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魔女の正体

「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」


「おいお前何回オレを殺すんだよ。さっすがのオレももう止めさせてもらうわ」


 アルマンドを視界にいれた瞬間のことだった。

 真理亜の意志関係なく身体が勝手に動くように、彼女の肉体を八つ裂きにしていく。


 無論、理性で止めようとはせず、本能のままにこれまでの鬱憤うっぷんと嫉妬を晴らすように何度も何度も殴りつけ、撃ち放ち、引き千切った。


 だがそのたびに、まるで初めからそんなことがなかったかのように、別の場所からひょっこりと現れる。

 また飛び掛かるが、アルマンドは急に戦女神のような鋭い眼差しで、デコピンをするような指弾きの所作の一撃で真理亜を壁にめり込ませてしまった。


「ぐが……あ……」


「だからやめとけって言ったろ」


「なんで……死な、ない」


「いいや、死ぬよ? ただ無意味なだけだ。魔女を殺すっていうのはとどのつまり無意味の連続さ」


「お前は……一体……?」


 タダ者ではないことは確かだ。

 なぜ真理亜たちの世界を知っているのか、なぜそこまで超常的なパワーを持っているのか。


「オレは『報復と慟哭を司る魔女』。魔女と言ってもお前らが考える以上の異端者さ。人間や神といった知的概念を持つ者が求め夢想する、"真理"や"願望"そのものでもある。あるいは……時代の節目に現れる一時の狂気、すべての物事の始まりにして物事の終わり。オレたちに実体はない」


 真理や正義の名のもとに、平穏に暮らしていた人々がことごとく塵殺おうさつされ、差別や貧困をなくすという信念が、いつのまにか選民的・排他的にして閉鎖的思想へと変わりそぐわない者を処刑していく。


 国家の在り方や命の尊さを穏やかに説く老人たちのかたわらで、過重な労働や過酷な戦争で苦しみ死んでいく若者たち。


 それらを見て魔女たちは人間の真理を嘲笑する。

 どれもこれもが()()()()()()()()()()()だと。


「"魔"は文字通り"恐るべきもの""忌避すべきもの"だが……こと哲学分野において"真理"は"女"に比喩されることが多い。つまり、魔女とは『忌避すべき真理者たち』を表す言葉でもある。または『隔絶すべき真理者たち』『排他すべき真理者たち』……まぁいかようにも解釈は可能だな。近未来的な言い方をすれば『道徳をみする者』ともいえる」


「なんだそれ……滅茶苦茶だ!! お前みたいなのが……まだほかにもいるって言うのか!?」


「いるよ。オレより慈悲深い奴もいれば、オレより業が深い奴もな。……さて、オレは失礼させてもらおうか。ただ挨拶にきただけなのにグチャグチャに殺しまくりやがってボケ」


「ま、待てぇえ……」


「オレにかまけている暇はないぞ? もうジョージは動き始めてる。アイツは云わばオレの弟子みたいなもんだからな。行動や策略においては抜かりはないぞ?」


 そう言うやアルマンドはいつもの調子に戻り、砂嵐にまぎれて姿を消してしまった。

 両膝をつき、荒い呼吸を繰り返す真理亜の耳に聞き覚えのある声が。


 教皇クラスのタダシ、そして賢者クラスのニシノだ。

 ふたりともダメージを負っており、額や腕からは生々しい血が滴っている。


「大久保さん! 生きてたんだね、よかったぁ」


「君たち……あの、皆は?」


「残ってるのは、俺たちだけだ。皆、畑中に……殺された」


「アイツが変なゲームをやり始めて、私たちは運よく、ね」


 曰く、あまりの恐ろしさに逃げてしまったとのこと。

 その場には九条惟子もいた。


 彼女がその後どうなったかはわからない。

 そしてなにより、担任の先生とも連絡が取れない状態だ。


 恐怖と狂気に侵されそうになりながらも真理亜と合流しようとしていたが、途中で敵と交戦。 

 お互い肉弾戦が得意というわけでもなく、数で押し切られそうになったためかなりの痛手を負ったようだ。


「大変だったね……」


「大久保さんこそ、かなり疲れてるみたいだけど……」


「……蘭法院さんを殺した。彼女もジョージの手先になっていたんだ。いや、正確には……捨て駒だ。ボクが、殺した」


 真理亜の懺悔にふたりはなにも言わず、ただ頷いて涙を流した。

 

 この異世界へ来た当初の人数から、たったのこれだけになってしまった。

 笑顔は徐々に消え失せ、今では悔恨しかない。


「大久保さん、ここからは3人で動きましょう」


「それがいい。俺たちはまだ動ける。戦闘能力じゃ君に及ばないけど、サポートはできるぞ!」


「ありがとうふたりとも。でも、危険だと感じたなら、ボクを置いてでも逃げてほしい。ここから先にいる敵は、恐らくこれまで以上に厄介だ」


 ふたりは弱々しく頷き、真理亜の後ろをついていく。

 真理亜としてはこの先に控える敵を迎え撃つのに、かなり自信がなかった。


 相手は相当なプロだ。

 真理亜の直感ではあるが、ミスター・ファイアヴォルケイノは元の世界における本物のヒットマンだったのではないか。


(彼ももしかしたら転移者かもしれない。……どこまでやれる? いや、不安を抱きだしたらキリがない。今は注意深く前進しよう)


 少し進んだときだった。

 ここいらは火の手が及んでいないのか、仄かに暗い瓦礫道だった。


 ふと向こう側の瓦礫の山のほうから女の子の鳴き声が聞こえる。


「うぇえええん! いたいよぉおおお! ママぁ! ママぁ!!」


 胸に突き刺さるような声が耳介に響くと真理亜は悲痛な表情を浮かべた。

 どうするか、目的を優先してこのままいくか、それとも人命救助に向かうべきか。


 使命と良心の間で板挟みになっていたその隙に、ニシノが声のするほうへと駆けていった。


「ニシノさん!」


「なにやってんの! 子供がいるのよ! 早く助け────」


 カチリ。


「え?」


 次の瞬間にはニシノが踏み込んだ地面が爆発を起こし、彼女もろとも周囲を中範囲で吹っ飛ばした。

 泣き声の正体は古いタイプのテープレコーダー、その近くに地雷が仕掛けてあったのだ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」


 激痛に苛まれながら吹っ飛んだ両足を拾おうとするニシノ。

 片足を拾った地点で力尽き、そのまま絶命した。


「ニシノォォォォォォオオオオオオオッ!!」


「ダメだ! 行っちゃいけない!! 罠だ!」


 死の気配を察した真理亜は叫ぶ。

 すでに敵の掌の上だったのだ。


 これ以上仲間を失いたくないという思いが、真理亜を動かした。

 一瞬でタダシの真横に移動し、庇うように飛び付いた。


 次の瞬間、真理亜の右足に激痛が走る。

 見開いた目に映ったもの、それはわずかな肉と筋肉で繋がっている無残な右足だった。

連投します。

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