復讐は『忘れられない』からこそ起こる孤独な戦争である
自身が辿り着いた場所に、真理亜は顔をしかめた。
「ここ、墓場じゃないか……」
タイヤ痕とクランの笑い声を頼りにここまでやってきたが、まさかの終着点の象徴だ。
ここまで誘導したのは、墓場を自身の終着点とするためかとも考えたが、それはすぐに否定した。
殺そうと思うのなら実力者を数人差し向けて殺せばいい。
それこそ真理亜がトラビスを追っているときにだ。
クランは妨害こそすれ攻撃まではしてこなかった。
彼女もここへの誘導に一役買っているのだろう。
しかもご丁寧に看板まで設置してあった。
【状態異常を治すための薬はこの墓場のどこかに】
「チッ、あくまでもゲーム感覚か。ジョージ……君はどこまでボクをッ! ……となると、ここにいるのは……」
真理亜は銃器を空間から取り出し、痺れて重い身体に鞭打ちながら暗殺者クラスらしく潜入を始める。
敵影はなし、それどころか罠の気配もない。
遠くからの怒号や悲鳴、爆発音以外の音はこの墓場には聞こえなかった。
静寂こそこの場における美徳であろうが、今宵の状況においては非常に不気味極まりない。
だが、連中がここまで誘導したのには意味があるはずだ。
タイヤ痕は奥のほうまで続いている。
トラビスを追うこともできるが、今の状態ではそれは厳しい戦いになるだろう。
なにせ、相手は元の世界からの殺しのプロだ。
戦うのなら万全を期して挑みたい。
そんなときだった
『────大久保真理亜、身体がフラフラだが大丈夫かな?』
「この声は!?」
ジョージの親友を名乗る男ダニーだ。
姿勢を低くして墓標の陰に隠れるようにして銃口を周囲に向ける。
姿はおろか気配もない奇怪な現象はさながら神の声。
だが真理亜はすぐにその正体を見抜く。
ところどころに隠しマイクらしき小型の機械が設置されていたのだ。
あまりにチープな仕掛けに真理亜は虫唾が走ったが、とりあえず様子を見ることにする。
────もしも姿を現そうものなら、その腐った顔面をフッ飛ばしてやる。
そんな殺意を無表情の中で煮え立たせながら。
『随分と疲れているようだな。無理もない。薬は僕が持っている。この意味わかるね?』
「わかったらかさっさと出てきてくれないかな? 先を急いでいるんだ」
『ハッハッハッハッ、おいおいおいおい……随分と、つれないことを、言うじゃあないか。これから君と僕とで楽しいゲームを始めようというのに』
「ゲームだって? それでサプライズのつもりで姿を隠して喋ってるってわけか」
『フフフ、雰囲気は割とあるだろう。まぁ僕のところはゲーム内容に気を配り過ぎてここら辺がちょっとおろそかになってしまったから、少し味気ないかもしれないがね』
この余裕そうな語り口調のダニーの声が耳介に響くたびに、真理亜の怒りのボルデージが上がっていく。
「わざわざ時間が掛かるようにするなんて随分と小賢しい真似を。邪魔をしないで欲しいよ。ボクは彼を連れて帰る責任があるんだ! ……こんな世界にいたって、なんにも良いことなんてありゃしない。こんなところにいたら、余計に彼が壊れてしまう!」
『そうはいかない、彼はすべてを破壊してくれる。彼にはこの世界を破壊する義務があるんだ。なんの良いこともないこの世界をね! ……クライング・フェイスたちと出会い、僕は生まれて初めて仲間を知った、友を知った! 苦心しながらもお互い支え合ってここまでやってきた。────外には、なんにもない。人の皮を被った、口汚く罵ってくる獣ばっかりだ。男も女も大人も子供も老人も……皆な。そんな連中、彼の叡智によってさらにパワーアップした僕の能力ですべてフッ飛ばしてやるのさ』
ダニーの本心とも言える吐露を耳にしたとき、真理亜の中で少し心が動く。
彼の中の世界への憎しみと復讐心は、どこか譲治と似ていたから。
譲治のもとに集うのは、世間から勝手に負け犬の烙印を押され、迫害された者たち。
世の中の理不尽に押し潰され、尊厳を踏みにじられながら捨て駒のように扱われる者たちの反乱。
(だけど、ダメだ。ボクは前に進まなくちゃいけない。そのためには彼の存在が邪魔なんだ!)
真理亜が黙っていると、マイクの奥のほうから小気味よい指鳴らしをひとつ。
すると真理亜から見て11時の方角にある像が動き、その下に階段が姿を現した。
近寄って見てみると、微かな明かりが灯っているのか若干明るい。
『僕はここでお前を殺す』
「……」
『だんまりか。フフフ、楽しみにしているよ』
ダニーからの声が消える。
中に入ってしまえば外部からはもう助けは来ない。
現に像は元の位置に戻り、完全に閉じ込められたような状態になる。
出るには先へ進み、ダニーを倒さなければならない。
はっきり言ってしまえば、真理亜はダニーのことが嫌いだしお互い犬猿の仲と言えるだろう。
真理亜は昨晩のことで、ダニーに対しては殺意を剥き出しにしていた。
だが冷静にそんな自分を振り返ってみる。
階段途中で止まり、両手に圧し掛かる銃の重みを感じながら、真理亜は譲治とその周りの面々を思い浮かべてみた。
もしかしたら、蘭法院綾香もクランも手に掛けなければならないのではないかと。
────譲治を連れて帰る。
この目的を果たすには、もう半端な覚悟じゃダメなのだと、銃の重み含めて改めて実感する。
それは今まで散々思い知ったはず。
これはもう、"戦争"という領域に入ってしまっているのだと。
そのとき、ふと譲治の復讐手段を考えた。
彼はもしかしたら、戦争という手段を使って復讐を成そうとしているのかもしれないと。
今になって思うと、それは背筋の走るような感覚だ。
なぜなら、それは譲治と戦争をしなければならないという証明でしかないから。
魔女直伝とも言えるあの妙な科学力は計り知れない。
それに譲治のあの頭脳が非常に厄介だ。
彼はこの異世界を相手に戦争を始めてしまった。
流した悔し涙がニトログリセリンのように反応し、すべてを焼き尽くす業火として魔の手を広げていく。
今は王都にとどまっているが、王都が終われば次の場所に手を出すだろう。
そうなれば、真理亜とて止めるのは難しくなる。
止めるのならばここしかない。
譲治の戦争であると同時に、これは真理亜の戦争でもある。
たったひとりで、真理亜は譲治を止めなくてはいけない。
ある意味孤独な戦いだ。
「行こう……立ち止まっている、暇はない!!」
真理亜は階段を駆け下りる。
戦争に勝つには迅速な行動が必要だ。
先走る思いを上手くコントロールしながら、待ち構える敵ダニーを打ち倒すべく、彼女は銃をしっかりと持つ。