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人と獣の固相線

 壮絶な3人の戦いをよそに、譲治は語る。


「世の中は苦しめる側と苦しめられる側でどうもかしましい……。一見すれば前者は悪人だが、こと現実においてはまったくの真逆の立場にいる。前者は法や善といわれるモノで『真っ当な人間』として守られるが、後者はその真っ当な人間に牙を向きかねない『野蛮な獣』として、法や善で雁字搦がんじがらめにされる」


 では、善とはなにか?

 曰く、"我慢"であると彼は呟く。


 こと真っ当な人間たちは様々な言葉を用いて、獣をしつけあげるとも。


「聞こえの良い言葉ばかりを巧みに選び抜き、獣を一心不乱に調教する。……やれ愛だの、幸せだの、平等だの、健全だの、自己責任だのと。奴らにとって言葉とは美徳を刻ませるためのツールでしかない。その言葉の本質が嘘でもなんでもいい。たとえそれでさらなる"よどみ"が生まれようともだ」


 炎の景観の中で、ふたりの咆哮を耳にした。

 それは復讐に身を焼かれた憐れな少女たちの慟哭。


 その中で銃声がいくつも響き、また叫び声が上がる。


「人と獣、じゃあ俺たち復讐者は? 人間にもなれず、獣ですらもなくなった俺たちは何者で、どこへ行くんだろうなぁ」


 激しい憎しみの中から、それを打ち消すほどの喜びを見出そうとする衝動。

 これこそ復讐の根源だ。


 もしもこれが非人間的だと罵られるものなら、苦しめられながらも耐えることは幸いである。

 これが獣たちに告げる、真っ当な人間たちの言い分だ。

 

「かつて地上に『大罪』が()()されたと同時に、『冤罪』も()()された。……俺たちもまた新たな発明をした。なにかわかるか? もう止まらないものだ。三千世界の赤子たちの舌と目をえぐり、手足をもいでもけして止まらないものだッ!!」


 譲治の感情がたかぶったそのとき、瞳に変化が起こる。

 真っ赤に染まり上がり、いくつもの瞳が眼球に浮いて出た。


 重瞳ちょうどうと言われるものだ。

 そして────。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 立ち上がり天に向かって叫びあげる。

 さながらそれは獣、月を見て吠える狼のように。


 何度も叫び、精神の治まりを感じたときにはもう瞳はもとに戻っていた。

 

「……さぁ、パーティーもそろそろ中盤だ。そろそろ動くか」


 闇と瓦礫と炎の中で戦っている彼女らの方向を見ながら譲治は次の準備へと移っていく。



 そして真理亜も譲治のその気配を感じ取っていた。

 戦いと喧騒の最中に妙な咆哮を聞いたからか、嫌な予感が止まらない。


「悪いけれど……もう君たちは終わりだ」


 剣と銃を手に亡者となったふたりに斬撃と弾丸を浴びせていく。

 すでに正気を失い自らの内側に閉じ込められていた精霊の力を暴走させるクランと、首を抱えながらも大鎌を振り回す蘭法院綾香。


「イギギギギギ……ッ! ガガガアアアアアッ!!」


 幼女とは思えないほどに濁った咆哮。

 妖狼の部分も腐敗が進み、臭気を漂わせている。


「ドウ……ジデ……」


「クラン……」


「ドウジ、デ……ワ゛ダ、ジ……ヲ……世界ミンナ……ギラ……ウ、ノ……?」

 

 生まれたくて生まれたわけではない命。

 死してなお疑問と未練、そして怨念がそのか弱い魂を縛り付けている。


 最期の力を振り絞るように、クランは衝撃波が出るほどの咆哮を上げたのち巨大な肉塊の化け物となった。

 周囲の瓦礫も、焼き尽くす炎も、転がる死体もありとあらゆるものを巻き込んで肥大化し真理亜を見下ろす。


 いくつもの目玉が飛び出し、グチャグチャと音を立てながらうごめきながら触手を無数に伸ばしていった。


「痛゛い゛ぃ゛ぃ゛よ゛ぉ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ッ!! 熱゛い゛ぃ゛ぃ゛よ゛ぉ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ッ!!」


 周囲に身を叩きつけながら瓦礫や破片、灼熱にもだえ苦しむクランの成れの果て。

 噴き出す血は灼熱によって蒸発の音を鳴らし、突き刺さったように食い込む瓦礫や破片は真理亜を殺すための武器として用いる。


 真理亜はその圧倒的なスケールに思わず呆気に取られていたが、少し上の部分を見ると蘭法院綾香がいたのに気付いた。

 首は不完全な状態でくっついており、下半身はクランに吸収されながらも真理亜を見下ろしている。


 狂化しているとは思えないほどに視線ははっきりと真理亜を映しており、大鎌を両手で掲げながら睨む様はまるで信念を以て敵を貫く女騎士、あるいは敵に死を与えん死神の威風を漂わせていた。


 真理亜は開いていた口を閉じて、武器を変える。

 スナイパーライフルに手りゅう弾をいくつか。


 これですべてを終わらせる。

 彼女たちを譲治の舞台てのひらから降ろさなければならない。


 振り回される豪快な肉塊の攻撃、並びに雄叫びを上げながら振るわれる蘭法院綾香の大鎌を回避しながら弾丸で貫いていく。


 ……はっきりと言うのならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 死んでは甦り、また死んでは甦りとを繰り返しながら真理亜への攻撃の手を緩めない。

 醜い姿と変わり果てても、その執念はより洗練されたものになっていた。


 だが、ここまでデカい図体であると真理亜にとってはこの上ない的だ。

 多くの手りゅう弾を投擲し、強烈な爆炎で巨体を焼き尽くす。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 悲鳴とともに蘭法院綾香の上半身のすぐ下部分が横に大きく開いた。

 そこに見えたのは醜く歪んだクランの顔。


 グネグネと蠢きながら手りゅう弾と弾丸で受けたダメージに悶えている。

 甦りをしたとはいえ、ダメージそのものまでなかったことにできたわけではないらしい。


 だが、これで終わる。

 手りゅう弾最後の1個を勢いよくクランまで投げ飛ばし、すかさずスナイパーライフルで狙いをつけた。


「────さよなら、……ッ。ごめんね、ふたりとも」


 引き金を引いたと同時に飛翔する弾丸。

 炎と闇の空間を飛び、手りゅう弾を貫いた。


「ぁ……」

 

 爆発の前のほんの一瞬、されど永遠と感じるほどに長い感覚。

 クランと蘭法院綾香の片目に、生前の光が戻った。


 まるでその中に、彼女らが真に求めたものを見出したかのように。

  

 クランはその片目から涙を流し、蘭法院綾香は大鎌を放して爆発の光に手を伸ばす。

 そして、ふたりは静かに微笑んだ────。


 爆発のあと、肉塊が軋みを上げて大きくのたうちながら周囲を破壊した。

 徐々に動きは鈍くなっていき、やがて肉の焼けた臭いと腐臭が合わさったような臭いを漂わせながら動かなくなる。


 どれがクランで蘭法院綾香か、もう判別はつかない。

 状況が状況だっただけに、ダニーのような遺言も聞けなかった。


「……クソッ!!」


 前髪をクシャリと握るようにして俯きながら歯を食いしばる真理亜。

 これで前へ進める、はずなのに……。


(もっと話し合うことができたかもしれない。いがみ合うのではなく、寄り添うこともできたかもしれない。そうしたら、止められたかもしれない……考えれば考えるほどに、心が重くなっていく。ボクは……間違ってばかり、かもしれない)


 一縷いちるの涙が零れた直後だった。

 今この瞬間において一番耳にしたくない人物の声が耳介に響く。


「アッハッハッハッハッハッハッハッ」


「……は?」


「アッハッハッハッハッハッハッハッハ……────よっ、ま~りちゃん。頑張ってるなぁ!」


 見覚えのある褐色肌の女。

 この状況を譲治の次に楽しんでいるであろう存在で、真理亜にとっては憎悪の対象。

 すなわち────。




「アルマンドォォォォオオオオオオオオオオオオッッッ!!」


 怒りの炎で心を燃やし、真理亜はアルマンドに飛び掛かった。







『もしもし、俺だ。クランもらんほーもやられた』


『今確認した。次にやるのは俺だろう』


『そ。ボチボチ動ける準備してくれ。頼むよぉ~? アンタが死んだら俺がアイツと戦わなきゃいけなくなるんだから』


『結果は出す。一服したら作戦を開始する』


『期待してるよ、ミスター・ファイアヴォルケイノ』



 

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[良い点] まだ中盤なのかー!
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