『正義』の反対は悪や別の正義ではなく、ただただ『無実』だったのではないか。
2体の怪物が織り成す猛攻に真理亜は軽い身のこなしで躱していく。
側転での回避を行いながら足元への射撃。
クラン、蘭法院綾香の移動速度は並ではない。
市街地で障害物が多いとはいえ、その強靭なパワーで吹き飛ばしながら距離を詰めてくる。
まずは彼女たちの足を鈍くさせなければと、正確無比な射撃で足を撃ち抜いた。
「グガァァァアアアアア!!」
「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ッ!!」
咆哮は悲鳴へ。
痛みに悶えながらも突進しようとするが、もつれて速度が鈍る。
真理亜はここで無理はせず、距離を取りながら遮蔽物に身を隠し、そこから狙撃を行うなど堅実な戦法を取っていった。
しかし相手は幼女とクラスメイトということで殺すのを渋ってしまっているため、決定打を与えられないでいる。
まだダニーを撃ったときの感覚が残っていた。
今までに人は散々殺してきたはずなのに、今回に限ってはまるで初めての戦場を味わう新兵のような気分だ。
(クソ、なにやってるんだボクはッ! 自分自身で決めたんじゃないかッ! ジョージを止めるって……こんなところで立ち止まってどうするッ!?)
歯を食いしばって瞳にドス黒い殺意を宿しながら、今度はゴツいスナイパーライフルを空間から取り出した。
真理亜から死の気配を敏感に感じ取ったクランは戦法を変えて、蘭法院綾香を肉の盾にするように移動する。
そして荒ぶる精霊の力を両の掌に込めて、発動する。
触手が蠢きながら火や瓦礫に突っ込むと、それらが生命を得たように不自然な動きをしながら、突進していく蘭法院綾香を避けるようにして、津波のように真理亜に差し迫った。
圧倒的密度を誇る初めてのコンビネーション技。
一撃でも喰らえばさすがの真理亜も死は免れないそんな一撃。
だがそんな中でも経験が物を言うものだ。
真理亜は右手にスナイパーライフル、左手にワイヤーガンを持って即座に対応した。
ノールックで後方にワイヤーガンを放ち、同時にスナイパーライフルの銃口を上に向け発砲する。
ワイヤーは遠くにある建物に引っ掛かり、弾丸は近くにそびえる塔のような、今にも崩れかけの建物に正確無比に撃ち込まれた。
真理亜がワイヤーガンに引き寄せられた直後には建物は一気にバランスを崩し、蘭法院綾香とクランの攻撃を飲み込むように倒壊する。
「ギャァァアアアアア!!」
瓦礫の重さと、槍のように鋭い木片や鉄の破片で押しつぶされ、串刺しになっていく蘭法院綾香。
最終的には巨大な鉄の板が降ってきて、ザクリと首を斬り落としてしまった。
しかしまだ真理亜の攻撃は終わらない。
彼女は片手でもう一度スナイパーライフルによる射撃を試みた。
かなりゴツい代物であるので片手でしかもアンバランスな空中での射撃は無論無茶であるとわかり切っているがやるしかない。
スコープ越しに狙うはクラン、綺麗な額に標準が定まった直後引き金を引いた。
ズガン、と音を立てて飛翔する弾丸。
だが人外であるクランはまるでデコピンでもするような仕草で、軽い真空波を作るといともたやすく斬り裂いてしまった。
「チッ!」
真理亜は建物まで移動すると、そこからまた何発も狙撃を開始する。
クランも負けじと弾丸を弾いていき、一気に距離を詰めていった。
「死ね、死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえよぉおおおおおおおッ!!」
「クランンンンンンッ!!」
真理亜はすぐさま双剣に持ち替えた。
異能も物理も圧倒的にクランのほうが上回っている。
彼女のステータスを見ても、まるでゲームのバグのようになっており、完全に人知を越えた存在としての悍ましさが、こういった面でも現れていた。
まさに少女の形をした蠢く深淵だ。
彼女でさえこうならば、今の譲治もとい、ジョージ=クライング・フェイスはいかほどのものか。
そんなことを考えながら、迫る猛牙と妖術を俊敏な動きで躱しながらも一太刀一太刀に一念を込めてダメージを叩き込む。
まだ大雑把な動きしかできないクランにとって真理亜は最高に相性の悪い相手だ。
ウタウスの力で灰に変えてやろうかとも考えたが、如何せん掌に触れなければ意味がなく、警戒心の強い真理亜はその間合いに近付こうともしない。
「アナタなんか大っ嫌いッ!」
妖狼が吠えると同時に触手が伸び出て真理亜を捕らえようとする。
真理亜はいくつか斬り裂くも、両腕を捕らえられ宙吊りになるようにされた。
「ぐぁああああああッ!?」
凄まじい力で腕が締め付けられ思わず絶叫。
それを聞いて少し留飲が下がったのか、クランは敵意のにじむ笑みを浮かべながら自身の近くまで引き寄せた。
「やっと捕まえた……ふふふ、お姉さんがいけないん、だよ? 私とジョージの邪魔、するから……」
「うぐぐ……君まで、世界を壊す側になるなんて……ね。ねぇ教えてよ。君もまた、世界が憎くてたまらないのかい?」
「そう、かも。だって……皆私を『悪者』にするんだもの……パパとママも、私を……勝手に作り出しておいて……誰も生んでくれなんて頼んでないのにッ!!」
「クラン……」
「ねぇ教え、て? パパとママは、なん、で、私を……生んだの? どうしてわざわざ死体をいじってクランを作ったの?」
クランの表情が段々と引きつってくる。
笑みに悲しみと怒りが漏れ出て、今にも爆発しそうだ。
「愛さないために! 見捨てるために! 暗いところにひとりぼっちにして閉じ込めるために私を生んだのならッ!! ────なぜあのまま死なせてくれなかったッ!?」
慟哭。
幼い少女が抱え込むにはあまりにも大きな憎しみ。
こんなことのために生まれたんじゃないという激しい胸の痛み。
両親のエゴから始まり、そのエゴによって孤独になった。
誰にも愛されず、ゆえに愛を知らず。
────この世のなにを憎めばいいの?
だがそれでも、誰かに愛されたくてたまらなかった。
犠牲の連鎖だ。
ある種の正義によってクランの両親は追い立てられた。
だが今度はその犠牲者たる両親が、加害者としてエゴを貫き、クランを追い詰めてしまった。
正義の犠牲者、と言えばきっと譲治が思いつきそうなワードだ。
真理亜は奥歯を噛み締めた。
もっと早くに気付いて上げられればと。
だがもう遅い。
クランは殺気を剥き出しにして右手を貫手の構えにして、真理亜の胸を貫こうとしていた。
「お願い……邪魔しないで……。こんな世界、いらない。ジョージは、それでいいって、言ってくれた。ジョージは"憎んでいいよ"って、"壊していいよ"って言ってくれた。……お前も壊してやる」
消えちゃえ、と腕を突き出そうとしたそのときだった。
真理亜が身体に回転を加え、ソバットのような動きで蹴りを喰らわせる。
靴のかかとからは刃が飛び出て、それがクランの掌でなく手首を切った。
「ギャアッ!!」
あまりの痛みに拘束していた触手の力を緩ませてしまい、真理亜を逃してしまう。
真理亜は着地するとすぐさま行動へと移った。
襲いかかろうとする妖狼の腹にもぐり込み、双剣による掻っ捌き。
血を噴き出す妖狼は雄叫びを上げながらのたうち回り、やがて動かなくなる。
「あ……が……」
クランは右手首を抑えながら苦しんでいる。
妖狼ともに出血の多さから見てもう助からないだろう。
「ハァ……ハァ……、う、うぷ……」
真理亜は口元を抑える。
自分のやったこととはいえ、幼い子供に手をかけるというのは中々精神的にこたえるものだったから。
瞳が収縮し、カタカタと震える。
呼吸の乱れを整えようにも、そうすると余計に乱れてくる。
「ふふふ、ふふふふふふふふ……」
殺しの嫌な余韻を味わう中、クランが不意に笑った。
もうすぐ死ぬかもしれないというのに、真理亜は不気味さを感じずにはいられない。
死を前にして気でも触れたか。
そう思ったとき、彼女の口から呪詛が漏れ出る。
「怖いの? 私知ってるよ。お前も人殺し……。世界を憎まないくせに、いっぱい人を殺してきた。なのに、怖いの?」
「怖いに決まってるだろ……だけどッ! ボクは進まなくちゃいけないんだ。ジョージを止めなきゃいけないんだッ!!」
「止められるわけ、ない……。それに、勘違い、してる。────まだ終わってないッ!! ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
クランは精霊の力が宿った両手で頭を押さえる。
同時にズブズブと音を立てて、妖狼が立ち上がった。
腸をさらし、ジュクジュクとした液体を垂らした肉体はすでに死んでいる。
なのに動いているのだ、まるでゾンビのように。
最後の力を振り絞り、クランは亡者として再度真理亜に挑む。
だが彼女だけではない。
背後で死んだはずの蘭法院綾香が動いたのだ。
身体中に鉄片や木片が突き刺さり、左手には自身の頭部を持つ。
斬られた首の断片からはおどろおどろしいオーラを放たれ、真理亜の背筋を凍らせる。
右手にはボロボロの大鎌を持ち、真理亜を認識しているのか一気に駆けてきた。
クランも蘭法院綾香も、亡者としてもう一度挑みにかかる。
死んでも死にきれないこの復讐を、死の聖母へとぶつけるのだ。
「なんで……なんで、邪魔を、するんだァァァァアアアアアッ!!」
真理亜の咆哮。
今度こそ確実に殺すという確固たる意志を胸に、真理亜はありったけの装備で挑む。