダシに天啓走る。
アイテムボックスから取り出したるは禁断のレアアイテム。
「……大久保、お前、戻れ」
「はぁ? ……こんなときになにを言って……」
真理亜が振り向くと、まるでカンテラのような形をした時計をタダシが持っていた。
手りゅう弾のピンのようなものがあり、それに指を引っ掛けている。
「いいか、簡単に説明する。今から俺の存在と引き換えに10分前まで時間を戻す。戻った世界線では、俺は存在しないことになってる。初めからな」
「……え、な、な、なにを言っているんだい?」
「前にダンジョンへ行ったとき、最奥部でこれを見つけたんだ。そして今それを使うべきときが来た」
「そんなことを聞いてるんじゃあないッ!! 君、自分がやろうとしてることがわかってるのか!?」
「わかってるよ。無駄な自己犠牲って言いたいんだろ? でも、やらなくちゃ……。正しいとか間違いとかそういうんじゃないんだ。こうしなきゃ、活路は見いだせない!」
グッとピンを引っ掛けている指に力を入れる。
「待ってよ! そんなの嫌だ! やっと……やっと生きてる仲間に出会えたのに……そんなのってないよ」
「……あるんだよぉ。悪いがコッソリこの時計にお前の血を入れさせてもらった。こうすれば戻っても、お前は記憶を保持している状態だ。そういうアイテムなんだ。『過去に戻るためのタイムマシン』ってやつ? デメリット強すぎだけどよぉ」
切り札だった。
過去に戻れば、ニシノが死んだことや足を撃ち抜かれた未来は確定しておらず、実質戦闘続行ができる。
「今の今まで、神様ってやつに祈ったことなかったけどよ。今なら祈れるよ。俺のためじゃない、お前やニシノのためにな」
「そんな、ダメだ……! ピンから……ピンから指を離すんだッ!」
武器を放って飛び掛かろうとしたが無様に失敗する。
もうあと少しで気を失いそうだった。
フーッ、フーッと呼吸を荒くしながら、徐々にピンを抜いていく。
「俺は、俺はまがいなりにも、へへへ。クラス職業とはいえ、まがいなりにも『教皇』だぜ? これくれぇ……誰かのために、『そうする』なんざこれくれぇえッ!!」
「やめろぉおおおおおおおおおおおおッ!!」
「ウォオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
カチンと軽い音が聞こえた。
彼は真理亜の目の前で時計を胸に抱きしめる。
次の瞬間、世界全土を覆うほどの光に包まれ、意識が戻るとそこには……。
「これは……クランと、蘭法院さんの。……まさか本当に、戻って来た、のか?」
足を見てみると撃ち抜かれた様子はない。
身体もまだ動く。
本当に過去に戻って来たんだと、ふとタダシのことを考えた瞬間、涙が零れ出た。
記憶通りであれば、次に来るのはアルマンドだ。
「フフフフ、……よっ!」
「……アルマンドッ」
背後からの声に、真理亜は歯を食いしばる。
しかし今度は行動が違った。
不気味な微笑みを浮かべるアルマンドの横を、なにも言わずに通り過ぎた。
なにも話すことはない。
否、話すだけ無駄だ。
アルマンドもまた、彼女を引き留めようともしなかった。
その後、真理亜はニシノと合流する。
当然ながら、ニシノにタダシの記憶はなかった。
『もしもし、俺だ。クランもらんほーもやられた』
『今確認した。次にやるのは俺だろう』
『そ。ボチボチ動ける準備してくれ。頼むよぉ~? アンタが死んだら俺がアイツと戦わなきゃいけなくなるんだから』
『結果は出す。一服したら作戦を開始する』
『期待してるよ、ミスター・ファイアヴォルケ────』
ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!
突如、譲治の着込んだアーマーの一部が鳴り響く。
「……」
左腕の装置をいじくり、ホログラムのようなものを宙に投影する。
そこに書かれている文字を読み取るや、譲治はすぐさまトラビスに指示を出した。
『なんださっきの音は? なにごとだ?』
『へいミスター。作戦変更だ。俺の言う通りにしてくれ』
『いいだろう……』