切望も濁れば絶望へと変わる
「怒りと嫉妬に顔を歪ませる大久保真理亜ってめっちゃエロい」
「ヤベェわかりみが深い」
一仕事終えた譲治はアルマンドが待っていた城壁でひと休み。
他愛ない会話でつかの間のリフレッシュタイムを楽しんでいた。
殺し殺され、奪い奪われ、憎み憎まれ、炎と激情の大渦と化した王都を見渡せるこの場所で、一緒にその瞳を照らされる地獄色に染めながら。
「ぶっちゃけアイツってヤンデレ属性ありそう」
「それな」
「だろ? いやぁ幸薄そうなのが相まってさぁ、もう、ちょっとでも絶望を感じるとなんか……絶対綺麗な顔すると思うんだよなぁアイツ」
「あーわかる。本人は必死になって頑張ってるのに、ほぼ全部空回りしてっちゃって。それで精神がいっぱいいっぱいになってるって感じだろマジそそる」
「ヤバいオレ真理亜好きかもしれない」
「基本アンタ人間大好き系じゃねぇの? ……歪んでるけど」
まだ響き渡る喧騒。
怒号と悲鳴が、戦いの音と混ざり、炎とともに天へと巻き上げられる。
さながら火の粉は無念を残した魂。
感情を熱としこの世にすがろうとするも、ひと夏の蛍のように虚しく消える。
「見ろよ。皆、自分の人生に復讐を必要としている。誰もが憎しみの力で『幸せ』になりたがってる。手に入れられると思ってる。────まるで乞食だ」
譲治はひと呼吸置いたあとにそう零した。
幸福の存在そのものを完全否定する、復讐者の中では異端であろう譲治は、まるで憐れむように視線を市街に下ろす。
人間の持つ一切の感情や理念・法則はすべて、『幸せ』という名の観念に総括される。
無論、善悪や物の価値もすべてだ。
それは目的として概念的な幸せを、より実物的に見るための『目』の代わりをすると言っていいかもしれない。
しかし畑中譲治こと、ジョージ=クライング・フェイスは違った。
幸せなぞというものは、元の世界でいうところのヴァーチャル・リアリティの見せる気持ちのいい映像のようなもの。
ゆえにその色眼鏡を外したとき、人間がどれだけ絶望に苛まれるかを彼は知っている。
勿論、彼はその外し方も知っている。
────外し方がわかるのなら、付け方も容易だ。
クライング・フェイスとして、そうしてやってきたのだから。
「……これまで色んな復讐者を見てきたが、お前はその誰とも相性が悪そうだ」
「だろうな。ってか、それをアンタが言う? アンタが教えてくれたんだぜ。魔女とはどんな存在かを」
「ま、そうだな。……で、これからどうするね?」
「どうするもこうするも、俺はしばらく休憩。ホラ、ラスボスはあんまり動かないもんだろ? どっしりと構えて、じっくり待つ。パーティーはまだまだ続くんだ。少なくとも『午前3時』に予定してる大イベントにゃまだ1時間くらい余裕ある」
そう言って譲治は城壁に座って、焼かれる街と死んでいく駒や人々を眺めていく。
憎しみと復讐に救いを求めながら命を喰らう者、そして力尽きて散っていく者。
そうした復讐者たちの捌け口となり、わけもわからず日常が崩れ去っていく中で死んでいく者たち。
譲治は左膝に右肘をつき顎を支えるようにして、万華鏡のように映り替わる命の模様をじっと見る。
「ダニーが死んだってのに随分と余裕だな」
「ダニーは自らその道を選んだんだ。俺に利用されることを選び、自分の復讐に殉じた。それ以上でもなけりゃ以下でもない」
「そうかい。まぁお前さんがオレにもっと面白いもん見せてくれんのなら、別に変な口出しはしねぇからよ。気張ってくれや」
「あいよ~」
アルマンドはその場から消える。
譲治はしばらくその場に留まり、成り行きを見守ることにした。
そして、ある区画の方角に視点を移す。
「クソォオオオオ!! もう目が覚めるなんて聞いてないよぉおお!!」
「■■■■■■■■■―――――ッ!!」
真理亜は蘭法院綾香に追われていた。
ダニーを倒してすぐのことだった。
狂化のスキルと違法スキルのふたつによって、ステータスにブーストがかかっている彼女の一撃は凄まじく、大鎌のひと振りで建物のいくつかが崩壊する。
「蘭法院さん! お願いだから正気に戻ってよ! 君は操られているんだ!」
「ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ッ!!」
「くそ、また戦うのか……クラスメイトなのに」
距離を開けようにも最初よりも動きが鋭くなっている。
一気に間合いを詰められてからの大振り連撃にさすがの真理亜も肝を冷やした。
【真理亜絶対殺すウーマン】というふざけた名称の違法スキルは恐らく、【死の聖母】に対抗するための力なのだろう。
でなければ、名指しのスキル名など付けるはずがない。
そう思うと真理亜の中に恐怖心が芽生えてくる。
(ミスター・ファイアヴォルケイノもクランも、そして今の蘭法院さんもボクを殺しうる力を持っている。……いつも狩る側だったボクが、今度は狩られる側か!)
スキルとスキルのぶつかり合い。
互いに相殺し合うのがこの場においてはまだ安全、こちらのスキルが上回るほうがベター。
だが、物事はそう簡単には上手くいかない。
互いのスキルの効果は一進一退、少しでも気を抜けば餌食になる。
真理亜は歯を食いしばって恐怖心を抑え込んだ。
そして空間から出すのは金属製の棍棒。
中国武術で使う八仙棍をモデルにした、長いリーチを誇る武器だ。
それを頭上で、背面で鋭く回転させながら、蘭法院の攻撃を上手くいなしては力の限り打ち込んでいく。
(ここで躊躇すれば……殺されるッ!!)
蘭法院綾香が剛であるなら、真理亜は柔。
卓越した技巧を以て、圧倒的な力に対抗し、急所を抉るようにダメージを叩き込んだ。
「ぐがぁあああああッ!!」
蘭法院綾香の断末魔が響き渡る。
名家のお嬢様としての気品や傲慢さは消え失せ、完全に己を見失ったケダモノとしての咆哮が彼女の、バーサーカーとしての代名詞となった。
「ハァ、ハァ……そろそろ終わりだ。もう一度寝てて!!」
そう言って棍棒を振りかぶった直後のことだった。
「なッ!?」
突如眼前にクランが現れたのだ。
最早幼女とは思えないほどの眼光を真理亜に突き付け、彼女を踏みとどまらせた。
「じょーじの、じゃ、ま……させないッ」
(こ、このプレッシャー……。これがクランの本性だっていうのかッ!?)
一気に形勢逆転。
ヨロヨロと不安定ながらも大鎌を構え直す蘭法院綾香。
そしてその隣にフワフワと移動するクラン。
しかしそれでも、越えなければならない。
その思いだけが、真理亜の心に再度火を点けた。
「そこをどいて欲しい。ボクは、ジョージに会わなくちゃいけないんだッ!!」
「……きえて、きえて、きえて、きえて、きえてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえてきえて……」