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ダニー、その果てしない旅路の最期。

「この……クズ、野郎がぁぁああああ!!」


 真理亜は爆発前に薬を打って状態異常から回復したのだが、避難は間に合わなかった。


 スキル【死の聖母(サンタ・ムエルテ)】がクランの状態異常から解き放たれ、十全な効果を発揮してくれたお陰でもある。

 それでもあの空間でダメージを受けないでいるのはさすがに困難であったためか、瀕死に近いところまで追い詰められた。


 だが、アイテムボックスに溜めておいた回復薬を使ったことで今に至る。

 とは言っても完全回復どころか半分に満たないくらいしか回復できなかったので、ボロボロであることには変わりはない。


 しかし、目の前のダニーを殺すには十分過ぎる。

 事実その眼光は怒りに燃える猛禽類か、あるいは狼の類。


 一瞬にしてダニーに肉薄し、右の拳を顔面に叩き込む。

 一応加減はしているが、一般人並の身体能力しかもたないダニーにとっては強烈極まりない一撃だ。


 数メートル吹っ飛んだダニーは声を上げる間もなく地面に叩きつけられ、追い打ちをかけるように馬乗りになった真理亜に執拗に殴られ続ける。


「このッ! よくもッ! よくもぉおおおおおおッ!!」


「ぐふッ! がはッ!!」


「よくもボクにこんなことさせたなッ! このクサレ外道がぁああああ!!」


 鬼のような形相で殴り続ける真理亜とは対照的に、ダニーは顔を腫れ上がらせながら笑い飛ばしていた。

 激痛と鈍痛が入り混じる中で脳が揺れて、視界が曖昧になる。


 今ダニーを支配しているのはそれ以上の達成感と真理亜への優越感であった。

 悔しそうにしている彼女が必死になって自分を殴っているのが可笑しくてたまらない、そんな感情が彼の腹から目一杯の『わらい』を生んでいる。


「ぐはッ! ぐへ、へへへへへ! お前が失敗しなきゃこうは……ハハハ、こうはならなかったんだ」


「黙れぇええええ!!」


 口から吹き出す血で白い歯を真っ赤に染めながら笑うダニー。

 真理亜は一旦殴るのを止めて胸倉を掴み上げ、鼻息荒く睨みつける。


「お前のお陰で……僕の復讐は上手くいったよ。最高だったぁ……皆、死んだ。お前に助けを望んで、希望を抱いて……それが無惨に砕け散る様は」


「狂ってるよ……こんなにも。過去に囚われて……憎しみで周りを全部メチャクチャにして……」


 真理亜は苦しそうに振り絞るような声を出しながら歯を食いしばる。

 今にも泣きそうな顔で、今度は静かな怒りを彼にぶつけた。


「復讐はおかしな行動か? 皆そう言う。『それは終わった過去の話なんだから水に流せ』、『過ぎたことに囚われず、今の幸せを掴み取れ』と、世間じゃ大抵そう言うんだろ? ふざけるな、打ち合わせしたみたいな能書き垂れやがって大根役者が」


「忘れられないのは……わかってるよ!! 裏切られて、見捨てられて、嫌われて……。ボクだって、彼が酷い目にあって、こんな凶行に及んでることが悲しくて悔しくて、恨めしくてたまらないッ! それでもッ!」


「過ぎたことだと言いたいのか? ふざけるな……()()()()()()()()()()()!」


 突如ダニーの表情が憤怒によって歪み、そして一縷いちるの涙が地面に落ちた。


「お前ら諭す側はいつもそうだ! わかった気になって、いっちょ前に小綺麗な言葉だけで終わらそうとするッ! 僕にとってあの忌まわしい過去は今でも続いていてるんだッ!! 人間として生まれてきたのに、生まれだとか見た目だとかでまったく人間扱いされない奴が、一体どれだけみじめな思いをしながらでしか生きられないか、お前らは考えたことがあるのか!?」


 言葉の節々で怨嗟の炎が魂を焼いているのが伝わってくる。

 

「お前からすれば、僕が受けた仕打ちなんぞ人生の片隅の出来事イベントでしかないだろう! 虫ケラが汁を撒き散らして死んだ程度のものでしかないだろう! ……でもな、僕にとってこれは『戦争』なんだッ!! 戦争だッ! 連中が先に吹っ掛けてきたんだ! 狂ってるのはあっちだ。ちょっとでもこっちが反抗的な態度を取ったら、ドブネズミを罵るみたいに好き放題言いやがってッ!」


 この鬼気迫る独白に、ダニーの胸倉を掴む彼女の手が緩んだ。

 いじめやネグレクトを抱え復讐に走った少年が、本当に戦争で身も心も傷付いた兵士のように見えたから。


「……連中が幸せだったのはなんでだったと思う? 僕から奪ってきたからさ。奪われたから、返してもらったんだ。奴らが味わってきた幸福感は、本来僕が味わう分のものなんだ。だから奪い返した……。今最高に幸せだよ。僕は僕の、当然の権利を取り戻したんだ」


 ひと通り叫び終わり、そう力なく嘲笑うダニー。

 彼の残虐性は『幸せになりたい』という誰もが抱く願いの裏返し。


 その思いを否定し侮辱することは、たとえ真理亜であってもできなかった。

 ほんの一瞬でも彼の戦い方に、一種の敬意を抱いたからだ。


 ダニーの言うように、彼は人生を賭した戦争に躍り出た。

 冷酷な戦法で真理亜と戦いを挑むも、結果的に殺すまでには至らなかった。

 

 だがそれでも、彼はまだ戦うと言っている。

 自身のクラスメイトたちや親に復讐を遂げてもなお、恨めしいこの世界を相手に戦争を続ける気でいるのだ。

 

 曰く『連中のいなくなった世界』で自分だけの幸せを掴む。

 そのために譲治に尽くすのだと。


 真理亜はダニーの気持ちを汲み取るも、それを見逃すわけにはいかない。

 一度冷静になるように深呼吸してから、ダニーを睨みつける。


「ダニー、もう戦争は終わりだ。ボクが終わらせる」


「終わらない。まだ終わらない……!」


「お前はボクに勝てない。この距離なら銃でも剣でも拳でも、どんな手段でもお前を殺せる」


「だからどうした? 諦めると思うのか?」


「警告もダメか……。最後に聞くよ。ジョージは今王都のどこにいる? どこにいて、そこでなにをしようとしてる?」


「知ってどうなる? お前には止められないさ。彼の思考はすでに……僕ら凡人を越えてる。お前はただ立ちふさがる僕らの仲間と戦っていればいい。実にシンプルだろ? そうすればおのずと辿り着けるさ」


「そんなの答えになってない! ボクは彼を止めたいんだ!」


「止めてどうする? お前、彼を連れて帰りたいらしいけど、方法はあるのか?」


「……ッ、そ、それは」


「フフフ、素直じゃないなぁ。過去に未練タラタラなのは……お前のほうじゃないか?」


 ダニーは真理亜をほくそ笑む。

 まるで次の手段があるかのようなその雰囲気に真理亜はまた罠かそれとも爆弾を仕掛けているのかと警戒した。

 

「クライング・フェイスに賛同したのはほかにもいる。娘を守ろうとしただけなのに死刑判決を受けた報われない奴や、親の介護で疲れ果ててもなお無限の善行を求められ、果たせなかった憐れな奴もいる。愛する伴侶を理不尽に失った奴だってな。……彼らにとっても、これは『戦争』なんだ。連中が先に宣戦布告をしてきた。……奪った幸せを取り戻す、戦争、なんだよ」


 ガラガラと音をたてて崩れる土壁と爆発の衝撃で残る炎が地表から流れてくる風であおられ、異様な音がふたりを包み込むように鳴り響く。

 それは慟哭どうこくのように真理亜の心に絡みついたのち、また地表へと還っていった。


「復讐は頭のおかしな行動で、弱い人間のすること、か。フフフ、そうやって人の心を見下したその結果がこれだ。お前らは負ける。彼に敗北するんだ。ボロ負けだッ! 言葉の無力に絶望しながらなッ!」


 直後、ダニーは力を振り絞りなんとかして真理亜に掴みかかろうとした。

 だがそれは額に風穴を開けられてことで終わる。


「ぁ……がッ……」


 馬乗り状態からの拳銃による射殺。

 真理亜は一瞬にして拳銃を取り出して、鉛玉をお見舞いした。


 瞳を閉じた彼の表情は安らかだった。

 復讐を果たし、永らく抱え込んだ怨念から解き放たれただけでなく、ジョージ=クライング・フェイスに希望を託し死ねたのだから。

 

 綺麗に笑っていた、まるで疲れ果てたように────。


 真理亜は銃を握っている手の震えを抑えながら立ち上がる。

 今まで散々殺してきたのに、やけに銃が重く感じた。


 ダニーは外道には変わりないし、まだ嫌いな人間だ。

 だが、彼の幸せになりたいという思いに、真理亜は怒りと鉛玉でしか返せなかった。


「……行かなきゃ」

 

 真理亜は踵を返し、軽い身のこなしで地表へと出る。

 ここで立ち止まるわけにはいかないと、また駆け出した。


 墓場にできた巨大な穴の中ではまだ炎がくすぶっている。

 時折聞こえてくる炎と交わる風の唸り声は、復讐者たちの涙をさそうように、不器用な鎮魂歌を響かせていた。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 勝って死んで負けて生き残って… 真理亜はどこまで降っていくのか
[一言] 「よくもボクにこんなことさせたなッ! このクサレ外道がぁああああ!!」 「おわったこと」ですよね。 これからを考えるのはいいでしょう。 放置すればさらに残虐なことを続けると判断するのは妥当…
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